田原俊彦 - ジャニーズ百科事典
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田原俊彦

     


田原 俊彦(たはら としひこ、1961年2月28日 - )は、日本の歌手、俳優。 愛称:トシちゃん、たっぺ(山梨時代)。 身長:175cm、体重:59kg。 血液型:B型。
生れは神奈川県横須賀市だが、横須賀市立馬堀小学校1年生の1967年6月23日に父・冨士雄(小学校教諭)が糖尿病で亡くなったため、同年7月2日に山梨県甲府市桜井町へと移り、高校卒業までを過ごす(甲府市は父母の出身地)。

横須賀・大津マリア幼稚園、甲府市立甲運小学校、同市立甲府東中学校、山梨県立甲府工業高等学校(全日制、土木科)卒業。

1993年10月、モデルの向井田彩子と結婚。 2児(共に女児)の父でもある。  長女は女優の田原可南子 (旧芸名:綾乃美花[1][2])。  次女も元アイドル、女優の青山奈桜


目次



所属事務所

  1. ジャニーズ事務所
  2. DOUBLE “T” PROJECT
      (1994年3月1日設立の個人事務所。 一時は「田辺エージェンシー」と業務提携するも、後に倒産。 なお、当時の公式HPのタイトルは「Once upon a time in JAPAN」)
  3. ヒロ・パブリッシャーズ
      (「ヒロ・グループ」の会社。 後輩の俳優・野村宏伸のつてで1996年末から契約)
  4. ヒット・バイブ
      (1999年6月1日付で、「ビクター音楽出版」と、ヒロ・グループの「ヒロ・プロダクション」の共同出資で設立された会社。 これにより、「ヒロ・パブリッシャーズ」は無くなった)
  5. JVCエンタテインメント・ネットワークス
      (2004年1月1日付で「ヒット・バイブ」他3社が廃統合して出来た会社)
  6. ビクターミュージックアーツ
      (2007年4月1日付で「JVCエンタテインメント・ネットワークス」から分離して出来た会社。 2009年3月31日までの社名は「ビクター・ミュージックパブリッシング」)
  7. フォーミュラエンタテインメント (2010年4月1日より)
  8. フォーミュラミュージックエンタテインメント (2011年5月1日より)


ジャニーズ時代の参加ユニット



来歴

歌手デビューまで

  • 1976年の高校1年生の5月、フォーリーブスに憧れ、自分でジャニーズ事務所に履歴書を送る。しかし返事は無し。

  • 同年8月下旬、すし職人見習いとして先に上京していた中学時代の友人を頼って、家に内緒で上京。  同月24日、赤いシャツを着込んだ田原は、その友人と2人で、飯倉片町(六本木5丁目)にあったジャニーズ事務所を直接訪れる。 そして事務所の前を10回以上も往復していた時、メリー喜多川の秘書・伊豆喜久江に不審者だと思われ、声をかけられる(白波瀬傑から声をかけられたという説は間違い)。 伊豆喜久江に、「ジャニー喜多川社長に会わせて欲しい」と頼むと、 有楽町の日本劇場に居たジャニーに連絡を取ってくれ、タクシー代まで事務所から貰い、そのまま友人と2人で日本劇場へと向かう。
    日本劇場ではちょうど、川ア麻世が出演する『日劇ウエスタンカーニバル』が行われており、そこでジャニーと初対面。 事務所のレッスンに通うことを認められる。
    以後、毎週土曜日、もしくは日曜日に上京し、テレビ朝日内で行われていたダンスレッスンに通い始める。 ただし、“高校だけは卒業すること”が母親との約束であったため、高校への通学も続けた。

  • 同年10月、他のレッスン生(ジャニーズJr.)たち5〜6名と共にジャニーに連れられ、初めてフォーリーブスのショーを鑑賞させてもらう。(渋谷公会堂での結成10周年記念コンサート)

  • 1977年(16歳)春、レッスンに行く事に嫌気が差し、3ヶ月〜半年ほどサボってしまう。 その間の週末の過ごし方は、甲府に一軒だけあったディスコ「REIA」に毎週通ったり、バイクを乗り回したり、彼女とデートしたりして遊んでいた。また、当時から喫煙もしていた。 高校の歴代の番長たちの名前が刻まれた緑色の薄い通学カバンも、田原に受け継がれた。  そしてディスコに通うお金を稼ぐために、新聞配達のアルバイトもしていた(新聞配達は中学時代にも1年間経験)。 なお、初めてディスコに行ったのは15歳の時。

  • 同年8月の高校2年生の夏休みに、おじさんが経営する葡萄園にてアルバイトを1ヶ月経験。 おばさんたちが切った葡萄の房を箱に詰める仕事で、1ヶ月で稼いだ金額は35,000円だけだった。

      この葡萄園で得た給料を、東京にレッスンへ通うための交通費にしていたという美談が様々な媒体で語られてきたが、実際にはレッスンに通う交通費は往復分全てに渡ってジャニー社長が払っており(しかも指定席)、田原が自分で交通費を捻出したことはただの一度も無かったことを、2009年の著書『職業 = 田原俊彦』にて明かした。  そして田原が山梨に帰る時には、ジャニーも毎回一緒に新宿駅のホームまで来てくれて、電車が走り去るまで必ず見送ってくれたとのこと。 この他、高校在学中にジャニーの奢りで六本木のパチンコ店で遊ばせてもらったこともある。

  • 同じく1977年8月、川ア麻世が出演する『第57回 日劇ウエスタン・カーニバル』にて、いきなりソロで歌を一曲歌わせて貰い、ステージデビューを飾る。 曲名については不明で、田原自身でさえも、「♪僕の手を君の手の中に包んでおくれ 僕は君を離さない♪」という歌い出しの部分しか覚えていないとのこと。
    その後も、「キングコング」に一度だけピンチヒッターで参加してバスボンガールの松本ちえ子のバックで踊ったり、『ヤンヤン歌うスタジオ』(テレビ東京)で川ア麻世のバックで踊ったり、『新宿音楽祭』(テレ朝)でマイク渡しのアシスタントなどの細かな仕事もこなした。

  • 1978年の高校3年生の秋、テレビ朝日『とびだせ!パンポロリン』にて、歌と体操のお兄さんとして出演していた「ギャングス」の松原秀樹が、日本テレビのドラマ『ゆうひが丘の総理大臣』のレギュラー出演で忙しくなったため、田原が松原の代役という形でパンポロリンに出演するようになり、本格的なテレビデビューを飾る。

  • 1979年3月1日、高校の卒業式を終えた直後に、カバン一つで午後1時32分の急行に乗って上京。
    そのまま事務所の合宿所(港区六本木)に移り住み、いきなり8畳の広さの一人部屋を与えられる。

  • 川ア麻世のバックコーラス&ダンスグループ「ピラミッド」を、曽我泰久長谷部徹と共に結成。 同年4月15日〜6月24日に、毎週日曜夜7時から30分間放送していた日本テレビのダンス番組『ミュージック・ボンボン』にもピラミッドとして出演。 この番組には「ジャPAニーズ」も共に出演していた。

  • 同年6月、フォーリーブスのおりも政夫がミュージカル『南太平洋』に出演した際に、1ヶ月間だけおりもの付き人を経験。 おりもからは「僕ちゃん」という愛称で呼ばれ、非常に可愛がられた。

  • 同年9月、TBSドラマ『3年B組金八先生』のオーディションに合格。 翌10月26日に、生徒・沢村正治役として俳優デビュー。 後に、同じく生徒役だった近藤真彦野村義男と共に「たのきんトリオ」と呼ばれるようになった。

  • 近藤と野村が「金八」出演時に実際に15歳だったのに対し、田原は18歳(放送中に誕生日を迎え19歳)と、 既に高校卒業の年齢だった為、事務所の意向もあり、1歳若く年齢詐称。 その年齢とのつじつまを合わせるため、 高校も「2年一杯で中退」とせざるを得なかった。この件については、後に歌番組の中で謝罪している。
    なお、金八先生のオーディションを受ける時点では、近藤、野村らと年齢を揃えるため、3歳(学年では4学年)も若く詐称してオーディションに挑んでいる。

歌手デビュー後

  • 1980年6月、たのきんトリオの先陣を切り、レイフ・ギャレットの曲『ニューヨークシティナイト』を日本語カバーした『哀愁でいと (NEW YORK CITY NIGHTS)』で歌手デビュー。 キャッチフレーズは「熱く激しくしなやかに」。 以降、1980年代のトップアイドルに躍り出る。 俳優としても、『教師びんびん物語』などのテレビドラマの他、映画、舞台で大活躍した。

