フォーリーブス - ジャニーズ百科事典
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フォーリーブス

         


フォーリーブスは、かつてジャニーズ事務所に所属した男性アイドルグループ。
フォー・リーブス」と表記される場合もある。 愛称:リーブリーブス。 略称:FL
1967年1月結成(4月説は誤り)、1968年9月5日レコードデビュー、1978年8月31日解散。
(全盛期は1971年から1973年までの約2年間)

解散から23年半を経た2002年1月29日に再結成。 しかし、2009年1月28日にメンバーの青山孝史が逝去したことにより、同年8月30日&31日のファンクラブツアーをもって再び解散となった。

2012年10月25日より再々結成。


目次



所属事務所

  1. ジャニーズ事務所
  2. エフエンタープライズ (再結成後)


メンバー

  • 北公次 (1949年1月20日 - 2012年2月22日。A型。愛称:コーちゃん) 二代目リーダー

  • 青山孝 (後の青山孝史。1951年8月10日 - 2009年1月28日。A型。愛称:ター坊

  • 江木俊夫 (1952年6月4日生まれ。愛称:トシ坊ポコちゃん) 結成当初のリーダー

  • おりも政夫 (1953年7月4日生まれ。B型。愛称:マー坊

脱退メンバー

  • 永田英二 (リードボーカル)
      本名:長田栄二。 愛称:英ちゃん、英坊。 1955年5月29日生まれ。 後にソロレコードデビュー。 バンド「スーパーエイジス」も結成。

候補メンバー



概要

グループの成り立ち

  1. 1967年1月に結成(4月結成説は誤り)。 同年4月より、ジャニーズのシングル『太陽のあいつ』のバックダンサーを務める。
    メンバーは、元々ジャニーズの付き人だった北公次、3歳から子役で活躍していた江木俊夫、 劇団若草出身でファッションモデルをしていたおりも政夫、 劇団若草の研究生出身の永田英二の4名。

  2. 同年6月〜7月に10日間、大阪フェスティバルホールで公演されたジャニーズ主演のミュージカル『いつか何処かで 〜 フォーリーブス物語』に、渡辺茂樹を加えた計5名で出演。 当時の公演パンフレットにもこの5名は掲載されているが、まだグループ名は無く、「ジャニーズ・ジュニア」としての出演だった。 ミュージカル終了後に渡辺は脱退。

  3. 同年8月、「日劇ウエスタン・カーニバル」に初登場。ジャニーズの前座として20分間の出演だった。 この時初めて、グループ名が正式に『フォーリーブス』に決まる。 なお、「フォーリーブス=Four Leaves(4枚の葉←leavesはleafの複数形)」の意味が定説だが、本来の名前の由来は、 ジャニーズ事務所の社長・ジャニー喜多川が脚本を書いた上記のミュージカル『いつか何処かで 〜 フォーリーブス物語』内のグループ名からで、「4つに“別れる、去る、出発する”」という意味の自動詞の「“leave”」である。
    なお、1960年代半ばに全米1位のヒット曲を出していたアメリカのR&Bコーラスグループ「Four Tops」が、フォーリーブスというネーミングのきっかけになっている。

  4. 同年10月より、日本テレビ『プラチナゴールデンショー』に主役でレギュラー出演が決まったが、 最年少メンバーでリードボーカルでもあった永田英二がまだ小学生だったため、「夜のテレビ出演が出来ない」という名目で、 急遽メンバーを変更することとなる。(実際の変更理由は、ジャニー喜多川が永田をソロとして売り出したくなったため。 番組の時間は、夜と言っても毎週日曜日、19時からの30分だけであった)
    メンバーチェンジに当たり、5名の候補者が浮上。  渡辺プロダクション付属の養成機関「東京音楽学院」の特待生で、「スクールメイツ」のメンバーでもあった青山孝(当時の芸名は城下孝)、 既に子役と活躍していた大沢健三郎、 そして、ハイ・ソサエティーの新庄一と共にバンド「ザ・スピリッツ」を組んでいたポール池田(サイドギター&コーラス担当。ハーフの人物)、他2名。  その結果、最終的に青山が抜擢されることとなった。(1976年8月発行の泰流社刊『フォーリーブスの伝説』P.30でのジャニー喜多川談に補足。また、書面では「大沢健郎」と誤植)

