諸星和己 - ジャニーズ百科事典
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諸星和己

       


諸星 和己(もろほし かずみ、本名:同じ、1970年8月12日 - )は、元「光GENJI」のメンバーで、歌手、俳優。 静岡県富士市出身。 血液型:A型、身長:168p、体重:58kg。 愛称:かーくん、カズミ(イントネーションは「カ」を強く)、大将、もろちゃん。
富士リズム幼稚園、富士市立原田小学校(1年のみ)、同市立富士見台小学校(2年生から)、同市立吉原北中学校(部活は野球部)卒業。 静岡県立吉原工業高等学校を1年生の5月で中退(在学した2ヶ月間は一応野球部に所属)。

取得資格は、英検二級、スクーバダイビングライセンス、自動二輪免許、普通自動車第一種免許、一級小型船舶操縦免許。
期間としては瞬発的だったが、日本の芸能史上、最も爆発的な人気を誇ったアイドルだった。


目次



所属事務所

  1. ジャニーズ事務所
  2. GOLD RUSH K
      バーニングプロダクション傘下の個人事務所として、1995年12月に設立。 2005年10月に「スターズクルー」に名称変更。 尚、音楽出版の所属先は「バーニングパブリッシャーズ」。


ジャニーズ時代の参加ユニット



来歴

  • 1970年8月12日、静岡県富士市の米屋の次男として生まれる。 兄弟は兄と一つ年下の妹。
  • 中学2年生だった1984年5月の日曜日、原宿の竹の子族を見るために、男女混合の友達5人グループで家出をして上京(中学1年生の1983年5月説は誤り)。 5日間ほど代々木公園脇の歩道橋の下で野宿していた際、近藤真彦の飼っていた犬(ラム)を散歩中のジャニー喜多川にJR原宿駅前で声をかけられ、薄い木の板で作られた名刺を渡される。 以来、ジャニーズの研修生として、時には事務所の合宿所に入り浸ったり、時には静岡の中学に通ったりの生活を並行させていたが、中学3年の3学期の1986年1月18日(土曜日)、日本テレビ『アイドル花組おとこ組』の出演者オーディションを受けることで、正式にジャニーズ事務所に入所となった。 ちなみに山本淳一も同日のオーディションで入所しているが、共に『アイドル花組おとこ組』への出演は無かった。
  • 光GENJI (1994年に「光GENJI SUPER 5」に改称)のメンバーとして、1987年8月19日にレコードデビュー。光GENJI時代のイメージカラーはピンク。  グループのセンター、フロントを務め、常に笑顔で天真爛漫なキャラクターから、人気、知名度は一番高かった。  また、抜群の運動神経を持ってはいたが、デビュー初期にはステージアクションの失敗でしばしば重傷を負うことでも有名であり、肋骨を折って胸に包帯を巻いた姿や、松葉杖姿のままで踊りに参加することもあった。(しかし一方では、「あの怪我は静岡に帰った時に地元の不良たちにボコボコにリンチされて負ったもの」という話も根強く存在している)
  • 1990年8月4日、単発ドラマ『ダンナ様は18歳』(TBS)にて、ドラマ初主演。
  • 1992年、『GOLDEN BOY』にてミュージカル初主演。
  • 1994年3月 、『一匹狼』でソロCDデビュー。 同月には東京厚生年金会館で初のソロコンサートも行う。
  • 1995年9月、「光GENJI SUPER 5」の解散と共に、ジャニーズ事務所を退社。  独立するに当たり、バーニングプロダクションの社長・周防郁雄に直訴して、自らの手でバーニンググループ入りする。
    そして同年12月、バーニングプロダクション傘下の個人事務所「(株) GOLD RUSH K」を設立。 同時にファンクラブ『GOLD CLUB K』を発足し、同月25日には新高輪プリンスホテルにて結成記念パーティーも開催した。
  • 2000年、自社音楽レーベル「PINK A ROCK RECORDS」を設立したものの、当時は芸能活動に対する方向性を見失い、迷走状態が続いていた。 光GENJI解散以後も散財を続けていた事により、貯金も底を突いていた。 そんな諸星を見たビートたけしから、「どっか海外へ行って苦労して来い」と言われ、最後に残っていたフェラーリを売って費用を工面し、2001年5月、ニューヨークに渡った。 後にビートたけしらの推薦を得てグリーンカード(米国永住権)も取得し、生活の拠点はマンハッタンに置くようになる。
  • 2004年5月、自伝『くそ長〜いプロフィール』を上梓。銀座の「福家書店」にて握手会も行なった。 この自伝は吉田豪水道橋博士といったタレント本マニアにも高く評価されている。
  • 2004年、焼きそばが盛んな街・富士宮市のすぐ隣の富士市の出身ということもあり、『やきそば親善大使』に任命される。 そして、カップ麺「ふるさとの味 やきそばかーくん」を、コンサート会場や通販で限定発売するようになった。 更に2007年には、渋谷区恵比寿の豚料理店「ぶた家別館1F」のフードアドバイザーを務め、同年8月9日には同店でしか食べられないメニュー「元祖 焼きそばかーくん」もプロデュースした。 また、同店ではカップ麺「ふるさとの味 やきそばかーくん」も販売するようになった。
  • 2005年10月、個人事務所の名前を『(株) GOLD RUSH K』から「(株) スターズクルー」に変更。 同時にファンクラブの名前も、『GOLD CLUB K』から『Pin,K (ピンク)』に変更した。
  • 2006年からはアパレルメーカー「クラウン・クリエイティブ」のクリエイティブ・アドバイザーを務め、華原朋美と共に「KANGOL JEANS」のイメージキャラクターにも起用された。
  • ダイエットマスターの資格を持っており、2006年11月、「(株)日本ダイエットアカデミー協会」の広報宣伝担当取締役社長に就任。 ニューヨーク在住のため、同協会のニューヨーク校の代表も務めている。
  • 2007年、独立後初となる自身以外のプロデュース曲『なぁ』(つんくプロデュース)で、オリコンインディーズ週間ランキング第1位を獲得する。
  • 2007年4月、1日限りの「光GENJI復活ライブ」がフジテレビ『オリキュン』で企画され、諸星とオリエンタルラジオが『パラダイス銀河』を歌い、1,400人を動員した。
  • 2007年7月、ジェムケリーのメンズアクセサリーブランド「SETTE」のデザインを手がける。 また、同月には世田谷区用賀のカフェ「YOGA BUZZ CAFE」のメニュー『JAM DOG』も考案し、フードアドバイザーを務めた。
  • 2007年秋、ハリウッドセレブにも人気の、ロサンゼルスの“手錠付きバッグ”のブランド「Cuffz by Linz(カフス・バイ・リンツ)」とコラボし、「GRIND」というバッグのデザインをプロデュースした。
  • ハワイのローカルブランド「88TEES」のデザインを手がける。
  • 2010年8月12日、東京・青海のzepp tokyoにて40歳のバースデーライブ「BIRTHDAY LIVE 〜Volt-age40〜」を行う。 その際、アンコールで元・光GENJIメンバーの佐藤寛之がバースデーケーキを持って登場。 諸星は2年後の光GENJI再結成を熱望し、佐藤にメンバーの招集を依頼した。
  • 2011年6月、佐藤寛之、山本淳一と共に、TUBEの東日本大震災復興応援歌『RESTART』に参加した。