  • 1982年、マルベル堂のプロマイド年間売上実績の男性部門でトップに輝く。

  • ファンによるステージ用の応援コールも生まれた。 代表的なものは「T・O・S・H・I スーパーアイドルLOVE俊ちゃん!」。

  • 1983年1月29日&30日には、有楽町の東京宝塚劇場を使ったソロコンサート『ヤング・コミュニケーション ’83 Toshi in 宝塚』を開催(2日で5回公演)。 このコンサートは劇場用に映画化され、後にビデオ化もされた。

  • 『哀愁でいと (NEW YORK CITY NIGHTS)』から『ジャングルJungle』までオリコンシングルの連続TOP10入り37作の記録を持ち、TOP10入り38作はサザンオールスターズの『愛と欲望の日々/LONELY WOMAN』に破られるまで歴代1位だった。 またTBS『ザ・ベストテン』では最多出場記録を持っており、同番組には田原の名前入りの青いソファーが1988年1月7日よりスタジオに設置されていた。(この椅子は、1987年12月31日放送の際に紹介された)

  • 『ザ・ベストテン』と同様に1980年代を代表する歌謡番組の雄に位置づけられるフジテレビ『夜のヒットスタジオ』に初出演したのはデビュー9日後の1980年6月30日放送の回(この回では吉田拓郎、河合奈保子、鹿取洋子も初出演)であった。
    それ以降、原則月1回〜2回のハイペースで出演を続け、番組終了(1990年10月)までのわずか10年の間で実に158回もの出演回数を記録。 番組が『夜のヒットスタジオDELUXE』と改題され、2時間枠に放送時間を拡大したのを機に新設されたマンスリーゲストにも歴代最多の3回(1985年5月、1986年12月、1989年6月)抜擢されるなど、 同じく3回マンスリーを経験した郷ひろみと並び、「ミスター夜ヒット」として、番組内では最重要の厚遇を受けていた。
    テレビドラマ『教師びんびん』主演当時には、教え子役の子役たちとの共演で、ドラマ主題歌の『ごめんよ 涙』を披露したり、 座長公演の最中での出演時には、その舞台での衣装のまま番組に登場したり、渡辺貞夫、久保田利伸などとのセッションを行うなど、印象深いパフォーマンスを数多く番組内で披露した。
    レギュラー放送最終回である1990年9月19日放送では、これまでの番組への多大な貢献に敬意を表する意味で“トリ”を任され、スタジオを駆け回りながら『ジャングル Jungle』を熱唱した。

  • 1980年から1986年まで、『NHK紅白歌合戦』に7年連続出場していた。  しかし1987年、歌手活動よりも俳優業に本腰を入れていたせいもあってか、シングルは『KID』、『“さようなら”からはじめよう』、テレビドラマ『ラジオびんびん物語』の主題歌『どうする?』の3枚が発売されていたものの、まさかの落選。  発表時に『NHKニュース』で松平定知アナウンサーが「田原俊彦さんの名前はありません」とわざわざ報じたほど、当時の衝撃は大きかった。
    翌1988年には、『抱きしめてTONIGHT』がテレビドラマ『教師びんびん物語』の高視聴率とリンクしたこともあり、 久々の長期的ヒットに発展。 同年の紅白に選ばれるが、前年落選の報復をするかのように、本人の希望で出場者発表後に突然の辞退宣言を表明した。
    ちなみにかつて病気や不祥事等で発表後に辞退というケースは何度かあったが、「出たくない」という理由で発表後に辞退というケースは、田原と、1970年の江利チエミの2人のみ。 それ以外ではいかなる理由があろうとも、発表前に辞退を申し出るケースが殆どであったため、発表後に、しかも本人が拒否して辞退というケースは前代未聞とも言われた。
    一部のマスコミには、「前年度の腹いせ辞退」と書かれている。  また一方では、田原自身は再出場に意欲的であったにもかかわらず、田原の代役として繰り上げ出場となった男闘呼組を選出させるために、事務所サイドが田原を辞退させたという説も当時囁かれた。
    1989年にも『ごめんよ 涙』がヒットしたものの、結局不出場。 その後、NHKの番組には一切出演していなかったが、1994年に『ふたりのビッグショー』(松田聖子と共演)、2005年に『思い出のメロディー』に出演するなど、両者にわだかまりは無くなったように見受けられる。

  • 写真週刊誌『FOCUS』の1989年8月11日号に、ジャニーズ事務所の合宿所内で、ジャニー喜多川に撮影された田原の全裸のポラロイド写真が流出掲載された。

  • 三原じゅん子、中山美穂、AV女優の梶原恭子、工藤静香、田中美奈子(1989年の後半から)、飯島直子らとの交際を経て、1993年10月にモデルの向井田彩子と結婚した。

ジャニーズからの独立後

  • 1994年3月1日付でジャニーズ事務所から独立し、個人事務所「DOUBLE “T” PROJECT」を設立。 
    この独立は、田原とジャニーズ事務所との間にあったマネージメント上の確執が原因で、前年の1993年にも既に、毎年行われていたコンサートツアーが全面的に中止されていた。

  • 1994年2月14日に長女・可南子(後のグラビアアイドル・綾乃美花)が誕生した際に行った会見の席上で、「何事も隠密にやりたかったけど、俺くらいビッグになるとそうもいかないんだよね」、 更には、「僕はみんな(マスコミ)のことが嫌いなんです」と発言したことにより、マスコミの反感を買ってしまう。
    この「ビッグ発言」については、田原自身、1989年頃からインタビュー等で冗談まじりに度々使用していたが、 この発言以外にも、会見に集まったマスコミに対する嫌悪の感情が表れた、田原の“横柄”な態度も反感を買った理由であった。
    元々マスコミ嫌いのせいもあってか、前年10月に入籍してから長女誕生時まで記者会見を開く事を頑なに拒否していたため、その点で「男らしくない」との非難もあった。
    これらの結果、テレビ出演等の仕事は激減。この会見の影響でCM契約を打ち切った会社もあった。
    以後、田原の人気は急落し、下積み同然の苦労、屈辱を味わうこととなる。 雑誌『an・an』でも、「抱かれたい男ランキング」の常連だったのが、いきなり「嫌いな男」にランクインするようにもなった。 また、「ビッグ発言」で記者たちの反感を買った影響もあってか、1995年11月12日に次女・奈美子が誕生した際にはほとんどのマスコミが報道をしなかった。

    ただ、仕事の激減や人気の急落については、世間的にはこの「ビッグ発言」が原因だとされているが、実際の原因は、単にジャニーズ事務所を辞めて後ろ盾を失ったという点にある。

      「ビッグ発言が1994年2月、事務所を辞めたのが1994年3月1日。この2つの時期が重なったために原因をすり替えられているだけで、ジャニーズにそのまま居れば、「ビッグ発言」も単なる冗談で済まされてますよ。
      田原が出演したラジオ番組で、『もう一度、“たのきんトリオ”で集まって欲しい』というハガキが読まれた。 すると田原は、「向こうはジャニーズ事務所ですしね。いろいろ難しい」という趣旨の発言をした。 田原は独立する際、『円満』を強調していた。 だが本当に円満独立なら、田原の現状はないでしょう」 (2007年2月12日付のアメーバニュース『田原俊彦の人気凋落原因は「ビッグ発言」ではない』の記事より)

      また、当時の会見に出席し取材していた芸能リポーターの城下尊之によれば、 田原の発言は充分冗談として受け取れる内容であったが、発言を真に受けてしまった一部の記者が、「その発言はどういうことか」と問い詰めたため、 田原が冗談ではなく、天狗になってそのような発言をしたと視聴者の目に映ってしまったとのこと。(2009年5月28日放送分の『情報ライブ ミヤネ屋』より)

  • その後、個人事務所が田辺エージェンシーと提携して、一時はタレント活動の機会は増える傾向にあったが、提携解消後は再び減少。
    これ以降、田原は芸能関係者やマスコミから、嘲笑(ネタ)の格好の餌食とされており、その反面、長年のライバルである近藤真彦が、芸能関係者やマスコミから比較的受けが良いという状況が生まれてしまった。

  • 事務所の退社を巡ってのトラブルでメリー喜多川を激怒させたことから、ジャニーズ事務所所属のタレントとの共演が困難となっており、共演が確認されたのは、 独立直後の1994年と1995年に『夜のヒットスタジオ』のスペシャル版、そして1994年のテレビドラマ『半熟卵』だけである。 しかも田原は『半熟卵』にゲストではなくレギュラーとして出演していたにもかかわらず、出演者テロップではずっと“友情出演”扱いにされていた。  また、田原は自身のブログにて、かつてフジテレビ『SMAP×SMAP』に出演交渉をしたものの、拒否されてしまったことを明かしている。
    野村義男は、「いつかはたのきんトリオをやりたいね」と語っているが、田原がジャニーズタレントとの共演が困難な状況もあり、再結成の実現は極めて厳しいと見られている。

