シブがき隊 - ジャニーズ百科事典
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シブがき隊

            


シブがき隊(しぶがきたい)とは、1980年代にジャニーズ事務所に所属した3人組の男性アイドルグループである。  1981年4月結成。 1988年11月2日解。 愛称:シブ、シブちゃん。


目次



グループ名変遷

  1. 仙八悪ガキ4人組
  2. 仙八トリオ
  3. シブがきトリオ (初期の頃は「Aチーム」名義も併用)
  4. シブがき隊


メンバー

  • 薬丸裕英 (1966年2月19日生まれ、東京都武蔵野市出身。愛称:ヤックン、リーダー。イメージカラー:青)
      薬丸はグループのセンターだったこともあり、1987年頃から本木と布川が薬丸を「リーダー」と呼び始めたが、それはあくまでも冗談交じりのあだ名であり、シブがき隊に正式なリーダーは存在しない。

  • 本木雅弘 (1965年12月21日生まれ、埼玉県桶川市出身。愛称:モックン。イメージカラー:赤)

  • 布川敏和 (1965年8月4日生まれ、神奈川県川崎市出身。愛称:フックン。イメージカラー:黄)

候補メンバー



概要

  • 1981年4月、TBSドラマ『2年B組仙八先生』に出演した4名により結成。 当時は「仙八悪ガキ4人組」などと呼ばれながら、4人一緒に雑誌やアイドル番組に登場していた。 アイドル雑誌『マイアイドル』の1981年8月号では、ひかる一平の周りを4人で囲んで表紙まで飾った。
      
      
    しかし、すぐに1名(叶屋博基)がメンバーから外されてしまい、3人組となる。
  • 当初は正式なグループ名が確定しておらず、『2年B組仙八先生』に出演していたことから「仙八トリオ」と呼ばれていた。 そこで、雑誌『週刊セブンティーン』(1981年7月28日号)で正式なグループ名と3人の愛称を募集した結果、 同年9月1日号にて、「シブがきトリオ (由来は「渋い悪ガキ」)」、「ヤックン、モックン、フックン」に決定。
    グループと愛称のそれぞれの名付け親である二人の女性は、シブがき隊が解隊を控えていた1988年9月21日に、フジテレビ『夜のヒットスタジオ』にゲスト出演。 その際、命名の由来について、「『ぼくたちにシブ〜い名前をつけてね!』と募集ページに書いてあったから」と語った。
  • 1981年10月6日より、テレビ東京の音楽バラエティ番組『ザ・ヤングベストテン』にレギュラー出演。 この時点で既に「シブがきトリオ」という名前は付いていたのだが、番組で共演していた「少年隊」の方にまだグループ名が付いていなかったため、 つり合いが取れるように番組内では当初、シブがきトリオは「Aチーム」、少年隊は「Bチーム」という名で呼ばれていた。
  • 1982年春、レコードデビューに際し、「シブがきトリオ」から「シブがき隊」へ改名。
    敢えて「トリオ」から「隊」に変えた意味については、メンバーたちが当時のテレビ番組で、
    「『たのきんトリオ』は『トリオ』だったけれど、僕たちは『』という形で(メンバーやスタッフ、ファンの)みんなと連帯したい」などと答えていた。
    この「」へのこだわりは、グループ解散時に、“解散”という表現ではなく「“隊”が分かれるから“解隊”」とした点にも表れている。
  • 1982年5月5日に「NAI・NAI 16(シックスティーン)」で歌手デビュー。  キャッチフレーズは「YMF 正面突破」(YMFとはヤックン、モックン、フックンの略)。  同期のアイドルたちは「花の82年組」と呼ばれ、中森明菜、小泉今日子、三田寛子、堀ちえみ、松本伊代、早見優、石川秀美らがいた。
    シブがき隊は同年12月の「日本レコード大賞 最優秀新人賞」を受賞し、『NHK紅白歌合戦』にも初出場を果たした。(その後、紅白へは1986年まで計5回出演)。
  • 生意気キャラのヤックン、クールなモックン、爽やかで元気なフックン、といったそれぞれのイメージ分担が確立したグループであった。
    当初は、「仙八先生」で主役級の生徒役を演じていた薬丸がグループのセンターの立ち位置だったが、歌手デビュー以降は本木に人気が集まり、途中からセンターを本木と交替した。
  • 1988年8月7日、東京厚生年金会館でのコンサートにて、グループの“解隊”を宣言。 ちなみに、TOKIOの国分太一が生まれて初めて観に行ったコンサートが、この日の公演だった。(自分でチケットを買った訳ではなく、ジャニー喜多川に招待されての鑑賞)
  • 結成から約7年半後の1988年11月2日、代々木第一体育館でのコンサートにて解隊。 これと同時に本木と布川はジャニーズ事務所を退社した。
    薬丸だけは事務所に残ってソロ活動を続けたものの、やはり1年後には同じく退社した。