  • 2013年7月12日、初のブログを開設。


人物、数々の武勇伝

  • ジャニー喜多川からは「少年ヤクザ」、メリー喜多川からは「歴代のジャニーズの中で一番のワル」と呼ばれる程、とにかく素行不良だった。 地元の静岡でも、「マドンナ」という暴走族に所属していたと言われている。

  • まだ運転免許を持っていなかった17歳の時点で、マネージャーに「買っといて」と言い、約3,000万円のランボルギーニ・カウンタックLP500を購入。 その後もコルベット、フェラーリ、ケーニッヒベンツなどの高級車を次々に買い揃え、駐車場代やメンテナンス代だけで、月に何十万も支払っていた。

  • あまりにもおしゃべりで、放っておくといつまでも喋るため、『ザ・ベストテン』では諸星用に、“貼られたら以後発言禁止”というルールの「喋りすぎマーク」が作られた。

  • 光GENJI時代は、毎年バレンタインデーになると大型トラックで数十台分ものチョコレートが送られた。 事務所にトラックが到着する映像はこの時代の歌番組の風物詩になっていた。  その後、ジャニーズ側が「本人達はそんなに食べられませんので」と発表したことにより、所属タレントへのバレンタインチョコレートのプレゼントは減少傾向にある。
    当時のエピソードについて諸星は『たかじん胸いっぱい』にて、「4tトラックで38台分だった」と語っている。 それは武道館の1Fを埋め尽くし、2Fから取れる程だった。
    しかし諸星は2011年の『クイズ☆タレント名鑑』出演時に、「あれは4tなんてもんじゃなく、10tはあるトラック。40台くらいあった。そのうち9割8分僕ので他のメンバーが2割」とも語っている。(計10割にならないが、本人談)
    ちなみに、2011年のバレンタインデーに諸星に届いた贈り物は、37個だった。