  • 1999年から2001年にかけて、かつて田原が主演して人気を呼んだテレビドラマ『びんびんシリーズ』が、2時間もののスペシャルドラマとして復活している。

  • 2004年、NHKにて、ダンディ坂野(田原の大ファン)、研ナオコと共に『教師びんびん物語』のコントを披露。

  • 独立後も地道に歌手活動を続け、毎年新曲を発表。
    2005年には歌手デビュー25周年を迎え、ライブやディナーショー、クラブイベント行い、主婦層など一部の根強いファンの間で熱い支持を受けている。

  • 2007年10月4日、5万円を払えば誰でも「記念日」を作れる「日本記念日協会」に登録し、10月4日を「トシ(104)の日」と制定。 当日は西麻布の「CLUB XROSS」にて、「104 the NIGHT in Nishiazabu」と題したクラブイベントも行った。 以降、毎年10月4日に開催。

  • 2009年5月27日、デビュー30周年として、23年ぶりとなる自叙伝 『職業 = 田原俊彦』 を出版。

  • 2009年10月4日の「トシの日」からは、docomo携帯専用のムービーブログ「moolog」にて、『Lucky Toshi Luciano』という番組をスタート。 更に同年11月6日より、ブログ『Once upon a time in Japan』も開始した。

  • 2010年7月14日からは、公式モバイルサイト「田原俊彦モバイル」のサービスを開始。 更に同年12月6日より、SNSサービス「GREE」にて「田原俊彦アプリ」のサービスも開始した(共に携帯電話からのみ利用可能)。


人物

  • 1980年頃、六本木のディスコ「キサナドゥ」によく通っていた。

  • 原宿の合宿所「マンション31」に住んでいた当時、田原はジャニー喜多川から「ダンナ様」と呼ばれ、夫婦の様な関係にあった。  合宿所のジャニー喜多川専用のトイレの中には、田原のピンナップも貼られていた。

  • 37歳という若さで亡くなった父親が持っていた、ボロボロになった定期券をお守り代わりにしている。 定期券の有効期限が何日か残ったままで父親が亡くなっているため、「その残りの日数が自分を守っていてくれる」と信じ、ずっと大切にしている。

  • プロサッカー選手の「キングカズ」こと三浦知良とは大親友で、六本木で一緒に豪遊している姿などが度々報じられた。 田原に憧れていたまだ無名時代のカズが、静岡で行われた田原のコンサートに遊びに行ったことがきっかけで親交が始まった。
    田原はカズのファッションの師匠のような存在でもあり、1993年にカズがJリーグアウォーズ表彰式で「Jリーグ初代MVP」を受賞した時に着ていた真赤なタキシードも、田原のアドバイスによるものだった。

  • かつてデュエット共演した研ナオコとも非常に仲が良いことで知られる。
    ただ「広く浅くではなく本当に気の合う人達と狭くても深いお付き合いをしたい」との本人の生き方もあり、芸能界の交友関係は狭い。

  • タレントのYOUが、かつて田原の追っかけだったことを告白している。

  • 筆おろしは16歳の高校生の時(本人談)。

  • 田原の姉夫婦は、1980年代に甲府市で喫茶店「ティールーム ぶらんこ」を営んでいた。 この店は、雑誌『週刊セブンティーン』(1983年2月8日号)でも大きく紹介された。
       
    当時の店舗所在地は、甲府市飯田3-2-44-1F。 ぶらんこが入居していた当時のビルは既に取り壊され、跡地は「JA会館南別館」の駐車場となった。
    田原の親衛隊の中には、この喫茶店の名前を引用した「ぶらんこ」というグループまで存在した。  なお、田原の親衛隊で最も有名なグループは「レッドガールズ」だった。

  • まだジャニーズJr.だった頃の中居正広が、合宿所で田原が使用中だったシャワールームのドアをうっかり開けてしまい、偶然田原の全裸姿を目撃した時、「その股間の立派さに驚いた」と後に語っている。 また、当時シブがき隊で活動中だった薬丸裕英が合宿所に遊びに行った折、風呂上りの田原と遭遇してしまうが、薬丸もやはり「凄い立派なものを持っていた」と、TBS『はなまるマーケット』の「ウラまるカフェ」に田原をゲストで迎えた際に語っている(2001年)。

  • 1983年の『ザ・ベストテン』の特番にて、近藤真彦が出演の寸前に負傷し、病院に行くというアクシデントに見舞われたことがある。 近藤は当時の流行歌『浪花恋しぐれ』を番組内でカバーする予定だったが、急遽その代役を田原が務めることとなった。 生放送ゆえ時間の余裕が無い中、たった5分間で歌詞とメロディを叩き込み、何事も無かったかのように本番を成功させている。

  • 2011年5月、田原の長女・可南子が「ミスマガジン2011」の最終候補者ベスト15の一人、綾乃美花であることを週刊誌やワイドショーが報じた。 目黒区の私立若草幼稚園を経て町田市の玉川学園へ。 所属事務所はスターダストプロモーション。
    次女・奈美子も私立若草幼稚園 → 玉川学園を経て、2012年より青山奈桜(あおやま なお)の芸名でやはりスターダストプロモーションに所属し、アイドル、女優として活動していた。

  • 『FRIDAY』(2015年4月17日号)にて、28歳年下の女優・吉田恵智華(26歳)と、田原の愛車ゲレンデヴァーゲンで深夜2時過ぎまでデートしたり、彼女の自宅マンションや都内の高級ホテルで頻繁に密会していることが、2ショット写真付きで報じられた。 更に『スポニチ』も、4月2日の深夜に都内のレストランで食事をしていた2人を捕らえ、写真付きで報じた。 そして日本テレビ『情報ライブ ミヤネ屋』に直撃された田原だったが、不倫関係については否定した。


主な出演作品

テレビドラマ

連続ドラマ

  • 3年B組金八先生 (1979年10月26日 - 1980年3月28日、TBS) 沢村正治 〔しょうじ〕
       
  • 心 (1980年4月24日 - 1981年1月29日、TBS) 宮寺恵一役。 おりも政夫と共演。
  • お化けのサンバ (1980年、テレビ東京) 近藤真彦と共にゲスト出演
  • ただいま放課後 (1980年5月26日 - 9月22日、フジテレビ)
  • 3年B組金八先生 (第2シリーズ) (1980年12月26日 TBS)
       第13話「同窓会・贈る言葉」にゲスト出演。 沢村正治役。
  • さよなら三角またきて四角 (1982年4月6日 - 6月29日、TBS)
  • 太閤記 (1983年4月20日 - 6月29日、TBS『突撃HOTスタジオ!』内ドラマ)
  • 看護婦日記 PartT (1983年8月16日 - 12月27日、TBS) 米屋で働く井花圭一役
  • ラジオびんびん物語 (1987年、フジテレビ) 【主演・徳川龍之介役】
  • 武田信玄) (1988年、NHK総合・大河ドラマ)
      武田義信、高坂弾正、武田勝頼のいずれかの役でのオファーを受けたが、出演を断った。
  • 教師びんびん物語 (1988年、フジテレビ) 【主演・徳川龍之介先生役】
  • 金太十番勝負! (1988年、フジテレビ) 【主演】
  • 教師びんびん物語U (1989年、フジテレビ) 【主演・徳川龍之介先生役】
  • 俺たちの時代 (1989年、TBS) 【主演・柴田竜夫役】
  • 日本一のカッ飛び男 (1990年、フジテレビ) 【主演・倉田健人役】
  • 次男次女ひとりっ子物語 (1991年、TBS) 【主演・桜井祥平役】
  • 逃亡者 (1992年、フジテレビ) 【主演】
  • 愛してるよ! (1993年、テレビ朝日) 【主演・伊達真介役】
  • 半熟卵 (1994年10月21日 - 12月16日、フジテレビ)
      当初の仮題「若草物語」。 ラーメン屋の小柳晴夫役(友情出演)。 森田剛、おりも政夫と共演。

