嶋田じゅん - ジャニーズ百科事典
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嶋田じゅん

      
  (左が嶋田。 1970年)


嶋田 じゅん(しまだ じゅん、本名:島田純、英名読み:ジューン、1948年 or 1949年生まれ)とは、元ミスユニバース日本代表であり、ジャニーズ事務所の女性第二号タレントで、ハーフの人物。 途中から「嶋田ジュン」に改名。
身長:168cm、体重:53kg、B:88cm、W:60cm、H:88cm。
尚、事務所の女性第一号タレントは飯野矢住代


目次



来歴

  • バレエ団出身。

  • 1969年8月、「1970年度ミス日本コンテスト・関東地区大会」に出場。 関東地区代表の中の1人に選ばれ、翌1970年1月、本選の「1970年度ミス日本グランプリ決定コンテスト」に出場。 結果は6位だった。

  • 1970年5月2日、大阪の万国博会場で開催された「ザ・ビューティー・ページェント・イン・ジャパン」に東京代表として出場し、優勝。 ミス・ユニバースの日本代表となる。

  • 同年6月19日、大阪万博で行われた「万国博の女王選出大会」にも出場。 世界51ヶ国のミスたちと美を競ったが、同大会では無冠だった。

  • 同年6月20日、大阪万博で行われたパレードイベント「美の祭典 ミス・ユニバース・ショー」に出演。

  • 同年7月、アメリカのマイアミビーチで開催された「第19回 ミス・ユニバース世界大会」では、セミファイナルからファイナルに進出。 第3位を獲得(総合第4位)した他、「ベスト水着賞」にも選ばれた。
    島田はショートヘアで大会に出場したが、これは当時のミスコンテスト出場者としては世界的にも珍しいことであった。  当時は21歳で、身長:168cm、体重:53kg、スリーサイズは、B:88cm、W:60cm、H:88cmだった。

  • その後、メリー喜多川にスカウトされてジャニーズ事務所に入所。 バラエティ番組『ゲバゲバ一座のちょんまげ90分!』(日本テレビ)や、フォーリーブス主演のミュージカル『生きていくのは僕たちだ!』に出演。  また、赤坂のシアターレストラン「コルドンブルー」のショーにも出演していた。
    尚、1971年10月にはCBSソニーから歌手としてレコードデビューする予定だったが、結局頓挫してしまった。  唯一、翌1972年2月21日にリリースされたフォーリーブス主演のミュージカル『生きていくのは僕たちだ!』の実況録音盤アルバムには、出演者であった嶋田の声も入っているものの、歌詞カードのクレジットでは「田じゅん」と誤植されてしまっている。

  • 1972年の暮れに、フォーリーブスの青山孝との熱愛がマスコミに発覚。 約7年の交際を経て、28歳だった1977年8月26日にロサンゼルスの「ウェイフェア・チャペル (ガラスの教会)」で挙式した。 ハネムーンはラスベガスとハワイ。  披露宴は同年9月11日に虎ノ門のホテルオークラ(後のホテルオークラ東京)で開かれ、その模様は当日フジテレビでも放送された(披露宴の司会者は徳光和夫)。 青山との間には2児(女児と男児)をもうけたが、1996年に離婚。

  • 1982年8月4日に生まれた長男・城下一正は、「KAZU」名義でギタリストとして活動している。


出演作品

バラエティ番組

  • ゲバゲバ一座のちょんまげ90分! (1971年10月12日 - 1972年3月28日、日本テレビ)
  • ゲバゲバ一座のちょんまげ60分! (1972年4月2日 - 9月24日、日本テレビ)
      『ゲバゲバ一座のちょんまげ90分!』を60分に短く編集した再放送番組。
  • ラブラブショー (1977年9月11日 日曜22:00〜22:30、フジテレビ)
      「独占!フォーリーブス結婚式完全中継」。 青山孝との披露宴番組。 番組司会は芳村真理。 披露宴の司会は徳光和夫。

ミュージカル

  • 少年たちシリーズ第6作 〜 フォーリーブス・ライブ・ミュージカル
      「生きていくのは僕たちだ!」
      (昭和46年度文化庁芸術祭参加作品ミュージカル。 原作:大森晶子『十七歳の絶唱』。1971年10月29日&31日:帝国劇場。大阪・名古屋公演も有り)

ステージ

  • 赤坂のシアターレストラン「コルドンブルー」のショー
      嶋田ジュン」名義で出演していた。 演出:日本テレビプロデューサー・井原高忠。 振付:小井戸秀宅。 共演:渚香織ら。

雑誌

  • 週刊文春 (1968年12月23日号、文藝春秋) 表紙
  • 週刊平凡 (1970年5月21日号、平凡出版〔後のマガジンハウス〕)
      「ミス・ユニバースは混血娘だった!」
  • 月刊平凡 (1970年7月号、平凡出版〔後のマガジンハウス〕) モノクロ1ページ
  • 週刊平凡 (1970年9月10日号、平凡出版〔後のマガジンハウス〕) モノクロ1ページ
  • 週刊文春 (1971年、文藝春秋) 「まわり道してゲバゲバ出演」
  • 週刊TVガイド (1971年10月1日号、東京ニュース通信社)
    • 時代劇にてズッコケますル 秋の衣がえ 「ゲバゲバ一座のちょんまげ90分!」
    • 家族づれで大にぎわい 「人気タレント チャリティー・サイン会」
  • 読切雑誌 (1971年10月号、双葉社) ※ 内容が間違いだらけの記事
  • 月刊平凡 (1972年4月号、平凡出版〔後のマガジンハウス〕)
  • 女性セブン (1977年9月1日号、小学館)
       「青山孝 独占手記 ぼくと島田純の愛7年」







出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より改訂
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