  • そのキャラクターから交友関係は広く、グループ以外では、デーモン小暮、 タモリ、ビートたけし、和田アキ子、TUBEの前田宣輝、田中邦衛、 スポーツ界でも松坂大輔などと親交がある。  また、明石家さんまとも交流があり、自伝にはアメリカ時代に明石家から、100ドルを1ドル紙幣の束で貰った話などが収録されている。
  • 20歳になった記念として、ビートたけしに高級クラブに連れて行かれ、 たまたまその店に来ていた志村けんも合流し、3人で一緒に飲んだ際、 最後のお勘定を、たけしは「年上だから俺が払う!」、 志村は「芸歴が一番長いから俺が払う!」と全く譲らず、言い合いになってしまった。 そこで諸星が冗談っぽく、「じゃあ僕が払いますよ」と言った所、 二人に「おぉそうか、じゃあお願い」とあっさり言われ、 結局100万円近い金額を払わされてしまった事がある。
    但しこのエピソードについての諸星の言い分はバラバラで、2008年6月19日放送の日本テレビ 『ダウンタウンDX』では、「六本木の高級クラブで70万円近い金額を払わされた」と話し、 『週刊現代』の独占告白(2012年7月7日号)では、「銀座のクラブで一晩に120万円使った」と話している。
  • 光GENJI時代の諸星は、「365股だった」という程、 毎晩のように原宿の合宿所を抜け出しては女性に会いに出かけていたが、 その際、常に合宿所の周辺に車を停めて待機していたというパパラッチの目から逃れるために、 バイクに乗れる後輩を「影武者」として4人もキープしていた。 その中の一人は、当時バイクの免許を取ったばかりのSMAP森且行。 他の3名は当時のジャニーズJr.たちだったが、諸星にこき使われすぎて、 みんな事務所を辞めてしまった。(2008年6月19日放送の日本テレビ『ダウンタウンDX』より)
    このパパラッチを撒く為の作戦は「パフパフ作戦」と呼ばれ、 まず諸星が合宿所からバイクに乗り、パパラッチを引き連れながらテレビ局まで行く。 そして局の衣裳部屋で待たせていた影武者の後輩に、自分が着ていた服とヘルメットを渡す。 そこで後輩はパパラッチを引き連れながらバイクでホテルまで行き、そのまま一人で宿泊。 翌日バイクで合宿所に戻る。その間、パパラッチはホテル前でずっと張り込んだまま。  一方、別の服に着替えた諸星は、テレビ局からタクシーで女性の家に行き、 女性と“パフパフする”というもの。(2013年7月4日放送のフジテレビ『ゲスゲスHEAVEN』談に補足)
  • 光GENJI時代、誕生日プレゼントに、ファンから長崎県にある無人島(プレゼントした本人は「かーくん島」と命名)をプレゼントされたことがあるが、 そんな物を貰っても困るため、受け取りは拒否した(フジテレビ『ココリコミラクルタイプ』より)。
  • 1993年12月31日のNHK紅白歌合戦の本番直前の楽屋で、先輩である少年隊植草克秀が諸星の帽子に付いていた王冠の飾りを勝手に取り外し、 帽子に男性器の絵をいたずら描きしたため、 怒り狂った諸星が植草に飛びかかり、取っ組み合いの大ゲンカになった。 そこで南こうせつさだまさしが仲裁に入ったがケンカは止まらず、最終的に北島三郎が仲裁に入った。
    このエピソードはあくまで諸星が証言しているものであるが、 吉田豪が大沢樹生に確認した所、「行動を共にしててそこまでの騒ぎがあったなら僕も知ってて当然だけど、 そんな話は一度も聞いた事が無い。彼が作ったフィクションでしょう」と否定。 植草本人も、2013年1月3日放送のTBSラジオ『月刊ニッキ』内で、「ケンカにはなっていない」と否定している。
    他にも、諸星が幼少期の頃に住んでいた家が鉄砲水で流された話、 ホテルが狭いという理由で諸星がアイロン台をぶつけて壁をぶち抜いた話、 ホテルで部屋中に消火器をぶちまけて真っ白にした話など、 諸星がよく語る数々の武勇伝についても全て、「そんなことを実際にやってたらヤバいでしょう。出来る訳が無い」とキッパリ否定している。  但し、当時の諸星が非常に喧嘩っぱやくて暴力的だったことは事実で、 ツアー中にマネージャーへ殴る蹴るの暴行を加えて3人も病院送りにした話や、 追いかけてきた白タクシーの運転手をボコボコにした話については大沢も、「それは本当です」と認めている。
  • 光GENJI時代のローラースケートは、3足しか手元に残していないが、 鑑定番組で1足1億円するという結果が出た事がある(ココリコミラクルタイプより)。この他、 本人の持ち道具ではなかったが、『ザ・ベストテン』のセットであったミラー回転扉をTBSテレビから譲り受け、所有している。
  • ニューヨークに滞在中、行き着けのマクドナルドでマックシェイクばかり注文していた事から、「シェイクマン」というあだ名を付けられる。 この名前は、2003年発売のアルバム『shake』のタイトルにもなった他、楽曲制作時のクレジットに用いられることもある。
  • 亡き本田美奈子.との長年に渡る熱愛を報じられたことがある(『FRIDAY』 1990年10月26日号)。 諸星は光GENJIとしてデビューする前、本田のファンクラブにも入会していた。  本田との交際は、途中で何度か別れたり復縁したりを繰り返しながらも、実に約15年にも及んだ(1987年 - 2001年)。18歳の時には、本田との結婚を事務所に直訴までしている。

      しかしその一方で諸星は、おニャン子クラブの元メンバー(会員番号20〜30番台の数名。通称:かーくんライン、かーくんゾーン)、 酒井法子、工藤静香、飯島直子、稲盛いずみなどとも浮き名を流しており、本田美奈子.との交際中に股をかけていた女性の数は、少なくとも6人以上は居た事を自著やインタビューで明かしている (その中には森高千里も含まれていると言われている)。
      ちなみに酒井法子とは、河口湖までドライブデートをしていた際、 酒井が助手席であまりにうるさく喋り続けるため、嫌になってそのまま河口湖に置いて帰ってきたことがある。  また、クラブのママと赤坂でデートしている現場を雑誌記者に激写され、事務所の力で揉み消してもらったこともあった。

      光GENJI時代はとにかく女性アイドルに片っ端から声をかけており、 女性アイドルを抱える芸能事務所では、「諸星には近付いただけで妊娠するから気を付けろ!」というお達しが出ていたほどだった。  そして、おニャン子クラブの元メンバーに次々に手を出していた諸星に対し、 先輩の布川敏和も、「俺の妹(おニャン子の布川智子)に手を出すこtだけは絶対に許さん!」と忠告していた。