単発ドラマ

  • 爆笑ヤンヤン時代劇 「幕末 花の美剣士たち」 (1981年1月4日、テレビ東京)
  • 愛情 (1981年2月1日、TBS・東芝日曜劇場)
  • おんなの家 (11) (1981年4月12日、TBS・東芝日曜劇場)
  • 妻の寝顔 (1982年1月10日、TBS・東芝日曜劇場)
  • 3年B組金八先生スペシャル (1982年10月8日、TBS) 沢村正治役
  • こぶしの花 〜早春鎮魂歌〜
      (1984年2月15日、日本テレビ・カネボウヒューマンスペシャル第4回。日本テレビ開局30周年記念番組) 【主演】
  • 燃えて、散る炎の剣士・沖田総司 (1984年4月2日、日本テレビ) 【主演・沖田総司役】
  • 3年B組金八先生スペシャルV (1984年10月5日、TBS) 沢村正治役
  • 運命交響曲殺人事件
      (1984年11月26日、テレビ朝日・第2回サントリースペシャル) 故郷の甲府市がロケ地
  • 聖夜に愛が死んだ (1984年12月25日、日本テレビ)
  • 夢かける甲子園 (1985年9月1日、TBS・東芝日曜劇場) 【主演】
  • 針生三郎シリーズ 「ロックシンガーは闇に沈む」 (1985年、NHK) 【主演・片桐安夫役】
  • 3年B組金八先生スペシャルW (1985年12月27日、TBS) 沢村正治役
  • はらはらと雪月花 〜 京都三姉妹大事件 (1986年1月3日、TBS)
  • Triangle Blue スペシャル (1) (1986年1月3日、テレビ朝日)
  • 春のゆきだるま (1986年1月5日、TBS・東芝日曜劇場) 川井光夫役
  • ONCE UPON A TIME IN JAPAN (1987年1月1日、フジテレビ)
       「第24回 新春かくし芸大会・第1部」内のドラマ。 中村繁之と共演。
  • Triangle Blue スペシャル(2) (1987年1月1日、テレビ朝日)
  • 森繁久弥の七人の孫 (1987年1月2日、TBS) 植草克秀と共演
  • 雪まつり・ミュージカルファンタジー「S・F氏の不思議なトリップ」
       (1987年2月8日、TBS) 【主演】
  • 季節はずれの海岸物語 (シリーズ第1作、1988年1月1日、フジテレビ)
  • SPびんびん物語 〜 女王陛下の龍之介
       (1988年10月6日、フジテレビ) 【主演・徳川龍之介役】
  • 加トちゃんケンちゃんファンタジーワールド (1989年、TBS・お正月スペシャル)
  • 赤ひげ (1989年4月1日、TBS) 【主演・保本登役】
  • 教師びんびん物語スペシャル 〜ありがとう、君たちを忘れない〜
       (1989年10月4日、フジテレビ) 【主演・徳川龍之介先生役】
  • 張り込み (1991年9月27日、フジテレビ) 【主演】
  • 家族の食卓 ’93 「妻の入院」 (1993年1月3日、フジテレビ) 【主演】
  • 死刑台のエレベーター (1993年、フジテレビ) 【主演】
  • 怪談 KWAIDAN V 「牡丹燈籠」 (1994年、フジテレビ) 【主演・萩原新三郎役】
  • 世にも奇妙な物語1995冬 「ブルギさん」 (1995年1月4日、フジテレビ) 【主演】
  • 素浪人 花山大吉 (1995年4月1日、テレビ朝日)
  • 必殺始末人 (1997年7月2日、TBS) 【主演・山村只次郎役】
  • 巡査びんびん物語 (1999年5月14日、フジテレビ) 【主演・徳川龍之介巡査役】
  • 教師びんびん物語スペシャル (2000年3月17日、フジテレビ) 【主演・徳川龍之介先生役】
  • 教師びんびん物語スペシャルU (2001年3月16日、フジテレビ) 【主演・徳川龍之介先生役】

バラエティ番組

  • とびだせ!パンポロリン (1978年秋 - 1979年、テレビ朝日)
  • ミュージック・ボンボン (1979年4月15日 - 6月24日、日本テレビ)
      毎週日曜夜7時から30分間放送していたダンス番組で、「ジャPAニーズ」と共に出演。
  • たのきん全力投球! (1980年10月9日 - 1983年3月27日、TBS)
  • スター千一夜 (1980年12月16日 & 26日、フジテレビ) ゲスト出演
  • ピンキーパンチ大逆転 (1982年4月1日、TBS)
  • カックラキン大放送 ! ! (1985年4月 - 1986年4月18日、日本テレビ)
      映画『ダーティハリー』のパロディコント「刑事 ダーティー・トシ」(1985年度)で主演。
  • ヤンヤン歌うスタジオ (テレビ東京)
  • 8時だョ!全員集合 (1982年 - 1985年、TBS) 不定期のゲスト出演
    • 1982年6月26日 - 『原宿キッス』を披露
  • 桜中学大音楽会 〜 金八新八仙八貫八と138名の卒業生達
       (1983年4月1日、TBS) 沢村正治役
  • ザ・ベストヒット83 (1983年6月7日&14日、テレビ朝日)
  • 笑ってポン! (1983年7月6日 - 9月28日、TBS)
  • アイドル花組おとこ組 (1986年、日本テレビ) 芳本美代子と共にゲスト出演。 『It's BAD』を披露。
  • テレビくん、どうも! (フジテレビ) ゲスト
  • さんまのまんま
      (1988年2月15日、1991年10月12日:300回突破 ! ! 記念スペシャル、1996年10月4日、2001年11月20日、2010年5月29日、フジテレビ)
  • 森田一義アワー 笑っていいとも! (フジテレビ)
    • 「テレフォンショッキング」ゲスト (1988年4月29日、1991年9月30日、1995年9月1日)
    • コーナー出演など
       1988年12月26日・年忘れ特大号 - 特別ゲスト出演
       1989年6月26日 - コーナー名不明
       1997年11月20日 - 「クイズ 眼!眼!眼!」
       2000年3月16日 - 「赤裸々アンケート カッコイイ男への道」に野村宏伸と共に出演
       2009年6月17日 - 「DAIGOのご自慢ゲスト 当てまうぃっしゅ!」 他
    • レギュラー出演 (1995年 - 1996年)
  • いつみ・加トちゃんのWA−ッと集まれ ! ! (1988年、フジテレビ) ゲスト
  • ムーブ・関口宏の東京フレンドパーク (1992年10月12日、TBS) 坂上忍と共にゲスト出演
  • 志村けんのだいじょうぶだぁ (フジテレビ) ゲスト
  • オシャレ30・30 (1993年、日本テレビ) ゲスト
  • 志村けんはいかがでしょう (1994年、フジテレビ) ゲスト
  • 新伍&紳助のあぶない話 (1994年5月15日、フジテレビ)
  • ドリフ大爆笑 (1994年6月22日、フジテレビ) 雷様コントにゲスト出演
  • 志村けんのオレがナニしたのヨ? (1995年、フジテレビ) ゲスト
  • 徹子の部屋 (テレビ朝日)
  • 見た目が勝負!? (1996年 - 1997年、テレビ東京) 司会
  • 帰ってきた!ウラまるカフェ (2001年11月29日、TBS) 薬丸裕英と共演
  • ホレゆけ!スタア☆大作戦 〜まりもみ危機一髪!〜
       (2007年 よみうりテレビほか) 第12回ゲスト
  • 爆報!ザ・フライデー (2011年10月21日 - 、TBS)
      初回の2011年10月21日の放送では田原の特集が組まれ、「ビッグ発言事件」の真相も初めて明かされた。
  • 週刊 田原俊彦 (2015年6月7日 - 28日、CS329・歌謡ポップスチャンネル)
  • 他多数…

音楽番組

  • レッツゴーヤング (NHK) 「サンデーズ」として出演後、司会を担当。
  • 夜のヒットスタジオ (フジテレビ) 総出演回数:168回

       

  • ザ・ベストテン (TBS)
  • NTV紅白歌のベストテン → ザ・トップテン → 歌のトップテン (日本テレビ)
  • ミュージックステーション (テレビ朝日)

       

  • TOSHIHIKO TAHARA DOUBLE “T” TOUR 2017 (2017年11月11日、BSスカパー!)
  • 他多数…

映画

  • 東宝映画 たのきんスーパーヒットシリーズ
    1. 青春グラフィティ スニーカーぶる〜す (1981年2月11日、東宝) 【準主演・高木敏夫役】
    2. ブルージーンズ メモリー (1981年7月11日、東宝) 【準主演・田川俊之役】
    3. グッドラックLOVE (1981年12月20日、東宝) 【主演・中村亮二役】
    4. ハイティーン・ブギ (1982年8月7日、東宝) 【準主演・鳴海重役】
    5. ウィーン物語 ジェミニ・YとS (1982年12月18日、東宝) 【主演・若草俊一 & ヨハネス・ローテンベルグの二役】
    6. 嵐を呼ぶ男 (1983年8月4日、東宝、監督:井上梅次) 【準主演・桜井直人役】

  • TOSHI in TAKARAZUKA Love Forever (1983年8月4日、東宝) 【主演】
      同月21日に『Toshi Forever』のタイトルでビデオ化。 当映画は、原宿の合宿所の内部が映っていたり、リハーサルのシーンではジャニー喜多川とメリー喜多川の姿が映り込むなどの貴重な映像となっている。
  • エル・オー・ヴィ・愛・N・G (1983年12月24日、東宝) 【主演・立花協役】
  • 瀬戸内少年野球団 〔青春篇〕 最後の楽園 (1987年1月24日、松竹) 【主演・櫟壮介役】
  • 課長島耕作 (1992年10月3日、東宝) 【主演・島耕作役】
  • 必殺始末人 (1997年3月1日、松竹) 【主演・山村只次郎役】