  5. 雑誌『月刊平凡』へは1967年11月号、『月刊明星』へは同年12月号で初登場。 この当時はグループ・サウンズが流行っていたこともあり、フォーリーブスもバンドにする予定があった。 担当楽器は、北(ギター)、江木(ドラム)、おりも(ベース)、青山(エレクトーン)で、実際に練習もしていたが、結局バンドになることはなかった。

  6. 翌1968年9月5日、CBSソニーの国内契約第一号アーティストとして、両A面シングル『オリビアの調べ c/w 壁のむこうに』にてレコードデビュー。
      (当初は、後に1stアルバムに収録された『太陽のマドリガル』がデビューシングルとなる予定だった。  また、ジャニー喜多川はこのレコードデビューに際し、各メンバーの愛称を、北 = スパッキー、江木 = オッキー、おりも = ニッキー、青山 = ヤッキーにし、全員の愛称の頭文字をつなげると『SONY』になるようにする案も考えていたが、実現はしなかった)
    そしてレコードデビュー後は、新宿のジャズ喫茶「新宿ACB (アシベ)」で月1回ほどのペースでしばらくライブ活動をしていた。


  • 16歳前後の美少年たちが踊りながら歌うというヴィジュアル性豊かなスタイルは当時にしては新鮮であり、若い女性からの熱烈な支持を集め、瞬く間に人気アイドルとなった。 また、「日本に本格的なミュージカルを」を合言葉とし、精力的なミュージカル公演も行った。