      『芸能★BANG!』(2011年11月28日、日本テレビ)に出演した際に諸星は、「口説いて断られたことはほとんど無かった」と語っている。 「電話番号を渡した相手で唯一反応が無かったのは、浅香唯だけだった」とも語っているが、これはあくまで電話がかかって来なかったというだけで、最終的には浅香唯も食ったと、マイナーな雑誌で暴露している。 そして、「唯一落とせなかったのは蓮舫だけ」と、『タカトシの時間ですよ』(2012年5月30日、TBS)にて改めて明かした。
      この他、既に神田正輝と結婚していた松田聖子までをも狙い、中森明菜を通して電話番号を聞き出そうとしたが、松田にも相手にされていない。 また、Winkの2人にも相手にはされなかったと言われている。

    一時は諸星との結婚を本気で考えていた本田美奈子.だったが、これら数多くの諸星の浮気、女遊びに愛想を尽かして破局。 本田は晩年には、「もう私は誰とも結婚しない。私は “歌” と結婚した」と語っていた。
    本田の葬儀にはマスコミを回避するために諸星は姿を現さなかったが、本田が白血病で東京慈恵医大病院に入院していた時には、諸星も見舞いに訪れている。  尚、この病室には本田と同期のアイドルで共に新人賞レースを戦った仲の中村繁之も見舞いに訪れており、 本田の通夜でマスコミからインタビューを受けた際にも中村は、「昨日は美奈子の写真見て泣いてました」と答えている。
  • アイドル時代の諸星は、行きつけの飲み屋にいつもローラースケートを履いて行っていた。(2010年3月1日放送『HEY!HEY!HEY!』にて飯島直子が告白)
  • 光GENJIの全盛期に、当時総理大臣だった竹下登からサインを求められたが、「嫌だよっ!」とつっぱねて断った。
  • 1994年8月2日午前1時40分、ビートたけしが原付バイクで、迎賓館にほど近い新宿区南元町の安鎮坂付近を走行中に自損事故を起こして重傷を負った。 そして、血だらけになってうつ伏せに倒れているたけしの周りには人だかりが出来、車の渋滞も少し発生していた。 ちょうどその現場に諸星も遭遇。諸星は近くでレコーディングを終え、まさにたけしと会って飲む約束のために、自分の車で移動していた最中だった(ロケの合間説は誤り)。 諸星も車を降り、野次馬をしに行った所、血だらけでピクリとも動かない男の姿を見て、完全に死んでいると思った。 当時はまだ携帯電話が普及していなかったが、諸星は既に携帯電話を所持していたので、諸星が119番に通報。 後続のタクシーを止めて運転手に後を託し、その場を去った。 尚、この時点では倒れていた人物がたけしであることを諸星は把握していなかった。  この通報により、たけしは東京医科大学病院に救急搬送されて一命を取り留めることができた。
    ちなみに諸星がジャニーズ事務所を辞めた際、たけしから「うち(たけし軍団)に来い」と誘われて3日間だけ入団したが、たけしが諸星に与えようとした芸名「諸 モロ出し」が嫌で退団した。 その後、「じゃあお前もうアメリカ行っちゃえよ」とたけしに言われ、渡米した。
  • コーラを飲みたいが為に、高額で自動販売機ごと購入したことがある。
  • アーノルド・シュワルツェネッガーから、スターサファイアを貰ったことがある。
  • 1995年1月1日にラスベガスの宝石店に訪れた際、いきなり爆笑しながら肩を叩いてきた人物が居た。 誰かと思って見てみたら、何とブルース・ウィリスだった。 そしてブルース・ウィリスが笑って指差している先を見てみると、何と前かがみになって乳首まで全開になってしまっているデミ・ムーアが居た。 (2010年12月26日放送のフジテレビ『ジュニア枠 3』&自著より)
  • ある日、行きつけの焼肉屋が混み合っていた。 30分くらい待ち続けてもなかなか席が空かなかった。 そして、さっきから目の前で黙々と焼肉を食べ続けているニット帽を被った汚いオッサンに対して、 「何だよコイツ!早く食って出てけよ!」と思っていると、そのオッサンが「君も食べる?」と焼肉を差し出してきた。 その人物が、よく見たら高倉健だった。(2010年12月26日放送のフジテレビ『ジュニア枠 3』より)
  • ある日、地下に在った行きつけのBARに行く為、地下への階段を降りていた時、 いきなり何者かがもの凄い勢いで下から駆け上がって来て、諸星に思い切り体当たりしてきた。 しかし、その男は謝ることなくそのまま猛ダッシュで走り去って行った。 諸星はぶつかってきたことに対する怒りと、無銭飲食の可能性も感じて、急いでその男を追いかけた所、 その男は曲がり角を曲がった途端に地面にしゃがみ込んで嘔吐をし出した。 その男をよく見てみたら、なんと矢沢永吉だった。 ちなみに矢沢はその後、またBARに戻って普通に飲み直していたとのこと。(2010年12月26日放送のフジテレビ『ジュニア枠 3』より)
  • 諸星はアイドル時代からの絶対のジンクスとして、 飛行機に乗る時は必ず「A-1」の席にしか乗らないことにしている。 しかしアイドル時代のある日、どうしても「A-1」の席が取れず、隣の「A-2」の席しか空いてない事があった。 仕方なく席に行ってみると、オッサンがアイマスクをして呑気に寝ていた。 「こいつのせいで俺はA-1の席に座れなかった!」と怒り心頭になった諸星は、 飛行機がエアポケットに入るのをひたすら待ち続けた。 そして、飛行機がエアポケットに入って大きく揺れた瞬間に、 隣で寝ているその男を思い切りクッションで殴って、 そのまま知らん顔して寝たふりをした。 飛行機が到着し、 隣の男が降りていく様子を見ていた所、その男がなんと小林旭だった。(2010年12月26日放送のフジテレビ『ジュニア枠 3』より)
  • かつて目黒区柿の木坂のマンションの最上階に住んでいた頃、近所に住んでいたタモリが諸星の部屋に遊びに訪れている。 タモリ曰く「和室の床の間にバイクが飾ってあった」とのこと。(2011年1月14日放送『ミュージックステーション 史上最強アイドルBEST50』にて)
    この部屋にはビートたけしも遊びに来た事がある。その際、たけしは浅草のストリッパーたちを電話で呼び出し、諸星の部屋でストリップショーを行わせ、諸星には照明係をやらせた。
  • 首下の背中に自身のイニシャル「K・M」をデザイン化したタトゥーを入れている。
  • 光GENJIの4thアルバム『Hello…I Love You』(1989年)に収録されている「IF WORLD は信じない」の替え歌で「JOHNNY'S WORLD」という楽曲がある。 内容は仲間たちやファンへの感謝を綴っており、ライブでごく稀に披露される。 原曲についても、当時のラジオ番組『GENJI GENKI爆発 ! !』にて諸星自身が「今回のアルバム中で一番好きな曲」と発言している。
  • “アイドル”という存在について、「基本的に今の奴らと比べちゃいけないですよね。 今の奴らはアイドルといっても、実力もビジュアルもセンスも、ほとんど“アーティスト”で、 もう“アイドル”って言葉が似合わないですから。 ただ、その一方で僕らの時代にあった“アイドル”って言葉の持つ強烈なイメージは、 彼らには無いのも事実ですけど。“アイドル”っていうファンタジーの持っている力が無いんです。 そこだけは勝ちますね。」と語っている(『BUBKA』2009年7月号より)。  また、「アイドルというのは自分達(光GENJI)で最後」とも語っている(2010年6月12日放送の『ウラマヨ!』にて)。
  • 光GENJI時代のメンバーとはその後、内海光司大沢樹生佐藤寛之と交友がある。 佐藤とは、お互いのライブに出演し合う仲。 大沢とは、光GENJIの再結成に関して話し合ったりもしている。