Vシネマ

  • 必殺始末人 U 〜 乱れ咲く女役者の夢芝居 (1998年1月25日、松竹)
  • 必殺始末人 V 〜 地獄に散った花びら二枚 (1998年2月25日、松竹)

舞台

  • 夢泥棒
      (1985年9月:東京宝塚劇場、1987年10月1日 - 28日:大阪新歌舞伎座、主演:浜木綿子) 稲妻の長吉役
  • 青春グラフィティ ミュージカル 「ACB (アシベ) 〜恋の片道切符〜」
       (1987年12月5日 - 27日、日生劇場) 【主演】
  • マランドロ 〜 チ・ン・ピ・ラ・オ・ペ・ラ
      (1990年7月6日 - 28日、日生劇場、演出:宮本亜門、振付:前田清実・ボビー吉野、共演:乃生佳之
       【主演 マランドロ(ならず者)たちの首領・マックス役】
  • 心を繋ぐ6ペンス (1991年4月1日 - 30日、帝国劇場) 【主演 仕立職人のアーサー・キップス役】
  • ガイズ・アンド・ドールズ (1993年5月4日 - 27日、日生劇場) 【主演 スカイ・マスターソン役】

ラジオ

  • 田原俊彦 8時のデート (1980年10月7日 - 、ニッポン放送、松原秀樹との共演番組)
  • 田原俊彦 ハロー!アイラブユー (1981年、ニッポン放送)
  • 田原俊彦のグッドラック2ナイト (1981年、ニッポン放送)
  • 田原俊彦 誘惑・トゥナイトSHE!SAYS!DO!(シー・セイ・ドゥー)
       (1982年、ニッポン放送)
  • 田原俊彦 君とshowering night SHE!SAYS!DO!
      (1983年 - 1987年3月、ニッポン放送『ヤングパラダイス』→『三宅裕司のヤングパラダイス』内)
  • 田原俊彦 SHE!SAYS!DO! いつだってアイ・ラブ・ユー (1983年 - 、ニッポン放送)
  • 田原俊彦 SHE!SAYS!DO! 気分はナチュラル! (1986年、ニッポン放送)
  • 田原俊彦 SHE!SAYS!DO! 心はストレート (1986年 - 、ニッポン放送)
  • 田原俊彦 ひとつぶの青春 (1984年7月 - 1985年9月、エフエム東京) 松原秀樹もゲスト出演
  • 渡辺美奈代の背伸びしてルージュ (1987年、ニッポン放送) ゲスト出演
  • 田原俊彦のDancing Tonight (1988年 - 、ニッポン放送)
  • ザ・リクエストパレード (ニッポン放送)
  • 田原俊彦のフライデー・トリコロール (1993年7月23日の一夜限りの放送、エフエム東京)
  • 田原俊彦 Double “T” リラックスタイム
       (インターネットラジオ、2006年6月29日 - 2006年12月19日まで全26回)
        番組アシスタント:都築あこ → 梅野舞
  • 田原俊彦 Double “T” リラックスタイムU
       (インターネットラジオ、2007年6月8日 - 9月21日まで全16回)
        番組アシスタント:鈴木礼央奈
  • 田原俊彦 Double “T” リラックスタイムV
       (インターネットラジオ、2008年4月4日 - 9月28日まで全26回)
        番組アシスタント:中山美緒 → 井上舞妃子(いのうえ まいこ。後の成海舞)
  • 田原俊彦 Double “T” リラックスタイムW
       (インターネットラジオ、2009年4月10日 - 9月18日まで全24回)
        番組アシスタント:KONAN → 大矢真夕
  • 田原俊彦 Double “T” リラックスタイムX
       (インターネットラジオ、2010年4月2日 - 9月10日まで全24回)
        番組アシスタント:中村アン
  • 田原俊彦 Double “T” リラックスタイムY
       (インターネットラジオ、2011年4月15日 - 9月23日まで全24回)
        番組アシスタント:葵ゆりか
  • 田原俊彦 Double “T” リラックスタイムZ
       (インターネットラジオ、2012年5月18日 - 11月9日まで全12回)
        番組アシスタント:春菜めぐみ
  • 田原俊彦 Double “T” リラックスタイム[
       (インターネットラジオ、2013年5月18日 - 11月8日まで全12回)
        番組アシスタント:遠野千夏
  • 田原俊彦 Double “T” リラックスタイム\
       (インターネットラジオ、2014年6月13日 - 11月28日まで全12回)
        番組アシスタント:麻倉みな
  • 田原俊彦 Double “T” リラックスタイム]
       (インターネットラジオ、2015年6月5日 - 11月20日まで全12回)
        番組アシスタント:如月さや

CM

※ 出演企業順

  • 江崎グリコ
    • 「セシルチョコレート & アフロス & アーモンドチョコレート」
         (1980年、松田聖子、三浦友和と)
    • 「アーモンドチョコレート & セシルチョコレート & マカナッツチョコレート」
         (1980年、松田聖子と。 CMソングは『ハッとして! Good (グー)』)
    • 「チョコピックアイス」 (1981年)
    • 「アーモンドチョコレート」
         (1981年、乃生佳之、犬と。 CMソングは『悲しみ2 (TOO) ヤング』)
    • 「アーモンドボール」
        (1983年。ロケ地:ロサンゼルス。素人時代の西田ひかると。ラジオ用のソロCMも有り)
    • 「カプリソーネ」 (1984年。 CMソングは『風の上なら SO HAPPY』)
  • 小西六写真工業 「サクラカラー カラーフィルム」 (1981年)
      植草克秀、松原康行、東山紀之、鈴木則行、浜中隆らジャニーズJr.6名と共演した「マンガスキッパー篇」も有り。
  • 日本赤十字協会 「献血」 (ポスターのみ)
  • 牛乳石鹸共進社 「シャワラン・ボディーシャンプー」
  • 資生堂 「サウンド・コロン」
  • フマキラー 「ベープリキッド」
  • 松下電器産業
    • 「テクニクス コンサイスサラウンド・タッチ7」
    • 「テクニクス コンサイス・ステアナ」
    • 「テクニクス コンサイス・Wサラウンド」
    • 「パナソニック パルック」
  • ハウス食品 「とんがりコーン」 ( - 1992年)
  • サントリー
    • 「ウイスキー サントリーオールド クラブハウス」 (田原は声のみでの出演。映像の出演者はジョン・ローン)
    • 「スパークリング・ワイン シードル」
    • 「カリフォルニアブランデー アロマ」
  • ダイハツ
    • 「シャレード」シリーズ (1990年 - 1992年) ミッキー・ロークからの引き継ぎで出演
    • 「シャレード L.A. GEAR」 (1992年)
  • ユニオンクレジット 「UCデスク」
  • NEC (日本電気) 「NECオフィスプロセッサ NEW3100シリーズ・SIS」
  • 武田薬品工業 「ベンザエース・カプレット」 (犬と)
  • 大阪ガス 「ガスファンヒーター」
  • JT (日本たばこ産業) 「完熟豆コーヒー」
  • 食糧庁 「ごはん食推進委員会」
  • サッポロビール 「黒ラベル」 (加山雄三と)
  • 第二電電 「DDI・0077」
  • WORLD 「adabaT」
  • ポッカコーポレーション 「じっくりコトコト煮込んだスープ」
       田原の後は薬丸裕英が当CMを引き継いだ。
  • ライオン
    • 「ハリックスIDローション」
    • 「ハリックス55 温感」
  • キッコーマン 「焼肉しょうゆ」 (野村宏伸と)
  • APAグループイメージキャラクター (2005年 - 2006年)
  • 映画 『ダイヤモンド・イン・パラダイス』 (2006年、ナレーション)
  • アオキーズ・ピザ 「肉巻きスーパーデラックス」 (中京広域圏ローカルCM、2009年)
  • 豊島園 「としまえん プール」 (スチル広告のみ。2013年6月 - 9月)