  • 1970年にはブロマイドの売上げが男性歌手部門の第1位になり、衰退期にあったグループサウンズのザ・タイガースらに代わって、一躍トップアイドルとなる。  大ヒット曲こそ無かったが(オリコン最高位は10位)、 冒頭の江木の名ゼリフで知られる『地球はひとつ』や、『あしたが生まれる』、『夏の誘惑』などのシングルがコンスタントにヒットを重ね、1970年から7年連続で『NHK紅白歌合戦』にも出場した。
    多くのレギュラー番組を持ち、安定した人気を保った息の長いアイドルグループで、1974年4月1日には中野サンプラザで行われた音楽会にて、皇后陛下の前で佐良直美らと共に歌を披露した。  そして、先輩グループの「ジャニーズ」と同様にミュージカルにも熱心に取り組み、その姿勢は後のジャニーズアイドルへと受け継がれている。
  • ジャニー喜多川とメリー喜多川兄妹は、
    「タイガーズやテンプターズ等の他の人気グループと違い、フォーリーブスはグループ内にスター的存在のメンバーを作らない。言うなれば、メンバー全員がスター」
    という確固たるポリシーを結成当時から一貫して持ち続け、雑誌などでも度々その主旨の発言をしていた。
    また、フォーリーブスというグループは、1960年代の半ばに「ジャニーズ」の付き人をしていた北公次をどうしてもデビューさせたいがために、各所から人材を取捨選択して作ったグループであったと、ジャニー喜多川が発言している。
    グループ内での位置付けは、運動能力に優れた北公次が、華麗なアクロバットでステージを彩った。 ステージ上でバック転を披露した最初のアイドルであり、曲間で披露する連続バック転などは、グループにとっての重要な見せ場となった。
    「東京音楽学院」の特待生だった青山孝は、ジャニーズ史上でも1、2位を競うと評される歌唱力を持ち、音楽面でのリーダー的存在。 当時日本大学芸術学部の学生でもあったため、ソロでの芸能活動は少なかったが、グループ内では北と人気を二分した。  また、フォーリーブスの楽曲の音楽性の高さは青山に負う所が大きく、1970年代後半のコンサートでは、他のメンバー達からの注文に応じて、アレンジやコーラスなどの譜面の書き換えも任されていた。
    名子役として芸歴の長い江木俊夫、そして、同じく子役出身で最年少のおりも政夫の二人は、グループのMC役としてトークや司会進行を担当。  バラエティやコントなどでは気味の悪い怪物や道化に徹した役回りや扮装、大胆なリアクションも辞さない軽妙なコメディリリーフ部分を担っていた。
    江木俊夫は子役の頃から周囲の百戦錬磨のスタッフすら騙されるほどの自然な演技力を身に付けていたが、社長・ジャニーズ喜多川の意向もあり、グループ内では三枚目キャラクターを担当していた。
    おりも政夫はのんびりかつ飄々としたキャラクターで、前期はあまり目立たぬ存在であったが、次第に話術等において豊かなタレント性を発揮するようになる。 歌唱、アクロバット、演技など、それぞれが1つの長所に特化した他のメンバーとは違い、どれも手堅くこなす器用な面を持つ。
    この様にメンバー各自に個性があり、それを活かしたソロでの活動も、1974年頃から徐々に増えていった。
  • 賞には長らく恵まれなかったが、1976年、ポール・アンカからの提供曲『魅せられし魂』にて東京音楽祭 ゴールデン・カナリー賞を受賞し、東京音楽祭世界大会に参加(世界大会では受賞ならず)。 更に同年、結成10年目の記念曲としてリリースされた『踊り子』では、日本テレビ音楽祭 特別賞と、日本歌謡大賞 特別賞を受賞した。  しかし当時、既に人気は下降し始めており、『踊り子』のオリコン最高位は41位であった。  なお、『踊り子』のレコードで北が歌っていたソロパートが、歌番組では青山の歌唱へと変更されていることが多かった。 また、同年のNHK紅白歌合戦出場曲にもなり、ソロパートは北と青山によるツインボーカルで披露されたが、画面に映っているのは北だけ、ということもあった。
  • 翌1977年、起死回生を賭けてリリースした『ブルドッグ』は、奇抜な歌詞や振り付けが話題を呼び、その後のフォーリーブスにとって最も有名な代表曲となる。 しかしオリコン最高位は40位とヒットには至らず、7年連続で出場していた『NHK紅白歌合戦』にもこの年からは落選している。
  • 1970年代中頃から、徐々に後進のアイドルへと人気が移行していく。 そして、事務所の後輩・郷ひろみが1975年4月1日にバーニングプロダクションへ移籍した辺りから、 「新御三家」以外の男性アイドルにとっては“冬の時代”へと突入する。 これは、当時台頭してきたニューミュージック勢に、世間の関心が移っていったためでもあった。  フォーリーブスの人気やレコードセールス、およびジャニーズ事務所の状況も一時低迷する中、各メンバーのソロ活動の比重も高くなり、それぞれの芸能活動における方向性の違いも顕著になっていった。
    メンバーの平均年齢も20代後半となり、1977年には青山が結婚をするなど、アイドルとしての活動にも限界を迎えつつあった。 そして1978年7月21日に、最後のシングル『THE END 〜思いがけず出会ったら〜 c/w 夢のかけら』をリリース。 1ヶ月にわたる全国ラストツアーを行い、同年8月31日、新宿の東京厚生年金会館のステージにて解散した。 この解散コンサートツアーの模様は、同年8月27日にテレビ東京『日曜ビッグスペシャル』枠でも放送された(再放送もあり)。 しかもこのコンサートでは副社長のメリー喜多川が初めてステージ上に登場し、「これから頑張っていこうね」と言いながらメンバーたちと抱き合って泣いた。 ただし、この解散にあたってはメンバー全員が「二度とフォーリーブスの名で再結成しない」といった内容の念書を書かされて事務所に提出している。
  • 約12年の活動でシングル38枚を発表。そのシングル曲累計売上は約266万6千枚、当時の貨幣価値で約40億円にも及んだ。