エピソード

  • ファンによる多くの親衛隊(応援グループ)も作られた。「シスターボーイ」、「ミルク」、「飛鳥」など。
    また、各メンバーごとの親衛隊(オンリー隊)も存在した。代表的なのもは、薬丸の「度胸隊」、「ブラックエンジェル」、布川の「ジェミーガール」、「レッドローズ」、本木の「雅姫(まさひめ)」、「アリス」など。
    そして親衛隊による独特の応援コールも作られた。 以下がその一例。
    • 「S・H・I・B・U・G・A・K・I シブいぜシブがきガ〜ンバ ハッピーボーイズシ・ブ・が・き〜」(通称「S・Hコール」)
    • 「S・H・I・B・U・G・A・K・I シブいぜシブがきガ〜ンバ ハッピーボーイズシブがき隊」(「月光淑女!」のイントロコール)
    • 「G・U・T・S ガッツヤックン S・E・X・Y セクシーモックン S・M・I・L・E スマイルフックン ハッピーボーイズシブがき隊」
    • 「裕英・雅弘・敏和! 我らのシブがき只今参上!」
  • 1982年10月16日 午後4時25分、愛知県・豊橋市体育館前で行なわれた「第28回 豊橋まつり」内の「青春歌謡スターパレード」にシブがき隊が出演した際、 開場待ちの2,000人の内、約300人の中高生が将棋倒しとなり、豊橋市立中部中学校3年生の女子生徒(当時15歳)がショック死(圧死ではなく、パニックによる心不全)するという事故が発生した。  この歌謡ショーは中部日本放送の公開録画で、シブがき隊の他には、小泉今日子、石川秀美、新井薫子、早見優も出演。 ショーは予定通り開催された。
  • 『Zokkon 命 (LOVE)』のイントロのフレーズに、アメリカのロックバンド「Night Ranger」の代表曲『Don't Tell Me You Love Me (邦題:炎の彼方)』のイントロのリフをそのままパクって使用したことが、 音楽雑誌や洋楽ファンたちの間でネタにされている。
  • 少年隊よりもシブがき隊の方がデビューが早かったが、事務所に入ったのは少年隊の3人の方が先である(年齢的にはシブがき隊と錦織一清が同学年、東山紀之植草克秀は1学年下)。
    そして、「会社での扱いには(少年隊と)かなり差を付けられていた」と、布川が後にテレビ番組で語っている。
  • ジャニーズ事務所のタレントとしては珍しく、バック転を出来るメンバーが一人もいないグループであった。  このため、「ジャニーズなのにバック転ができないグループ」として、メンバー自身もネタに使うことが多かった。 これに対し、ジャニーズ事務所のタレントではなかった「イモ欽トリオ」のメンバー(山口良一、西山浩司、三代目「フツオ」の境田晃一)は、全員バック転が出来た。 しかも西山と境田の2人はバック宙も可能だった。山口はバック宙は出来なかったが、連続バック転が出来た。
  • 意外にも、グループ活動中にはカレンダーが発売されたことが無い。 これは、「シブがき隊スクールダイアリー」と題したデスクダイアリー(写真集 兼 日記帳)を発売していたため(1983年から1985年まで)。  テレビ番組でファンから「なぜカレンダーを発売しないのか?」との質問にも、薬丸が「自分達はデスクダイアリーを出しているので、カレンダーは発売しません」と答えている。
  • 1986年のNHK紅白歌合戦の出場者が発表された当初、シブがき隊は次点の次点で落選していた。 そこで事務所の人が気を遣い、3人にハワイ旅行をプレゼントした。 しかし、ハワイに到着して旅行を満喫しようとしていた矢先に、繰り上げでの紅白出場が決定し、急遽ハワイから帰国することとなった。 本来であれば翌日はスキューバダイビングをする予定になっており、それを楽しみにしてた本木と布川は、帰国することに対して非常にガッカリしていたが、 薬丸だけは、むしろ紅白に出られるようになって良かったと喜んでいた。
  • 3人が揃って通っていた自動車教習所は、世田谷区成城の「調布自動車学校」。