イベント

  • コーセー アンニュアージュトーク 第1回 「女が魅る ! ! 男対男」
       (1990年9月22日、代官山ザ・ガレージ、北方謙三とのトークショー)
  • コーセー アンニュアージュトーク 第51回 「サニーサイドアップ」
       (1995年1月23日、渋谷BEAMホール、再び北方謙三とのトークショー)
  • コーセー アンニュアージュトーク 第77回 「ブランチイズム」
      (1997年4月10日、恵比寿ガーデンプレイス内の「ザ・ガーデンルーム」。映画監督・石原興とのトークショー)
  • 25th Anniversary Presents 「DOUBLE “T” MUSEUM 田原俊彦25周年展」
        (2004年7月7日 - 13日、銀座・松坂屋7F、入場無料)
  • 104 the NIGHT in Nishiazabu
      (2007年10月4日、西麻布・CLUB XROSS、料金:4,000円、ゲスト:前田忠明)
  • 104 the NIGHT in Nishiazabu Vol.2 (2008年10月4日、西麻布・alife、料金:4,000円)
  • 自叙伝 『職業 = 田原俊彦』 & 30周年記念シングル 発売記念イベント
       (2009年5月27日、池袋サンシャインシティ「アルパ」 B1F 噴水広場)
  • 104 the NIGHT in Roppongi Vol.3 (2009年10月4日、六本木・NIRVANA、料金:4,000円)
  • 104 the NIGHT in Roppongi Vol.4 (2010年10月4日、六本木・VANITY、料金:4,000円)
  • 104 the NIGHT in Roppongi Vol.5 (2011年10月4日、六本木・VANITY、料金:4,000円)
  • 104 the NIGHT in Shibuya Vol.6
       (2012年10月4日、渋谷サウンドミュージアムVISION、料金:4,000円)
  • 104 the NIGHT in Roppongi Vol.7 (2013年10月4日、六本木・GOLD CAFE、料金:4,000円)
  • 104 the NIGHT in Roppongi Vol.8 (2014年10月4日、大阪・OWL OSAKA、料金:4,000円)
  • 104 the NIGHT Vol.9 (2015年10月4日)

ナレーション

  • Webアニメ『秘密結社 鷹の爪.jp』の2012年6月期の提供アナウンス (サントリー、YouTube)

モバイル

  • Lucky Toshi Luciano (配信動画。2009年10月4日 - 。BeeTV)
  • 田原俊彦モバイル (公式モバイルサイト。2010年7月14日 - )
  • 田原俊彦アプリ (2010年12月6日 - 。GREE、エイチーム)


ディスコグラフィ

シングル

  1. 哀愁でいと (NEW YORK CITY NIGHTS) c/w 君に贈る言葉 (アフター・スクール)
      1980年6月21日。 A面曲はフジテレビ系ドラマ『ただいま放課後 (第1シリーズ)』の主題歌で、 オリジナルはレイフ・ギャレットの1978年のアルバム『プリンスの週末 (Feel The Need)』に収録された「NEW YORK CITY NIGHTS」。 ちなみにジャニーズ勢によるレイフの楽曲のカバーには、1979年に発売された川ア麻世のシングル『レッツ ゴー ダンシング』(原題:I WAS MADE FOR DANCIN'、邦題:ダンスに夢中)がある。
      B面曲の歌とナレーション:田原俊彦、近藤真彦、野村義男。 企画:近藤真彦。
      初回生産限定で、「お楽しみソノシート」が付いていた。名刺大のプロマイド風ピクチャーソノシートで、田原の語りが収録されている。
  2. ハッとして! Good (グー) c/w 青春ひとりじめ (1980年9月21日)
      A面曲の当初予定されていたタイトルは『Sweet Situation』だったが、ジャニー喜多川の案で『ハッとして! Good (グー)』に変えられた。
      B面曲は、フジテレビ系ドラマ『ただいま放課後 (第2シリーズ)』の主題歌。
  3. 恋=Do! c/w 空とぶハート (1981年1月12日)
  4. ブギ浮ぎ I LOVE YOU c/w センチはやめろよ (1981年4月1日)
  5. キミに決定! c/w 愛の神話 (1981年7月1日)
  6. 悲しみ2 (TOO) ヤング c/w 悲しみよ こんにちは (1981年9月2日)
  7. グッドラックLOVE c/w スターダストに夜は更けて (1981年10月16日)
      A面曲(作曲:小田裕一郎)のサビの出だしの部分が、当曲の2ヶ月前に発売されたひかる一平のシングル『可愛いデビル』(作曲:加瀬邦彦、1981年8月21日発売)のサビの出だしの旋律を一瞬だけパクっている。  また、A面曲は郷ひろみの『よろしく哀愁』(作曲:筒美京平)をもパクっている。『よろしく哀愁』のトラックを使うと、『グッドラックLOVE』がそのまま歌えてしまう。
  8. 君に薔薇薔薇・・・という感じ c/w ANOANOお嬢さん (1982年1月27日)
  9. 原宿キッス c/w 真夏にドッキリ (1982年5月8日)
  10. NINJIN娘 c/w ジャングル・シェイク (1982年8月6日)
  11. 誘惑スレスレ c/w 哀愁DIARY (1982年10月15日)
  12. ラブ・シュプール c/w 双子座 (ジェミニ) の恋人たち (1982年12月18日)
      A面曲は映画『ウィーン物語 ジェミニ・YとS』の主題歌。
      30万枚限定発売。 通常の黒色のレコードとは異なり、「ミルキーレコード」という名称の白いレコード盤であった。  ジャケットは10数ページにわたる写真集(ブックレット)になっており、 映画のベストシーンを掲載。 1ヶ月弱で早々に完売となり、手に入らないファンが急増。 再プレスの要望もあったが叶わなかった。
      しかし、1983年10月5日にカセットテープでのみ販売されたサントラアルバム『TOSHI THE MOVIE』にて、 当レコードのA・B面を収録。さらに当レコードの写真集ジャケットも復刻された。
      なお、映画内では当レコードとは別のアレンジ(間奏部の割り符が異なる)がなされた楽曲が使われている。  また、A面曲の歌詞の中に「ジェミニ 双子座の恋人達」、B面曲の歌詞の中に「シュプール」という言葉を織り込む事で、A・B面を連動させている。
  13. ピエロ c/w 片想いキック (1983年2月17日)
  14. シャワーな気分 c/w 溜息DAY & NIGHT (1983年5月18日)
    • この曲でTBS『ザ・ベストテン』に出演した際、衣装を脱いで上半身裸となり、シャワーの雨に打たれながら歌唱するというパフォーマンスが話題となった。
    • この曲のレコードには、2種類のジャケットが存在する。 タイトル文字が青色のもの(初回プレス分)と、ピンク色のもの(再プレス分)で、写真も違っている。
          
      そして、「田原俊彦『シャワーな気分』ダブル・プレゼント」と称して、 応募者全員に「フィーリング・カード」、更に抽選で「オリジナルシャワーキャップ」が当たる応募ハガキが付けられていた。 そこで、熱狂的なファンに何度もレコードを買って応募させるため、 シャワーキャップの締め切りを1ヶ月ごとの3回に分け、当たる物をA・B・Cタイプと、締め切りごとに違うものにしていた。 そしてファンの購買意欲を少しでも煽ろうとした結果、ジャケット写真が途中から新しいものに変えられた。  これは、同じレコードを何枚もファンに買わせるという、いわゆる「ジャニーズ商法」の走りであった。  (なお、ジャケット変更と共に、応募ハガキの切り取り位置や、ちょうどこの時期に移転したファンクラブの住所と電話番号も差し替えられている)
        