解散後

  • 解散と同時に北と江木の2名が事務所を退社。翌1979年には青山も退社する。 メンバーの中ではジャニーズ事務所在籍期間が一番長かったおりもも、1994年に退社した。
  • 1977年に青山孝が同事務所の女性タレント・嶋田じゅんと結婚した際には、披露宴の模様がテレビ番組まで組まれて放送されたのに対し、グループ解散後の1981年に江木俊夫が結婚した際には、ジャニー喜多川、およびメリー喜多川からは祝電さえも届かなかった。
  • 1980年代には、おりもがレギュラー出演していた『象印クイズ ヒントでピント』(テレビ朝日)に青山と江木がそれぞれゲスト出演。 また、『とびだせ!つり仲間』(テレビ東京)でも青山とおりもが共演していた。
  • 解散後から再結成までの期間は、北の覚醒剤取締法違反による逮捕の余波で、1981年に『さよなら日劇ウエスタンカーニバル』が開催された際、この企画のためにフォーリーブスを一時的に再結成させたいという話がジャニーズ事務所に持ちかけられたが、即座に断られている。 更にその後、北の暴露本出版が重なった影響もあり、当時の人気に反してメディアで振り返られる機会は、1992年8月にNHK-BS2で放送された『時代を駆ける栄光のアイドル達』くらいであった。
    オリジナルアルバムのCD再発も、1994年5月21日発売の『若者/フォーリーブス』のみであり、アルバムの編集盤も、解散直後に発売された数点を除くと、1997年9月21日発売の『アーリーシリーズ・ベスト・オブ・フォーリーブス』が初のベストアルバムであった。
    ただし、フォーリーブスによる過去の楽曲再発や映像の放送機会がほとんど無い一方で、レコードレビュー前の少年隊がコンサートや『夜のヒットスタジオ』・『レッツゴーヤング』などで、フォーリーブスの代表曲であった『ブルドッグ』、『踊り子』、『急げ!若者』、『地球はひとつ』をレパートリーとして発表。  それを皮切りにジャニーズ事務所の後輩グループやジャニーズJr.らによって、これらの楽曲がテレビやライブで歌われる姿が度々見受けられるようになった。
  • 1988年10月、青山とおりもの2人で、静岡県浜松市中区肴町316-38 イキシアビル3Fにてショーパブ『ステージバー・グリッター』を開店(雑誌『FOCUS』1988年11月4日号にも掲載)。  更に翌1989年初頭には、同ビル4Fに音楽学校『タレント・ミュージック・スクール』も開いた。 出資者はいずれもジャニーズ事務所。 なお、音楽学校の方だけはすぐに閉校してしまった。
  • 青山孝は一時、麻雀荘の経営、静岡県沼津市でパブのマスター、飲食店チェーン会社「ノン・エンタープライズ」の代表取締役などをしていた。
    江木は宝石販売の会社を立ち上げ、自ら宝石のデザインも行うようになった。
    北は、1990年代中頃に東京都江戸川区南小岩の商店街「フラワーロード」にて、喫茶店・雑貨・ブティックの『マザーポップコーン(旧店名:HANO HANO)』を経営していたが、後に経営が悪化したために閉店し、ポスティングや介護ヘルパーのアルバイトで生計を立てていた。
  • 1978年8月31日の解散より23年半の時を経た2002年1月29日、中野サンプラザにて再結成コンサートを開催。 以降、エフエンタープライズに所属し、往年のファンの支持を得て精力的なライブ活動を行う。  ファンクラブも開設し、会報「BULLDOG press」の発行も2002年9月号より年4回で開始した。  また、この再結成を機に、各メンバーにイメージカラーを設けた(北=青、青山=緑、江木=赤、おりも=黄)。 それぞれのカラーが決まった引用元は、1972年8月に発売されたムック『増刊セブンティーン フォーリーブス & ヤングアイドル特集号』の表紙写真の衣装の色から。
        
  • 2002年8月22日、CDシングル『it's more 愛 (いつも愛)』をリリース。
  • 2003年、ニューカレドニアの観光親善大使に任命される。
  • 2006年8月12日、NHK『第38回・思い出のメロディー』に出演し『ブルドッグ』と『地球はひとつ』を熱唱。北公次はバック転も披露した。 久々のテレビ出演であり、特にNHKへは1978年の解散時に出演した『ビッグ・ショー』以来28年ぶりである。
    翌2007年1月23日にはテレビ朝日『徹子の部屋』への出演も果たした。

  • 2008年11月24日の中野サンプラザでのコンサートにて、2009年3月29日のコンサートツアー終了をもって再び解散する旨を発表。 理由は青山の肝臓の病気が酷くなったためであり、この日のステージも、メンバーや振付の先生らの猛反対を押しての出演だった。 この突然の“再解散宣言”に多くのファンが戸惑ってしまったためか、2日後の11月26日、オフィシャルサイトの会員限定BBSに江木本人が登場し、「解散ではなくて休止です」と訂正された。
    しかしその後の2009年1月16日、青山は「肝臓がん」であることを公式発表。わずか12日後の同月28日午前7時、東京都内の病院で逝去した。 これにより、4人揃ってのステージは、同年1月10日に西新井文化ホールで行われたアコーステックコンサートが最後となった。
    残された3回のステージは、構成を変えて3人のメンバーだけで行われ、同年3月29日の新宿・東京厚生年金会館 大ホールにてコンサートツアーは締めくくられた。