解隊について

  • シブがき隊は、メンバー同士の仲が良くないグループだったことで知られている。 日本テレビ『スーパージョッキー』でビートたけしが、「シブがき隊の3人は仕事前にどんな会話を交わしているんですか?」という視聴者からの質問を代読した際、 薬丸が「無言です」とコメントしたことも話題となった。
    また、薬丸は自叙伝にて「ケンカも無ければ、グループで何かを話し合うこともほとんど無かった。  もし少年隊のようにケンカしながらも自分の本音をぶつけたり話し合いをしていれば、シブがき隊もグループとして存続できたのかもしれない」と語っている。
    布川は比較的にどちらのメンバーとも仲は悪くなかったが、 薬丸自身は「グループ内で浮いていた」という意識が強いらしく、 『速報!歌の大辞テン』に出演した際に、しばしば「シブがき隊は僕と他の二人に分裂していた」という旨の発言をしている。
  • 解隊への流れとしては、まず本木が解隊の数ヶ月前に2人を集め、「グループを辞める」という意思を伝えた。 そこで、解散についてしっかりと話し合うために、レコード会社のプロデューサーやディレクターの人を一人ずつ車に乗せ、3人それぞれの車で軽井沢まで行った。 そして薬丸は、「ドリフターズのように、グループ活動とソロ活動を両立させるような活動をしていこう」との意見を出したが、本木の意志は変わらなかった。
    また、最初は薬丸の考えに賛同していた布川も、話し合いの中で徐々に解散の方に傾き、同じくグループ離脱を決意。  薬丸は何とか解散だけは回避しようと二人を説得したが、翻意させるには至らず、正式に解隊が決まった。
  • 解隊の前日、もう最後だからということで、3人だけで「叙々苑」に焼肉を食べに行っている(薬丸のおごりで)。 3人だけで揃って一緒に外食に出かけたのは、これが初めてのことだった。
  • 解散コンサート当日は、3人とも感極まり、薬丸→本木→布川の順で号泣したが、 最後にステージから3人バラバラの階段を上っていくという構成で、 それぞれの楽屋に戻った後は、顔を合わせることも無く一旦解散。 そしてその夜、新宿のホテルでパーティーが行われたが、終了後は3人とも別々の部屋に泊まり、 翌朝はやはり顔を合わせないまま、それっきりとなった。「5年後に3人だけで酒でも飲もうよ」という約束を残して。