主な出演作品

バラエティ番組

  • 所さんのまっかなテレビ (1990年4月16日、日本テレビ)
      SMAPの中居正広と共に、中学生の修学旅行先へのドッキリ潜入企画で出演。
  • 森田一義アワー 笑っていいとも!
       (1991年5月15日、1993年11月16日、フジテレビ) 「テレフォンショッキング」ゲスト
  • ジャングルTV 〜タモリの法則〜 スペシャル (TBS)
  • 関口宏の東京フレンドパークU (1999年4月19日、TBS)
  • とんねるずの生でダラダラいかせて (1999年9月29日、日本テレビ)
  • ウラまるカフェ (2001年1月25日、TBS) 薬丸裕英と共演
  • 行列のできる法律相談所 (2005年11月20日、日本テレビ)
  • めちゃ×2イケてるッ! (2006年2月11日、フジテレビ) 「光SHINJI」を結成
  • ザ・チーター (2006年6月28日、TBS) 前田耕陽と共に出演
  • 諸星和己のうちバラ (2006年9月2日 - 2006年12月23日、沖縄テレビ放送)
  • 幸せって何だっけ 〜カズカズの宝話〜 (2007年2月16日、フジテレビ)
      料理コーナー「細木数子の幸せのレシピ」に出演。 後にDVD化。
  • POP JAM (2007年2月16日、NHK総合)
  • 最強の男は誰だ!壮絶筋肉バトル ! ! スポーツマンNo.1決定戦 「芸能人サバイバルバトル」
      (新王座チャレンジバトル・2007年3月30日、第18回・同年10月5日、TBS)
  • オリキュン (2007年4月、フジテレビ)
      1日限りの「光GENJI復活ライブ」と銘打ち、諸星とオリエンタルラジオが『パラダイス銀河』を歌い、1,400人を動員した。
  • ダウンタウンDX (2007年6月14日、2008年6月19日、2012年8月15日、日本テレビ)
  • Dのゲキジョー (2007年7月13日 - 8月31日、フジテレビ)
       エコダイエット企画にてコーチを担当。
  • ココリコミラクルタイプ (2007年8月8日、フジテレビ)
  • たけしの本当は怖い家庭の医学 (2007年8月14日、テレビ朝日)
  • 英語でしゃべらナイト (2007年8月20日、NHK総合)
  • 痛快!明石家電視台 (2007年11月19日、TBS)
  • ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!
       (2007年12月31日 - 2008年1月1日、日本テレビ)
  • 未来創造堂 (2009年6月26日、日本テレビ)
      恵比寿の「ぶた家別館」でプロデュースしたメニュー「元祖 焼きそばかーくん」を紹介。
  • カキューン ! ! 「THIS IS 嫉妬」 (2010年9月21日&28日、関西テレビ)
  • 浜ちゃんが! (2010年10月20日、日本テレビ) 加藤沙耶香と買い物対決をした。
  • ジュニア枠 3 (2010年12月26日、フジテレビ)
  • 爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル (フジテレビ) 御本人登場枠に出演
  • シアワセ結婚相談所 (日本テレビ)
  • ギブアップ嬢 (日本テレビ)
  • 人志松本の○○な話 人気企画の3本立て ! ! SP (2011年4月1日、フジテレビ)
       『決めてほしい話』の語り手として出演。
  • Oh!どや顔サミット (テレビ朝日)
      2011年6月24日、2012年1月27日。 2012年6月22日には前田耕陽と共に出演。
  • 芸能★BANG! (2011年11月28日、日本テレビ)
  • タカトシの時間ですよ (2012年5月30日、TBS)
  • ゲスゲスHEAVEN (2013年7月4日、フジテレビ)
  • カラオケ★バトル 芸能界No.1決定戦 3 (2013年10月13日、テレビ東京)
  • 有吉ゼミ 〜 結婚できないトップスターを緊急招集 秋の2時間SP