  • 同年3月31日、青山を除いた残りのメンバー3人だけで、再び『徹子の部屋』(テレビ朝日)へ出演。

  • 一度は「解散ではなくて休止です」と訂正されていたものの、青山の逝去により、やはり解散することとなる。 2009年8月30日&31日に浜名湖ロイヤルホテルで行われたファンクラブツアーをもって正式に解散。 ツアーのファイナルメッセージの際には、「ブルドッグ」 でのダンスで使用していたゴムバンドを、「もうこの曲は歌わない」ということで、ジャンケン大会でファンにプレゼントされた。
    解散と共に、フォーリーブスの公式サイト、ブログ、ファンクラブは全て閉鎖。 翌9月に、青山とおりもの2人だけのオフィシャルファンクラブ「YG Club」(2人のイメージカラー「Yellow & Gleen」の意味)が、エフエンタープライズの運営で新たに開設された。

  • 2012年、3ヶ所で行われた「あなたの心をワクワク 夢コンサート」の夜の部に、江木とおりもの2人がフォーリーブス名義で出演。 この3回のコンサートには、元・光GENJI大沢樹生も共演した。(2012年10月25日:中野サンプラザホール、11月1日:大宮ソニックシティ、11月9日:神奈川県民ホール)
    2013年12月22日、北と青山は映像出演という形で、フォーリーブスのクリスマスディナーショーを目黒雅叙園2Fの多目的大宴会場「舞扇の間」にて開催。
    2015年2月5日、リーガロイヤルホテル東京にて「フォーリーブス バレンタインディナーショー 〜永遠の絆〜」を開催。 2月8日にはリーガロイヤルホテル大阪でも開催した。 各料金:35,000円(税込)。 北と青山は映像での出演。
    2016年1月27日、大阪・新歌舞伎座にて、「結成50周年記念 フォーリーブスコンサート 〜永遠の絆〜」を開催(昼夜の2回公演)。 北と青山は映像での出演。 江木がステージで「フォーリーブスは一つの節目でこれで終わろうと思う」と話した。 しかし同年12月2日、東京・江戸川区総合文化センターでまたも「結成50周年記念 フォーリーブスコンサート 〜永遠の絆〜」を開催。
    2017年10月1日、三越劇場にて、「二人だけのフォーリーブス 江木俊夫&おりも政夫 トークライヴ in 三越劇場」を開催。 第2部ではゲストに元・男闘呼組前田耕陽を迎えた。
    同年12月17日、ミミック東京にてフォーリーブスのディナーショー「蘇れフォーリーブス」開催。


エピソード

  • 1973年8月、フォーリーブスへのプレゼント代や追っかけ費用を稼ぐために女子中学生グループが売春をしていたことが発覚し、書類送検された。

  • 1976年1月15日、常磐ハワイアンセンター(後のスパリゾートハワイアンズ)にて開催されたフォーリーブスのショーにて、茨城県日立市在住の16歳の少女が興奮のあまりに失神死するという事故が発生した。

  • フォーリーブスの人気曲『ブルドッグ』は、その後も後輩のジャニーズアイドル達によってテレビやコンサートで歌い継がれている他、 近田春夫&ハルヲフォンが1978年6月21日発売のアルバム『電撃的東京』にてカバー、1997年には富士フイルム「写ルンです」のCMソングに起用、2006年にはタレントの城咲仁によってもカバーされている。

  • 高木完が、1991年のアルバム『Fruit Of The Rhythm』収録のラップ曲「From The East For The Quest feat, Afrika Bambaataa, Q-Tip」にて、「♪地球は丸いと四ツ葉(フォーリーブス)も言ってた♪」と歌っている。

  • アイドル水泳大会での司会仕事が有名だったおりも政夫について、Mr.Childrenが楽曲『デルモ』の中で、「♪水泳大会のおりも政夫♪」というフレーズを織り交ぜている。

  • 女優の真行寺君枝が通学していた西六郷小学校は、全国合唱コンクールで優勝する合唱の有名校で、NHKの子供音楽番組『歌はともだち』に月に一度レギュラー出演していたが、 ある日フォーリーブスのメンバーが真行寺に「可愛いね」と発言したことが学校中に広まり、当時のフォーリーブスはあまりにも人気グループだったことから、 真行寺は妬まれて問題児扱いされてしまった。(自著『めざめ いのち紡ぐ日々』より)