解隊後

  • 解隊翌月の1988年12月、「幸せを呼ぶ鳥」として知られるニューカレドニアの絶滅危惧種・カグーを、横浜市の野毛山動物園へ納めるイベントで、3人が親善大使として早くも再集結。
  • 解隊後しばらくして、薬丸と布川がTBS『オールスター感謝祭』で再会。
  • 1991年11月、布川の結婚式で3年ぶりに3人が揃う。
  • 2002年に本木が布川の電話番号を調べて電話をかける。これを機に、二人はたまに連絡を取るようになる。
  • 2002年に薬丸と本木がスポーツジムのトイレでバッタリ再会し、20分ほど立ち話。
  • 2002年5月3日、薬丸が司会の『はなまるマーケット』の「はなまるカフェ」に布川がゲスト出演。
  • 2003年に行われた『2年B組仙八先生』の同窓会に、薬丸と本木が出席。
  • 2003年10月10日、「はなまるカフェ」に本木がゲスト出演。
  • 2004年春、薬丸と布川がTBS『オールスター感謝祭』で一緒に踊りながら歌を披露。
  • 2004年5月4日、「はなまるカフェ」に布川が2度目のゲスト出演。
  • 2009年1月5日、「はなまるカフェ」に布川が3度目のゲスト出演。
  • 本木主演の映画『おくりびと』が第81回アカデミー賞外国語映画賞を受賞した際、 授賞式の翌朝(2009年2月23日)に『はなまるマーケット』内でロサンゼルスと生中継を繋ぎ、 薬丸が本木にインタビューをする事で久しぶりの二人の出演が実現。
  • 更にその直後の同年3月1日には、仙八先生役を演じたさとう宗幸の還暦パーティーが行われ、 薬丸と本木が出席。その模様がワイドショーでも紹介された。宮崎美子や当時のプロデューサーも出席し、 本木はパーティーの司会進行役を務めた(布川は名古屋で舞台の公演中の為、欠席)。
  • 2008年8月11日、薬丸のレギュラー番組『オジサンズ11』(日本テレビ)に布川がゲスト出演して共演。
  • 2011年5月4日のTBS『ファミ☆ピョン』にて、薬丸がいとうあさこと共に布川宅を訪問。
  • 2011年3月、東日本大震災支援プロジェクトとして発足された「POWER NIPPON PROJECT」に、シブがき隊の3人と、 かつての仙八仲間である三田寛子が一緒に連名し、義援金を募る活動を行った。 これには他の仙八仲間も賛同し、 叶屋博基、本田恭章戸張雅仁、川島麻子(旧姓:工藤)、 永井由里子、安岡和代(旧姓:石川)近藤結花子(旧姓:井上)、 永山三枝(旧姓:中井)、粕谷まゆみ、中川美加、田中弥生(旧姓:最上)、 中山佳子(旧姓:杉山)、山中圭子、岩本宗規、 岩崎法丈、斎藤利和、長谷川誉、梅山明彦、井上弘之の計19名で寄付協力をした。


主な出演作品

※ ソロ出演作は除く

バラエティ番組

  • ザ・ヤングベストテン (1981年10月6日 - 1982年9月21日、テレビ東京)
  • 夜のヒットスタジオ (フジテレビ) 総出演回数:72回

       

  • ピンキーパンチ大逆転 (1982年5月13日、TBS)
      第7話「危機 ! ! ポルシャ王国」に堀ちえみと共にゲスト出演。
  • レッツGOアイドル (1982年10月16日 - 1986年3月29日、テレビ東京) 司会
       オープニングテーマは2ndアルバム収録の『走れビュンビュン』。
  • 桜中学大音楽会 〜 金八新八仙八貫八と138名の卒業生達 (1983年4月1日、TBS)
  • 8時だョ!全員集合 (TBS)
    • 1984年2月25日 - 『サムライ・ニッポン』を披露
    • 他…
  • 森田一義アワー 笑っていいとも! (1985年4月17日、フジテレビ)
       「テレフォンショッキング」ゲスト
  • 夕やけニャンニャン (1985年 - 1987年、フジテレビ)
      1985年4月22日、7月18日、10月4日に3人で出演。 そして同年10年18日より、メンバーが週替わりで毎週金曜日にソロでレギュラー出演開始。 翌1986年に木曜レギュラーへ変更。
  • 欽ドン!お友達テレビ (1986年5月5日 - 10月27日、フジテレビ)
       本木:良いお客役、薬丸:悪いお客役、布川:普通のお客役。
  • レッツゴーヤング (NHK総合)
  • 徹子の部屋 (1985年8月1日、テレビ朝日)
  • ヤングスタジオ101 (NHK総合)
  • 今夜見納め!これが最後のシブがき隊 (1988年11月5日、日本テレビ) 解散特別番組

テレビドラマ

連続ドラマ

  • 2年B組仙八先生 (1981年4月17日 - 1982年3月26日、TBS)
  • 女7人あつまれば (1982年10月12日 - 1983年2月8日、TBS)
       暴走族「黒蜥蜴」のメンバー役
  • 100%青春 (1982年10月16日 - 、テレビ東京「レッツGOアイドル」内ドラマ)
  • 源さん (1983年5月16日 - 9月26日、日本テレビ)
  • 噂のポテトボーイ (1983年10月13日 - 1984年3月29日、TBS)
      前期主題歌は『XYZ』。 後期主題歌は『サムライ・ニッポン』。