    • A面曲の作曲者は筒美京平だが、出だしの「だけッ だけッ 君だけが好きッ♪」という部分が、完全にQueenの『Back Chat』のパクりだと言われている。  しかも筒美は、松本伊代が前年の1982年にリリースしたアルバム『オンリー・セブンティーン』の収録曲『魔女っ子セブンティーン』の間奏部分でも、このQueenの『Back Chat』のメロディーをそのまま使用している。
  15. さらば・・夏 c/w 100億年の恋人 (1983年8月12日)
  16. エル・オー・ヴィ・愛・N・G c/w カフェバー物語 (1983年11月18日)
      A面曲は映画『エル・オー・ヴィ・愛・N・G』主題歌。 B面曲は後にエフエム東京のラジオ番組『田原俊彦 ひとつぶの青春』のテーマ曲に採用された。
  17. チャールストンにはまだ早い c/w 風の上なら SO HAPPY (1984年2月3日)
       A面曲は後に今井翼がカバー。
  18. 風の上なら SO HAPPY (12inchシングル。1984年4月12日)
      5万枚限定発売。 カップリングは、『チャールストンにはまだ早い』のカラオケに田原のセリフが入ったもの。「ハードボイルド編」、「夢編」、「チャールストン編」、「女優編」の全4種。 正確には「オリジナルカラオケ」ではなく、ガイドメロディ付きの演奏。
  19. 騎士道 c/w ハロー・センチメンタル (1984年5月23日)
      A面曲の作曲:つのだ☆ひろ。 後に堂本光一がカバー。 初期生産限定でピクチャーレコード仕様。
  20. 顔に書いた恋愛小説 (ロマンス) c/w ニューヨーク・スマイル (1984年8月8日)
  21. ラストシーンは腕の中で (WOMAN I LOVE ONLY YOU) c/w サヨナラを言わせないで (1984年11月14日)
       A面曲の原曲はScott Baio。
  22. 銀河の神話 c/w ミスティー・マインド (1985年2月1日)
  23. 堕ちないでマドンナ c/w Summer Bride (夏の花嫁) (1985年5月16日)
  24. 夏ざかり ほの字組 c/w バカンス・ゲーム (1985年7月21日)
      Toshi & Naoko」名義での、研ナオコとのデュエット作。
      同年9月5日に発売されたカセットシングルには、「フリ付けカード」が封入されていた。
  25. 華麗なる賭け c/w ショット ガン (1985年8月14日)
  26. It's BAD c/w 見慣れない君を見た (1985年11月28日)
       A面曲は後に堂本光一、ジャニーズJr.(原知宏中心)がカバー。
  27. Hardにやさしく c/w 憂嬢の物語 (1986年3月5日)
  28. ベルエポックによろしく 〜WHAT'S 55〜 c/w  ハートブレイク オン ステージ
       (1986年6月19日)
  29. あッ c/w お嬢さん (1986年9月21日)
  30. KID c/w oh!若旦那 (1987年1月21日)
  31. “さようなら”からはじめよう c/w 愛の休日 (1987年6月21日)
  32. どうする? c/w BORDERLINE
       (フジテレビ『ラジオびんびん物語』主題歌。1987年9月11日)
  33. どうする? (12inchシングル。1987年12月5日)
  34. 夢であいましょう c/w プロポーズ (1988年1月21日)
  35. 抱きしめてTONIGHT c/w がんばれよナ先生
       (フジテレビ『教師びんびん物語』主題歌。1988年4月21日。略称:抱きTO
  36. かっこつかないね c/w OPEN YOUR HEART 〜イキにいこうよ〜
       (フジテレビ『金太十番勝負!』主題歌。1988年8月17日)
  37. 愛しすぎて c/w ボサノバ (1989年1月11日)
  38. ごめんよ 涙 c/w BELIEVE (フジテレビ『教師びんびん物語U』主題歌。1989年4月19日)
  39. ひとりぼっちにしないから c/w そばにおいでLadymoon (1989年9月26日)
  40. ジャングルJungle c/w 夢見るよりも
      (フジテレビ『日本一のカッ飛び男』主題歌。1990年3月21日)
       A面曲は後にジャニーズJr.がカバー。小原裕貴ソロでもカバー。
  41. NUDE c/w 海賊 (1990年11月28日)
  42. 夏いまさら一目惚れ c/w STAR DUST ランデヴー (1991年5月2日)
  43. 思い出に負けない c/w 六本木パルテノン (1992年4月17日)
  44. 雨が叫んでる 〜TELL BY YOUR EYES〜 c/w 夕やけに帰ろう (1992年8月5日)
      オリコントップ10入りした最後の曲。フジテレビ『逃亡者』主題歌。
  45. ダンシング・ビースト c/w 君は最低 (1993年7月7日)
  46. KISSで女は薔薇になる c/w 男たちに乾杯 (テレビ朝日『愛してるよ』主題歌。1993年11月3日)
  47. 雪のないクリスマス c/w ときめきをどうもありがとう (1994年11月2日)
  48. 魂を愛が支配する c/w エメラルドの碧に濡れた海 (1995年8月19日)
  49. 真夜中のワンコール (シングル・バージョン) c/w 涙にGood Night (1996年2月21日)
  50. DA・DI・DA c/w HEART BREAK RAIN (1996年6月21日)
  51. A NIGHT TO REMEMBER c/w Send a little love (1997年1月18日)
      シャラマーの同名曲のカバー。自身司会のバラエティ番組『見た目が勝負!?』エンディングテーマ。
  52. EASY...LOVE ME... c/w 愛は愛さ (1997年11月21日)
  53. キミニオチテユク c/w Wow Wow (1998年6月24日)
  54. 涙にさよならしないか c/w いつも最初のキスみたいにやさしくキスしたい
       (1999年7月23日) 20周年記念シングル
  55. 抱きしめていいですか c/w Dangerous Zone (2001年8月1日)
  56. DO-YO c/w 笑顔からまた始めよう c/w 君に伝えたいこと (2002年7月31日)
  57. DANGAN LOVE 〜弾丸愛〜 c/w 連載小説 (2004年7月7日)
       25周年記念マキシシングル
  58. 恋すれどシャナナ (2004年10月21日)
      研ナオコとの19年ぶりのデュエット作。 名義は「田原俊彦 & 研ナオコ」。
  59. 願いを星の夜へ・・・・ c/w 今夜はギリギリ (2005年8月3日)
  60. ジラシテ果実 c/w ドMテキーラトニック (DVD付き。 2006年7月5日)
  61. 愛をMOTTO (2007年6月20日)
  62. Always You (DVDシングルとして発売。 2008年6月25日)
  63. Cordially c/w 永遠の花を咲かせようか (2009年6月17日)
  64. シンデレラ c/w 哀愁でいと (Live Mix Verson) c/w ごめんよ 涙 (Live Mix Version) (2010年5月7日)
  65. Rainy X'mas Day c/w ジュリエットへの手紙 (Romeo Mix) c/w Rainy X'mas Day (Juliet Mix) (2010年11月17日)
  66. さよならloneliness c/w ブギ浮ぎ I Love You (2011 New Recording) (2011年4月20日)
      正規販売に先駆け、デジタル・ダウンロードが4月6日に開始された。
  67. BLUE (feat. LUVandSOUL) c/w It's BAD (2011 New Recording) (2011年8月3日)
  68. ヒマワリ c/w 星のように (2011年11月16日)
      両A面シングル。A面曲の作詞は太田光。 初回限定盤には、『ヒマワリ』と『BLUE』の2曲のPVが収録されたDVD付き。 通常盤にはDVDが付いていないが、『ヒマワリ (Silent Mix)』と『ジュリエットへの手紙 (Romeo Mix)』を2曲をCDに追加収録。
  69. Mr.BIG (2012年6月20日)
      カップリング曲の内容は、CD+DVD盤、CD盤共に『雨が叫んでる 〜TELL BY YOUR EYES〜 (2012 New Recording)』。 CD+DVD盤のみ『チャールストンにはまだ早い (2012 New Recording)』。 CD盤のみ『かっこつかないね (2012 New Recording)』。
  70. LOVE & DREAM feat. SKY-HI c/w Bonita (2014年6月25日)
      フィーチャリングで参加しているラッパー・SKY-HIは、ジャニーズ事務所での後輩にあたる元Jr.で「AAA」のメンバーの日高光啓のMCネーム。
  71. BACK TO THE 90'S c/w 素敵な恋をしよう (2015年6月17日)
  72. TRUE LOVE 〜約束の歌〜 c/w フラストレーションラブ (2015年11月11日)
  73. ときめきに嘘をつく c/w そのとき愛がわかるんだ (2016年6月22日)
  74. フェミニスト c/w Dear 迷える獅子達 (2017年6月21日)

非売品プロモシングル

  1. ラストシーンは腕の中で (WOMAN I LOVE ONLY YOU) (1984年11月)
      田原のシングル『ラストシーンは腕の中で (WOMAN I LOVE ONLY YOU)』のプロモーションの一環として制作された、ディスコ向けの12inchシングル(片面1曲入り)。 ただしアーティスト名は田原ではなく、演奏者名として「MODERN GIRL 2001」と表記されている。
      内容はシングルのアレンジを基調としたロング・バージョンだが、田原のボーカルは入っていない。 シングル盤で田原が歌ったメロディーをサックスが演奏しており、演奏しているのは編曲者でもある中村哲。
  2. 美しい人よ c/w 心からモノローグ (1988年)
      1988年7月13日発売のアルバム『Dancin'』のプロモーション用として製作された7inchシングルレコード。

   シングル売上推移 (オリコン調べ)

   


オリジナルアルバム

  1. 田原俊彦 (1980年8月5日。1989年11月21日にCD化)
      初回限定盤のみ、田原の写真がレコード盤の両面にプリントされたピクチャーレコードで、 ジャケットの「TOSHI」の文字部分も、ピクチャー盤が見えるように穴開き仕様になっている。 また、収録曲『アフター・スクール』(作曲:宮下智)は、郷ひろみのシングル『恋の弱味』(作曲:筒美京平)をパクっている。

       

  2. TOSHI ’81 (1980年12月13日)

       