主な出演作品

バラエティ番組

  • プラチナゴールデンショー (1967年10月 - 、日本テレビ)
      フォーリーブスにとって初のレギュラー番組。藤村有弘と共に司会も務めた。 番組の主題歌『マイ・プラチナ』もフォーリーブスが歌っていたが、レコード化には至らなかった。
  • ロッテ 歌のアルバム (TBS)
  • スターと飛び出せ歌合戦 (日本テレビ) ゲスト出演
  • 新春かくし芸大会 (1978年〔第15回〕まで出演。フジテレビ)
  • カリキュラマシーン (日本テレビ) レギュラー
  • 全国ヤング歌謡フェスティバル
      (1969年 - 1970年、TBSテレビ & TBSラジオ、主催:渡辺プロダクション)
  • 第2回 全国ヤング歌謡フェスティバル
      (1970年 - 1971年、TBSテレビ & TBSラジオ、主催:渡辺プロダクション)
  • 夜のヒットスタジオ (フジテレビ)

       

  • ギャグジカル ジュンとヨッパ (1970年11月5日 - 1971年3月25日、TBS) レギュラー
      タイトルの「ジュン」は井上順(当時:井上順之)、「ヨッパ」はフォーリーブスの「四葉」からきたもの。
  • とことんやれ大奮戦! (日本テレビ) レギュラー
  • 東芝ファミリーホール特ダネ登場!? (日本テレビ)
       江木個人はレギュラー出演。グループとしては準レギュラー出演。
  • グランドスペシャル 紅白大運動会 (1971年10月28日、フジテレビ)
       ハイ・スパンキーと共演。 同年9月5日に東京都体育館にて収録。
  • 歌え!ヤンヤン ! ! (1972年4月6日 - 1975年3月27日、テレビ東京) レギュラー
  • GO!GO!ヤング (1972年、日本テレビ)
  • ひろみと共に (1972年 - 1973年、テレビ東京。毎週金曜正午からの30分番組)
       郷ひろみの看板番組で、フォーリーブスはたまにゲスト出演。
  • ベスト30歌謡曲 (テレビ朝日)
    • 1973年9月5日:『見上げてごらん夜の星を』
    • 1973年12月5日:『若いふたりに何が起る』 (郷ひろみも同日に出演)
    • 他…
  • フォーリーブス動物記 (1974年春、テレビ朝日)
      アメリカのドキュメンタリー番組の日本語版。 アメリカのアニメ『電子鳥人Uバード』の主題歌をフォーリーブスが歌った流れで、当ドキュメンタリー番組にもフォーリーブスが起用された。
  • スタートピックス (1974年4月21日、テレビ東京、5分だけの番組)
  • レッツゴーヤング (NHK) レギュラー
  • ヒット ’75 (1975年4月13日 - 9月28日、日本テレビ) 4人で司会を担当した歌謡番組
  • カックラキン大放送!! (日本テレビ)
    • 1976年4月23日 - 「待て!二郎さん」 坂上二郎との共演
    • 1976年10月8日 - 「名犬らしい」 坂上二郎との共演
    • 1977年2月4日 - 「連休さん」 山口百恵との共演
    • 1977年5月20日 - 「もろい夫婦」 和田アキ子との共演
    • 1977年7月15日 - 「求人二十面相」 森昌子との共演
  • NTV紅白歌のベストテン (日本テレビ)
  • チビらサンデー (1976年7月 - 、テレビ朝日)
  • ラブラブショー (1977年9月11日 日曜22:00〜22:30、フジテレビ)
      「独占!フォーリーブス結婚式完全中継」。 青山孝と嶋田じゅんの披露宴番組。 番組司会は芳村真理。 披露宴の司会は徳光和夫。
  • ごちそうさま (日本テレビ)
      全14回ゲスト出演。 最後の出演となった1978年8月31日は、ラストシングル『THE END 〜思いがけず出会ったら〜』を披露。
  • 日曜ビッグスペシャル 「完全独占中継 さようなら フォーリーブス」 (1978年8月27日 日曜20:00〜21:48、テレビ東京)
      番組の冒頭、楽屋でフォーリーブスに演出指導するジャニー喜多川の姿が映った。 既にジャニーズ事務所を退社していた郷ひろみも当番組に出演。
  • ビッグショー 〜 フォーリーブス 最初で最後の夜
        (1978年8月29日、NHK総合。 30年後の2008年6月9日にBS11にて再放送)
  • スター千一夜 (1978年8月31日、フジテレビ)
       ラストシングル『THE END 〜思いがけず出会ったら〜』を披露。
  • 夜のヒットスタジオDELUXEスペシャル (1988年2月10日、フジテレビ)
      放送1000回達成記念の3時間特番で、新高輪プリンスホテルより生中継。 後輩のたのきんトリオ、THE GOOD-BYE、シブがき隊、少年隊、少年忍者が勢揃いする中、北と江木が共演した。
  • 快傑えみちゃんねる
       (2002年・北と青山が出演。 2007年7月・青山とおりもが出演。 関西テレビ)
  • 爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル (2002年3月26日、フジテレビ)
  • 決定!これが日本のベスト 「あの人は今」のコーナー
       (2003年6月22日・9月7日、テレビ朝日)
  • 今夜復活!ナオコ&五郎の70〜80年代・青春ベストヒット!
       (2003年8月18日、テレビ東京)
  • I stage (2006年1月7日&14日〔収録日は2005年12月16日〕、テレビ愛知)
       江木が司会のトーク番組。 4人揃ってグループとしてゲスト出演。
  • 第38回 思い出のメロディー (2006年8月12日、NHK)
       北公次が57歳にしてロンダートからの見事なバック転を披露した。
  • 痛快!買い物ランドSHOPJIMA (2007年 - 、テレビ東京ほか)
       江木とおりもがコンビでセミレギュラー出演。
  • 徹子の部屋 (2007年1月23日・2009年3月31日・2012年5月17日、テレビ朝日)
       2009年3月31日は青山の死後である為、3人だけで出演。
       2012年5月17日は北の死後である為、江木とおりもの2人だけで出演。
  • Dのゲキジョー (2007年3月2日、フジテレビ)
  • 熱狂的ファンツアー (2007年8月27日・江木とおりもが出演。 テレビ東京)
  • 2時っチャオ! (2008年2月12日、TBS)
  • マルベル堂 昭和スター倶楽部 「#5 フォーリーブス編」
      (2008年11月4日、CS・スカパー795ch「懐かし音楽★グラフィティTV」) その後再放送多数
  • NHK歌謡コンサート (2008年11月11日、NHK)
  • マルベル堂 昭和スター倶楽部 「#7 フォーリーブス編 vol.2」
      (2008年12月29日、CS・スカパー795ch「懐かし音楽★グラフィティTV」) その後再放送多数