単発ドラマ

  • 2年B組仙八先生スペシャル 〜 もう高校へは行かない・今44人に1人は高校中退!
       (1984年4月6日、TBS)
  • オールスターアイドルドラマ 「走れ青春 42.195キロ 〜 涙と汗のマラソン野郎」
      (1984年4月11日、テレビ東京、企画・監修:井上梅次)
       近藤真彦、中村成幸、宇治正高、川原田新一と共演
  • ふたりの恋人 〜 殺し屋から愛をこめて! ロマンチック連続殺人
       (1984年8月18日、TBS、原作:赤川次郎)
  • 月曜ドラマランド 「シブがき隊のスシ食いねェ!」 (1986年5月5日、フジテレビ)
  • さよならは一度だけ… (1988年11月4日、フジテレビ)
       ロケ地:ニューカレドニア。 主題歌:『恋するような友情を』。

映画

  • ボーイズ & ガールズ (1982年7月10日、東映)
      エンディングテーマは1stアルバム収録の『ひと夏だけのメモリー』(作詞:糸井重里)。
  • 三等高校生 (1982年12月18日、東宝)
  • ヘッドフォン・ララバイ (1983年7月16日、東映)
  • バロー・ギャングBC (1985年4月27日、東映)
      当初予定されていたタイトルは『なんと!バロー・ギャング』。
      この映画のヒロインは、1984年に「ミス・セブンティーンコンテスト」と連動して一般公募されたため、応募総数はセブンティーンコンテスト史上最高の18万325名に上った。 そして、松本典子網浜直子の2名がダブルでグランプリを受賞。 その他の出場者には、国生さゆり渡辺美里工藤静香渡辺満里奈斉藤さおり藤原理恵C.C.ガールズ)、ポピンズ清原亜希清原和博夫人)などがいた。  また、いとうあさこも当オーディションに応募したが、書類審査の段階で落選している。

ラジオ

  • シブがきトリオ 夜をまるかじり! (ニッポン放送)
  • シブがき隊 ホット!ヒット!!はっと!? (ニッポン放送) おりも政夫との共演番組
  • シブがき隊の青春キャッチボール (1982年10月4日 - 、TBSラジオ)
      10分番組。 各曜日のコーナーは、月曜:身近に起こった出来事を報告する「シブがきニュース」、火曜:ためになる話の「シブがき塾」、 水曜:面白い話を紹介する「シブがき情報局」、木曜:「シブがき相談室」、金曜:がなぞなぞなどで遊ぶ「シブがきランド」。  当初の提供:ハウス食品「リトルボール」。
  • シブがき隊 マジジェネレーション (TBSラジオ)
  • ライオン リクエスト30 「シブがき隊の俺たちマジだぜ!」 (文化放送)
  • シブがき隊のスーパーギャング (1986年4月 - 9月、木曜担当、TBSラジオ)

CM(ソロは除く)

  • ハウス食品 「リトルボール」 (1982年春)
      グループ初CM。「シブがき隊」というグループ名も当CMにて初登場。
  • ハウス食品 「おにぎり囃子」
  • ハウス食品 「コロコロリン」
  • ハウス食品 「グーチョコパー」
  • 牛乳石鹸共進社 「ラブジュ」
  • 牛乳石鹸共進社 「牛乳石鹸」 (お歳暮用キャンペーン)
  • サクラクレパス 「ふちどりMARKER・メタリック」
  • 小学館 「マイアイドル」
  • 日興證券 (出演は無く、イメージソング「恋人達のBlvd. (ブールバード)」のみでの参加)
      尚この楽曲は、シブがき隊よりも以前に、女性ボーカルによる別バージョンが先にCMに使われていた。

みんなのうた

  • スシ食いねェ! (1985年、NHK総合)

舞台

  • 秋元康 第一回ミュージカル作品「ロック・パフォーマンス Pss'T Pss'T(プス プス)」 (1988年)