  3. No.3shine Toshi (1981年6月24日)
      収録曲『ジュリエットへの手紙』(作詞・作曲:宮下智、編曲:羽田健太郎)は、 田原のアルバム曲の中では最も人気の高い曲で、数多くの後輩たちに歌い継がれている。 作者の宮下智自身も当時、「サザンオールスターズの『いとしのエリー』に負けない名バラードです」と雑誌にコメントしていた。
      カバーしたメンバーは、たのきんトリオ(1983年の「3球コンサート」にて3人で)、 近藤真彦(コンサート)、植草克秀(コンサート、ミュージカル『PLAYZONE ’97 RHYTHM U』)、 岡本健一(コンサート)、赤坂晃(コンサート、『ミュージックステーション』)、森且行(コンサート)、今井翼(コンサート)。

       

  4. 夏一番 (1982年3月27日)

       

  5. EVE only (1983年1月27日)

       

  6. 波に消えたラブ・ストーリー (1983年7月21日)
       音楽的に評価の高いアルバム。

       

  7. ジュリエットからの手紙 (1984年3月21日)
      3rdアルバムでの人気曲『ジュリエットへの手紙』が、当アルバムにも、2曲(冒頭とラスト)収録されている。 冒頭の曲のアレンジは3rdアルバムと同じく編曲:羽田健太郎だが、ボーカルは新たに歌い直しされている。 そしてラストの曲は、編曲:東郷昌和のバージョンとなっている。

       

  8. メルヘン (1984年6月21日)

       

  9. TOSHI 10R NEW YORK (1984年11月21日)

       

  10. Don't disturb (1985年7月4日)
       音楽的に評価の高いアルバム。

       

  11. 失恋美学 (1985月12月15日)

       

  12. 男・・・痛い (1986年6月19日)

       

  13. 目で殺す (1986年12月5日)

       

  14. YESTERDAY MY LOVE (1987年5月21日)

       

  15. Dancin' (1988年7月13日)

       

  16. TOKYO BEAT (1989年5月17日)

       

  17. DOUBLE “T” (1990年6月21日)

       

  18. 夏の王様 〜my blue heaven〜 (1991年6月5日)

       

  19. GENTLY (1992年9月2日)

       

  20. MORE ELECTRIC (1993年8月4日)

       

  21. MY FAVORITE SONGS (1994年11月18日)

       

  22. TENDERNESS (1995年9月6日)

       

  23. Vintage37 (1998年7月23日。 2015年1月7日にHQCDで再発)

       

  24. I AM ME! (2013年6月19日)
      収録曲『星のない街 〜TOKYO〜』では、元「KICK THE CAN CREW」のLITTLEと、「Spontania」のMASSATTACKがフィーチャリング参加した。

       


サウンドトラック

  1. グッドラックLOVE サウンド・トラック (1981年11月29日)
      「たのきんフォノシート」と題して、雑誌『ティーンアイドル』(1982年1月号)の付録として制作された同映画のサントラソノシートも存在する。

       

  2. TOSHI THE MOVIE (限定版:1983年10月5日、通常版:11月5日) カセットテープのみの販売
      たのきん映画の中で田原が歌った曲を集めたサウンド・トラック。 限定版は「TOSHI CAN」と題した円筒型の缶ケース入りで、シングル『ラブ・シュプール』の写真集ジャケットを復刻したものと、カラーピンナップ4枚、ジグソーパズルが封入。

       

  3. 瀬戸内少年野球団 〔青春篇〕 最後の楽園 サウンド・トラック (田原による朗読アルバム。1987年11月21日)

       


ベストアルバム / コンピレーション

  1. ベスト オブ 田原俊彦 (1982年9月1日。2枚組。LPには12ページの写真集付き)

       

  2. 田原俊彦 A面コレクション (1986年6月19日)
      2枚組CD。 カセット版は1本にまとめて収録し、ミラー付きの特製コンパクトケースにて発売。

       

  3. 田原俊彦 B面コレクション (1986年6月19日)
      2枚組CD。 カセット版は1本にまとめて収録し、ミラー付きの特製コンパクトケースにて発売。

       

  4. NON-STOP TOSHI (1987年2月21日)

       

  5. Thank You, for GLORIOUS HITS 36 in 10years (1989年11月22日。BOX仕様の3枚組)

       

  6. BEST 1987〜1991 (1991年11月21日)

       

  7. PRESENTS 〜THE GREATEST HITS IN 15YEARS〜 (1994年7月24日)
      全曲ニュー・アレンジ、ニュー・ボーカルによるベストアルバム。

       

  8. BEST OF TOSHIHIKO TAHARA (1998年2月18日)

       

  9. Dynamite Survival (2003年7月24日。 2015年1月7日にHQCDで再発)

       

  10. Myこれ!クション田原俊彦 (2004年1月21日)

       

  11. 愛をMOTTO + MS005 (2007年6月20日)
      ニュー・アレンジ、ニュー・ボーカルによるベストアルバム。

       

  12. 30th Anniversary BEST (2010年9月1日)
      デビュー30周年を記念して、田原本人が選んだ30曲を収録した記念ベストアルバム。 CD2枚と、DVD1枚の3枚組。

       

  13. 35th Anniversary All Singles Best 1980-2014 (2014年8月6日。 5枚組)

       


   アルバム売上推移 (オリコン調べ)

   


ソノシート

  1. お楽しみソノシート (1980年6月21日)
      田原のデビューシングル『哀愁でいと (NEW YORK CITY NIGHTS)』の初回生産限定分に付いていた、名刺大のプロマイド風ピクチャーソノシート。 田原の語りが収録されている。
  2. たのきんフォノシート (1981年末)
      映画『グッドラックLOVE』のサントラソノシート。 雑誌『ティーンアイドル』(1982年1月号)の付録として制作された。

ビデオ

  1. Toshi Forever (1983年8月21日)
      同年1月29日に東京宝塚劇場で行われたコンサート「ヤングコミュニケーション ’83 TOSHI in TAKARAZUKA」の模様を収録。 同年8月4日に『Love Forever』のタイトルで劇場公開された映画のビデオ化。
  2. Glicoどきどきビデオ 田原俊彦 TOSHI in HAWAII (1983年)
      懸賞用の非売品ビデオ。 グリコ「アーモンドボール」を購入して応募した者の中から、計3,000名が当選した。
  3. メルヘン (1984年10月1日)
  4. TOSHI 12R NEW YORK (1984年12月6日)
  5. 田原俊彦 7 Years' Memory (1986年6月19日)
  6. 青春グラフィティ ミュージカル 「ACB (アシベ) 〜恋の片道切符〜」 (1988年3月1日)
  7. 10TH ANNIVERSARY GLORIUS TOSHIHIKO TAHARA (1989年10月14日)
  8. ジャングルJungle (1990年5月21日)
  9. DOUBLE [T] ’90 (1990年12月5日)
  10. NUDE (1991年2月6日)
  11. 夏の王様 〜my blue heaven〜 (1991年6月1日)
  12. Vintage Life (1998年12月16日)

DVD

  1. DT:025 25th Anniversary LIVE & CLIPS (2004年4月21日)

       

  2. 30th Anniversary TOSHIHIKO TAHARA DOUBLE“T”TOUR 2009 (2010年4月22日)
      17年振りに故郷の山梨で行った凱旋ライブを収録。 初回生産限定で、LIVE CDと3Dカードが特典で付いた。

       

  3. さよならloneliness (2011年5月21日、シングルDVD)
      正規販売に先駆け、4月20日に赤坂ブリッツで行われたリリースパーティーにて先行発売。 その後、5月21日よりファンクラブの通販で500枚だけ販売された。
      収録内容は、シングル『さよならloneliness』のPV一曲のみ。 約4分30秒。

  4. 33TH ANNIVERSARY TOSHIHIKO TAHARA DOUBLE“T”TOUR 2012 AT NAKANO SUNPLAZA, TOKYO [20120919] (2013年2月20日)
      同DVDの、完全生産限定盤(1433本)である「LIMITED EDITION」も、通信販売のみで2012年12月に先行発売された。  特典映像が収められた追加Disc、56Pのハードカバー写真集、ポストカード4枚が入った特製ボックスケース仕様で、価格は6,500円。

       



書籍

著書

  • 君だけマイラブ 〜 ときめきの中で (1981年8月、ワニブックス・青春ベストセラーズ)
  • とびッきり危険 (デンジャー) (1986年6月、集英社)
  • 職業=田原俊彦 〜 「ありがとう」、それだけが伝わるならいいのに。
       (2009年5月27日、ロングセラーズ)

写真集

  • 近代映画特別編集 田原俊彦スペシャル (1980年12月、近代映画社)
  • 田原俊彦写真集 わたしのトシちゃんアルバム (1981年4月、実業之日本社)
  • 週刊セブンティーン特別編集 田原俊彦スペシャル写真集 Toshi in U.S.A.
       (1983年5月、集英社)
  • メルヘン 田原俊彦写真集 (1984年1月、集英社)
  • TOSHI・LAST HERO (1986年10月、小学館)
  • 祝日 田原俊彦写真集 (1989年12月、集英社)


外部リンク








出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より改訂
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