       (2013年11月11日、日本テレビ)
  • 私の何がイケないの? 懐かしのスター 家族トラブルSP (2013年12月2日、TBS) コメントゲストとして出演
  • お試しかっ! & Qさま ! ! 2時間SP (2014年1月27日、テレビ朝日)
       『お試しかっ!』の「帰れま10」のコーナーに大沢樹生と共にゲスト出演。
  • 有吉ゼミ 〜 結婚できない独身スター大集合!超アブない恋愛大暴露SP
       (2014年2月24日、日本テレビ) 中村繁之と共演
  • ジャネーノ!? 芸能人の異常なこだわりSP (2014年8月11日、フジテレビ)
  • メレンゲの気持ち (2014年9月6日、日本テレビ) 山本淳一と共演
  • 5時に夢中 (2015年6月19日、2016年2月12日、TOKYO MX)
  • アウト×デラックス (2015年8月13日、フジテレビ)
  • ダウンタウンなうSP 本音でハシゴ酒 (2015年11月6日、日本テレビ) 山本淳一と共演
  • ちちんぷいぷい (2016年1月19日、MBSテレビ)
  • せやねん! (2016年1月23日、MBSテレビ)
  • 金曜★ロンドンハーツPresents 輝く!日本ドッキリスター大賞 (2016年7月1日、テレビ朝日)
       「優秀 上からハイジ部門」で大沢樹生と共演。
  • にけつッ ! ! (2016年11月6日、日本テレビ)
  • クイズ☆スター名鑑 (2016年11月27日、TBS)
      大沢樹生、佐藤寛之、山本淳一と共にローラースケートスピード対決をした。

テレビドラマ

連続ドラマ

  • あぶない少年 T、U (1987年 - 1988年、テレビ東京)
  • バラエティ番組『ビートたけしのつくり方』内のコーナードラマ
      (フジテレビ) JACのメンバー・浜村丈役
    • 大家族主義 (1993年10月21日 - 12月16日)
    • 堀切家の人々 (1994年1月20日 - 3月17日)
  • BUS STOP (1995年10月6日 - 12月22日、全12話、北海道テレビ・エリアコードドラマ011)
  • ナースのお仕事 (1996年7月2日 - 9月24日、フジテレビ) 三上博之役
  • メロディ (1997年1月5日 - 3月30日、TBS) 小島真役
  • ハッピーマニア (1998年7月8日 - 9月23日、フジテレビ) 松江剛役
  • ヤマダ一家の辛抱 (1999年10月17日 - 12月19日、TBS) 荒井荒太役
  • うさぎがもちつき (2007年4月28日 -10月13日 、BS-i) 宮崎省吾役

単発ドラマ

  • スターライト・キッズ 〜新・北斗七星伝説〜
      (1988年10月11日、TBS・火曜ロードショー特別企画 光GENJIドラマスペシャル) ローラースケートで一人旅をしている風来坊のタケル役
  • 時間ですよ 新春SP (1989年1月2日、TBS) 諸星和己役
  • 源義経 (1990年1月1日、TBS) 那須与一役
  • ダンナ様は18歳 (1990年8月4日、TBS) 主演・大町祐介役。 遠藤直人と共演。
  • 必殺!大江戸夢組 (1991年1月3日、テレビ東京) 内海派・旗本相談役
       バラエティ番組『光GENJI・忍者・SMAPの今年は羊も空を跳ぶ』内の時代劇。
  • 光GENJI殺人事件 (1991年3月30日、日本テレビ)
      バラエティ番組『大マジカル頭脳パワー ! ! スペシャル』の推理クイズコーナー「マジカルミステリー劇場」のドラマ。
  • 非行少年たち (1992年10月15日、日本テレビ) 甲斐城役
  • 清水次郎長物語 〜天龍川の決闘〜(1995年3月3日、フジテレビ) 森の石松役
  • ナースのお仕事 総集編 (1996年12月30日、フジテレビ) 三上博之役
  • ナースのお仕事スペシャル (1997年4月4日、フジテレビ) 三上博之役
  • 和田アキ子 特別企画ドラマ 「ザ・介護番長」 (2005年4月7日、TBS) 松葉耕作役