声優

  • ひげよさらば (1984年4月9日 - 1985年3月15日、NHK総合、人形劇) ひかる一平と共演


ディスコグラフィ

シングル

  1. NAI・NAI 16 (シックスティーン) c/w 好きらしいです、オレ! (1982年5月5日)
  2. 100%・・・SOかもね! c/w いけません、離さない! (1982年7月21日)
  3. ZIG ZAG セブンティーン c/w Gジャンブルース (1982年10月28日) 両A面シングル
  4. 処女的衝撃! (ヴァージンショック) c/w 踊ってカモフラージュ (1983年2月25日)
  5. Zokkon 命 (LOVE) c/w ヴァージン・ショックU (1983年5月5日)
  6. Hey!Bep-pin c/w ホントにホンネでホンキさ (1983年8月8日)
  7. 挑発∞ (MUGENDAI) c/w XYZ (1983年10月13日)
       両A面シングル。 B面曲はテレビドラマ『噂のポテトボーイ』の前期主題歌。
  8. サムライ・ニッポン c/w 真冬のシーサイド (1984年1月15日)
       A面曲はテレビドラマ『噂のポテトボーイ』の後期主題歌。
  9. 喝! c/w ヘアピン・サーカス (1984年3月30日)
      『喝!』は、デビュー3年目にして初、そしてシブがき隊の楽曲の中で唯一、オリコンシングルチャート1位を獲得した作品である。 また、牛乳石鹸共進社の製品「ラブジュ」のCMソングでもある。
  10. キャッツ&ドッグ c/w 地球最初の嵐のように (1984年6月1日)
      A面はNHK連続人形劇『ひげよさらば』のテーマ曲。 B面はエンディング曲。
  11. アッパレ!フジヤマ c/w 爆弾児 (1984年7月7日)
  12. べらんめぇ伊達男 (ダンディ) c/w 100万粒の涙 (1984年10月3日)
  13. 男意ッ気 c/w ラストコールは押忍! (オッス) (1985年1月11日)
  14. DJ in My Life c/w Farewell バロー・ギャング (1985年4月3日)
      A面は、ニューヨークの女性シンガーのアニーが1985年4月1日にリリースした、 本田技研工業のスクーター「DJ・1」のCMイメージソングのカバー曲。 CM放送時期と本作のリリース時期が近い為、稀に本作品の方がオリジナルであると誤解される場合がある。 尚、A面曲は同年に公開されたシブがき隊の主演映画『バロー・ギャングBC』の主題歌でもある。
  15. 月光淑女! (ムーン・ビーナス) c/w 終止符ゲーム (1985年6月29日)
  16. KILL c/w 野蛮な週末 (1985年10月2日)
  17. トラ!トラ!トラ! c/w 野獣の美学 (1986年1月22日)
  18. スシ食いねェ! c/w Together!SHIBUGAKITAI (1986年2月1日)
      Run-D.M.C.のラップに影響された布川が、 親友でもあるシブ楽器隊のベーシスト・葛口雅之と共に名古屋国際ホテルで原曲を作ったのが始まり。 その後、NHK『みんなのうた』の1985年12月度の曲としてレコーディングされた。 レコード発売はされなかったが、瞬く間に好評を博し、1985年12月31日に放送された『第36回NHK紅白歌合戦』でも披露(紅白史上初の、レコード発売前に歌唱された楽曲)。 それから2ヵ月後にようやくレコードが発売された。  尚、『みんなのうた』で使用されたバージョンはアレンジが異なっている。[1]
  19. Oh!SUSHI (スシ食いねェ!英語ヴァージョン) c/w スシ食いねェ!(カラオケ・バージョン) (1986年4月10日)
  20. 飛んで火に入る夏の令嬢 c/w 幸福のワンウェイ・チケット (1986年6月1日)
  21. 千夜一夜キッス倶楽部 (アラビアンキッスクラブ) c/w 優し過ぎる罪 (1986年9月5日)
  22. 恋人達のBlvd. (ブールバード) c/w あの頃の俺達 (1986年11月21日)
       A面曲は日興證券のCMソング。
  23. ドリーム・ラッシュ c/w トライ・アゲイン (1987年3月21日)
  24. 反逆のアジテイション c/w コンクリート・ナイト (1987年7月22日)
  25. 演歌なんて歌えない c/w 雨が燃える (1987年11月21日)
  26. PSST PSST (プス プス) c/w 傷つくのは僕だけでいい (1988年2月26日)
  27. 恋するような友情を c/w (Don't)Go-Went-Gone (1988年7月15日)
  28. 君を忘れない c/w 夜明けのジュエル (1988年10月8日)

   シングル売上推移 (オリコン調べ)

   


解散後の再発売8cmCDシングル

  1. NAI・NAI 16 (シックスティーン) c/w スシ食いねェ!
       (1989年3月21日。1998年4月22日に再発)
  2. Zokkon 命 (LOVE) c/w Hey!Bep-pin (1989年3月21日)
  3. サムライ・ニッポン c/w 喝! (1989年3月21日)
  4. アッパレ!フジヤマ c/w 月光淑女! (ムーン・ビーナス) (1989年3月21日)
  5. トラ!トラ!トラ! c/w スシ食いねェ! (1989年3月21日)

アルバム

  1. ボーイズ & ガールズ (1982年7月1日)

       

  2. for ’83 〜 We come together − We'll run together (1982年12月1日)

       

  3. 夏・Zokkon 〜Memories For You〜 (1983年7月1日)

       

  4. Love ∞ MUGENDAI (1983年11月21日)

       

  5. THANKS (1983年12月24日)
      カラーピクチャーレコード。 8曲中、7曲は過去にリリースされた曲だが、B面の最後にこのアルバムだけのトークメッセージが収録されている。

       

  6. “純情元年五月五日” 〜LOVE from HONOLULU〜 (1984年5月5日)

       

  7. Honesty 〜まじ〜 (1984年12月8日)

       

  8. バローギャングBC 〜From 桑港(サンフランシスコ)〜 (1985年4月21日)

       

  9. ベスト・コレクション SHIBUGAKI 82・83 (1985年4月21日。CDのみでのリリース)

       

  10. EXOTIC (エキゾティック) (LP:1985年11月21日、CD:12月1日)

       

  11. BEST OF SHIBUGAKI-TAI (1985年12月21日。 1995年3月8日に再発)
      再発売時のタイトルは『ベスト・オブ・シブがき隊』。

       

  12. 5th ANNIVERSARY (1986年5月5日)
       3人のソロの12inchシングルレコードがセットになった3枚組。

       

  13. 情熱的新世界 (パッショネイト・パラダイス) (LP:1986年7月21日、CD:8月1日)

       

  14. HOROSCOPE ホロスコープ (1986年12月21日)

       

  15. NEXT STAGE (1987年5月5日)

       

  16. PSST PSST (プス プス) (1988年3月16日)
      全曲とも、作詞:秋元康、作曲・編曲:後藤次利。

       

  17. Only You・・・ (1988年7月21日、8cmCDのミニアルバム)

       

  18. 2374DAYS (1988年8月19日)
      解隊宣言直後に発売されたベスト盤。 アルバム名の「2374DAYS」というのは、1982年5月5日のデビューから、1988年11月2日の解隊までの日数を表している。  カートンBOX仕様で、LP版は3枚組、カセット版は2本組、CD版は2枚組。  LP版、カセット版、CD版の全てに、3大特典として、56ページオールカラーメモリアルフォトブック、永久会員ナンバー入りフレンドシップカード、解隊日である「11月2日」までのカウントダウンカレンダーを封入。   ベスト盤作品だが、この盤だけのオリジナルテイクとして、3人のメッセージ『THANK YOU FROM Y.M.F.』と、3人で作詞・作曲した『想い出を君の胸に』が収録されている。

       

  19. 解隊コンサート・ライブ (1988年12月9日)
      ライブ作品。 約3時間15分、全50曲の解隊コンサートをノーカットで収録。MCも全て入っている。  カートンBOX仕様で、LP版は4枚組、カセット版も4本組、CD版は3枚組。  LP版、カセット版、CD版の全てに、3大特典として、24ページカラーライブ写真集、LPサイズステッカー、ポスターを封入。

       

  20. GOLDEN J-POP / THE BEST (1998年8月21日、2枚組)

       

  21. 2000 BEST シブがき隊 (2000年6月21日)

       

  22. DREAM PRICE 1000 シブがき隊 NAI・NAI 16 (2001年10月11日、シングル6曲入り)

       

  23. GOLDEN☆BEST / シブがき隊 (2002年6月19日、2枚組)

       

  24. シブがき隊 1982-1988 (2008年6月10日、5枚組のベスト盤。税込10,500円)
      Sony Music オーダーメイドファクトリー・スペシャル企画として発売。 [1]

       