映画

  • ロックよ、静かに流れよ (1988年2月20日、東宝)
  • 少年武道館 (1988年2月20日、東宝)
  • ふ・し・ぎ・なBABY (1988年12月18日、東宝)
  • 極道の妻(おんな)たち 赤い殺意 (1999年3月6日、東映ビデオ)
  • 鷲と鷹 (2014年、大沢樹生の初監督作品)
       鷹村和也役。 大沢樹生とのW主演。 おりも政夫も出演。

舞台

  • GOLDEN BOY
      (1992年5月29日 - 6月14日:青山劇場、6月23日&24日:愛知厚生年金会館、6月26日 - 30日:大阪メルパルクホール、1993年1月28日 - 2月21日:大阪シアター・ドラマシティ)
      主演のジョー・ウェリントン役。  1992年の初演では城島茂がミッキー・レナード役で出演。更に錦織一清がアドバイザーを担当した。 また、この初演のみ、坂本昌行と長瀬智也もアンサンブルで出演している。但し2人とも公演パンフレットには掲載されていない。
  • スター誕生 (2004年3月17日 - 4月18日、青山劇場) 八重樫エイジ役
  • マッスルミュージカル 「Voyage(ボヤージュ) 〜旅立ち〜」
       (2008年4月29日 - 6月8日、渋谷・マッスルシアター) スピリッツ役
  • EVIL DEAD THE MUSICAL 〜死霊のはらわた〜
       (2009年6月25日 - 7月5日、サンシャイン劇場) 主演・アッシュ役
  • ブロードウェイ・ミュージカル 「キャバレー」
      (2010年1月7日 - 29日:日生劇場、2012年3月2日 - 18日:東京国際フォーラム・ホールC、23日&24日:金沢・本多の森ホール、30日 - 4月1日:梅田芸術劇場、7日&8日:中日劇場) MC役
  • カックラキン大劇場 in 中日劇場 「お化け物語」
      (構成・演出・脚本:渡辺正行、2010年8月6日 - 10日、中日劇場) 主演
  • ミュージカル 走れメロス
      (2012年9月8日 - 11日:Bunkamuraオーチャードホール、21日 - 23日:中日劇場、28日 - 30日:大阪・シアターBRAVA!)
  • 4BLOCKS (2015年4月3日 - 12日、サンシャイン劇場、演出:河原雅彦、脚本:澤田育子、音楽:諸星和己)
  • 社団法人スター★シアタープロデュース公演 「Honganji」
      (2016年1月20日 - 24日:大阪・新歌舞伎座、29日 - 31日:中日劇場、2月17日 - 27日:EX THEATER ROPPONGI) 戦国最強の鉄砲傭兵部隊・雑賀衆を率いる雑賀孫一役。 元ジャニーズJr.の中本雅俊と共演。

ラジオ

  • ミッツ・マングローブのオールナイトニッポンGOLD (2015年7月15日、ニッポン放送) ゲスト出演
  • 他多数…

CM

  • サンギ 「アパガード」 (1997年9月 - ) 藤原紀香との共演作
  • サンギ 「アパガード ラミ」 (1998年11月 - )
  • パークインパック (2006年) ※関西ローカル
  • ジェムケリー 「SETTE」 (2007年 - 2009年)

イベント

  • 神宮外苑花火大会 (2003年)
      神宮球場のゲストとして出演予定だったが、雨天中止となったために出演も無くなった。


ディスコグラフィ

シングル

  • 一匹狼 LONELY WOLF (1994年)
      オリコン最高9位。 売上数:約9.0万枚。
  • ECSTACY (1994年12月26日)
      オリコン最高20位。 売上数:約4.5万枚。
  • 「Shake TRAFFIC SIGNAL 2004」3部作
    1. RED sign 「Real Action」 (2004年4月21日)
        オリコン最高56位。 売上数:約0.4万枚。
    2. YELLOW sign 「Nine Ball」 (2004年7月14日)
        オリコン最高61位。 売上数:約0.3万枚。
    3. BLUE sign 「SAD SOUND」 (2004年11月24日)
  • なぁ (2007年1月17日)
      オリコン最高37位。 売上数:約0.3万枚。
  • (お) らなんにもね〜 (2011年11月30日)
       吉幾三『俺ら東京さ行ぐだ』のカバー。
  • あさきゆめみし c/w 夜明けのブレス (2015年6月17日)
       A面曲の作詞:綾小路翔、作曲:鶴久政治。 B面曲はチェッカーズのカバー。

アルバム

  • RA・KU・GA・KI (1994年9月21日)
  • shake (2003年5月28日)