非売品カセット

  1. for ’83 〜 シブがき隊 ラブ・メッセージ (1983年)
      1982年12月1日発売のアルバム『for ’83 〜 We come together − We'll run together』を予約購入した者の中から、抽選で1万名にプレゼントされたカセットテープ。

ビデオ

  1. Hey!Bep-pin (1983年、11分) ロサンゼルスロケによる特写作品
  2. LA special (1983年9月21日、28分) ロサンゼルスロケによる特写作品
  3. Y.M.F. ビデオステーション (1985年8月1日、32分) バラエティ番組風作品
  4. ライヴ・スペシャル (1985年11月21日、58分)
      初のライブ作品。 1985年9月23日に名古屋市民会館にて収録。レーザーディスクでも販売。
  5. 5th ANNIVERSARY 〜 読売ランド EAST LIVE!
     (1986年8月1日。55分。2004年9月23日にDVD化)
      読売ランドEASTで結成5周年記念イベントとして行ったコンサートを収録した作品。
  6. トリコロール・マイシン (1987年1月1日、40分) バラエティ番組風作品
  7. SUN DIAL (1987年8月1日、40分) 南国での休日を収録した作品
  8. PSST PSST (プス プス) (1988年6月22日、105分)
       ロックパフォーマンスミュージカル。プロデュース:秋元康、監督:堤幸彦。
  9. 1988 11.2 シブがき隊解隊コンサート
      (1988年12月21日。120分。1990年11月21日に再発売。更に2004年7月22日にDVD化)

       

DVD

  1. 1988 11.2 シブがき隊解隊コンサート (2004年7月22日、120分)
  2. 5th ANNIVERSARY 〜 読売ランド EAST LIVE! (2004年9月23日、55分)
      読売ランドEASTで結成5周年記念イベントとして行ったコンサートを収録した作品。
  3. シブがき隊 DVD-BOX (2011年9月30日)[1]
      Sony Music オーダーメイドファクトリー・スペシャル企画として発売。
      DVD5枚+ジャケット掲載ブックレット。 BOX仕様。 ¥14,800(税込)。
      ※印の7タイトルは初DVD化。
      [DISC1]
       ・Hey!Bep-pin (1983年のロサンゼルスロケによる特写作品。11分)
       ・LAスペシャル (1983年のロサンゼルスロケによる特写作品。28分)
       ・YMFビデオステーション (1985年のバラエティ番組風の作品。32分)
      [DISC2]
       ・ライブスペシャル
          (1985年の初のライブ作品。名古屋市民会館にて収録。58分)
       ・5th ANNIVERSARY 〜 読売ランド EAST LIVE!
          (読売ランドEASTで結成5周年記念イベントとして行った
           コンサートを収録した1986年の作品。55分)
      [DISC3]
       ・トリコロール・マイシン (1987年のバラエティ番組風の作品。40分)
       ・SUN DIAL (1987年の南国での休日を収録した作品。40分)
      [DISC4]
       ・PSST PSST (プス プス)
         (1988年のロックパフォーマンスミュージカル。
          プロデュース:秋元康、監督:堤幸彦。105分)
      [DISC5]
       ・シブがき隊解隊コンサート ’88.11.2 (1988年の作品。120分)


写真集

  • 週刊セブンティーン特別編集 シブがき隊 グラフ・スペシャル (1982年8月、集英社)
  • 近代映画ハロー新春号 シブがき隊特集号 (1983年1月、近代映画社)
  • シブがき隊スクールダイアリー (講談社)
       写真集 兼 日記帳。 1983年版 〜 1985年版までの3冊が発売された。
  • 平凡特別編集 シブがき隊 Y・M・F JUMBO (1983年6月、平凡出版)
  • 音楽専科臨時増刊 アイドルNo.1 PART-8
    「シブがき隊 キッド・チャンピオン」 (1983年8月、音楽専科社)
  • 週刊セブンティーン特別編集 バロー・ギャングBC シブがき隊 20歳前写真集
       (1985年5月、集英社)
  • シブがき隊写真集 (1986年1月、近映文庫)
  • 別冊JUNON シブがき隊:写真集(1988年6月、主婦と生活社)
  • シブがき隊卒業記念写真集 (1988年11月、近映文庫)


外部リンク








出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より改訂
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