ファンクラブ限定販売CD

  • DO-ll (2000年8月12日、アルバム)
  • HALLELUJAH (2000年12月24日、シングル。2001年の卓上カレンダー封入)
  • PINK A ROCK 〜Vintage Remaster 01.〜 (2001年7月7日、アルバム)
  • JUNK BEAT (2001年9月23日、ミニアルバム)
  • Tomorrow On The Dream PINK A ROCK 〜studio live unplugged 01〜 (2001年12月24日、ミニアルバム)
  • LOVIN' YOU (2002年3月14日、ミニアルバム)
  • Bluecheese Emotion (2002年6月21日、ミニアルバム)
  • PINK A ROCK 〜Vintage the Ballads 03〜 (2003年4月20日、アルバム)
  • PINK A ROCK 〜vintage 8KA-1/2 flash back 02〜 (2003年11月10日、アルバム)
  • ViNTAGE THE LIVE 〜 SHAKE A LIVE TOUR 2003 FINAL (2004年8月7日、2枚組ライブCD)
  • Vintage the Remix 05 〜NO M.u.t.e 58 20/31 gallon〜 (2005年4月29日、アルバム)
  • Vintage the original 06 Encore 〜GOLD CLUB K decade〜 (2005年12月25日、アルバム)
  • Cray Pas (2006年3月14日、シングル)
  • Call 〜Pin,K your soul my beat〜 (2006年6月30日、ミニアルバム)
  • Vintage 07 〜LIVE arrange SS〜 (2007年7月7日、ミニアルバム)
  • Vintage 07 〜LIVE arrange AW〜 (2007年11月3日、ミニアルバム)
  • Vintage 08 〜NOWADAYS〜 (2008年12月20日、ミニアルバム)
  • Love Letter (2008年12月23日、シングル)
  • I am SAMURAI (2009年2月14日、バレンタインデーグッズ「SAMURAIセット」の中に封入されたシングル)
  • Vintage 09 〜NOWADAYS〜 (2009年8月12日、ミニアルバム)
  • Vintage 10 〜NOWADAYS〜 (2009年12月12日、ミニアルバム)
  • Jam (2010年7月3日、アルバム)
  • VINTAGE 11 〜NOWADAYS〜 (2010年12月12日、ミニアルバム)
  • ありがとう 〜15th Anniversary〜 (2010年12月25日、シングル)
       ファンクラブ結成15周年ディナーショーでの記念品CDのため非売品。
  • Make me sing to you (2011年3月14日、シングル)
  • Start the show (2011年5月25日、シングル)
  • Never give up 〜English Ver〜 (2011年8月12日、シングル) 「Star KaZ」名義
  • Vintage 12 〜88TEES NIGHT FEVER〜 (2011年12月25日、1曲だけのミニアルバム)
  • So What ! ! (2012年8月12日、ミニアルバム)
  • Vintage 13 〜NOWADAYS〜 (2012年12月25日、ミニアルバム)
  • Eternal Love (2013年8月12日、シングル)
  • Vintage 14 〜NOWADAYS〜 (2014年8月12日、ミニアルバム)

客演CD

  • イジワルケイ★オールスターズ 『おれたちイジワルケイ 〜天〜』 (2005年7月20日、シングル)
       収録曲「WIRE」に「Shake」名義で参加。
  • イジワルケイ★オールスターズ 『Keep On Smile』 (2005年8月24日、シングル) 「Shake」名義で参加

VHS、CD-ROM、DVD

  • FIRST SOLO CONCERT 「一匹狼」 LONELY WOLF
       (VHS:1994年7月7日、DVD:2004年4月21日)
  • あの日のこと KAZUMI MOROHOSHI in Land of Glory
       (VHS:1994年12月16日、DVD:2004年4月21日。38分)
  • NOW A DAYS KAZUMI (VHS:1995年、ファンクラブ限定販売)
  • GOLD CLUB Xmas Night 95 (VHS:1996年、ファンクラブ限定販売)
  • LOVE & ROCK '97 (VHS:1997年、ファンクラブ限定販売)
  • LOVE AGAIN 〜Memories ’98〜(VHS:1998年、ファンクラブ限定販売)
  • ALWAYS and FOREVER (VHS:1999年、ファンクラブ限定販売)
  • DO-ll 〜 Let's make up and Start over! (VHS:2000年、DVD:2004年11月26日、ファンクラブ限定販売)
  • K's TOWN (CD-ROM、ファンクラブ限定販売)
  • 湯あがりブルース (2002年7月7日、ファンクラブ限定販売)
  • LIFE GOES ON 〜 LIFE IN NY・ALIVE A LIFE (DVD:2002年12月21日、ファンクラブ限定販売)
  • ViINTAGE THE LIVE 〜 SHAKE A LIVE TOUR 2003 FINAL
       (ビデオ:2004年8月7日、DVD:同年11月26日、ファンクラブ限定販売)
  • Shake TRAFFIC SIGNAL 2004 (2005年2月12日、ファンクラブ限定販売)
  • 諸星和己 BIRTHDAY LIVE 〜Volt-age40〜 (DVD:2010年10月27日)
      2010年8月12日にZepp Tokyoで行われた40歳のバースデーLIVEを収録。CD2枚付き。
      MC部分ではサプライズゲストとして佐藤寛之がバースデーケーキを運びながら登場。2人でのトークも収録。
  • 諸星和己 Another side story 〜Still at〜 (DVD:2010年11月26日)
  • Never give up! Shake A Live TOUR 2011 (DVD:2011年12月25日、ファンクラブ限定販売)


書籍

著書

  • 根性 (1990年8月、集英社)
  • くそ長〜いプロフィール (2004年5月、主婦と生活社)
  • 諸星和己のスロースタイルダイエット 〜PLAY WORK〜 (2007年11月、講談社)

連載

  • 諸星和己のPLAY WORK (講談社『TOKYO★1週間』にて連載)

インタビュー記事

  • BUBKA (2009年7月号、コアマガジン)
  • 週刊現代 (2012年7月7日号、講談社)
       「諸星和己 独占告白 大人になったいまだからお話しできること」


外部リンク








出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より改訂
Text is available under
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