テレビドラマ

  • おれは男だ! (1971年2月21日&28日、日本テレビ)
       第1話と2話にゲスト出演。 劇中でシングル曲『あしたが生まれる』を披露。
  • ヒヤヒヤ一泊旅行 (1971年7月16日、TBS)
      北:とおる役、青山:ひろし役、江木:あきら役、おりも:たかし役。 4人とも「矢兵そば屋」の店員役。
  • 青春をつっ走れ (1972年5月1日、フジテレビ) 第5話にゲスト出演
  • お姉ちゃん (1973年12月14日、TBS)
      第2話にゲスト出演。おりもは大学受験生の安斉まさし役。 他の3人は板前見習い役。
  • ぼくは叔父さん (1973年10月1日 - 1974年3月25日、日本テレビ)
       
  • ボクは女学生 (1973年10月5日 - 1974年3月29日、フジテレビ)
       主演は北公次だが、他のメンバーも全員出演した。
  • 小さなスーパーマン ガンバロン (1977年4月3日、日本テレビ) 第1話にゲスト出演

映画

  • 初笑いびっくり武士道 (1972年1月21日、松竹、大船撮影所)
      2003年6月に『びっくり武士道』のタイトルでDVD化。
  • 急げ!若者 TOMORROW NEVER WAITS (1974年7月20日、東宝 / ジャック・プロ、監督:小谷承靖)
      公開前のタイトルは『僕たちの明日』。 共演した郷ひろみや9名のジャニーズ・ジュニアと共に舞台挨拶も行った。

ラジオ

  • ロッテであいまショー (TBSラジオ)
    • 1969年7月4日。 同年6月8日に静岡駿府会館にて公開録音。
    • 1969年7月11日。 同年6月14日に沼津市公会堂にて公開録音。
    • 他・・・
  • 全国ヤング歌謡フェスティバル
      (1969年 - 1970年、TBSテレビ & TBSラジオ、主催:渡辺プロダクション)
  • 第2回 全国ヤング歌謡フェスティバル
      (1970年 - 1971年、TBSテレビ & TBSラジオ、主催:渡辺プロダクション)
  • 集まれ歌謡曲 (ニッポン放送、司会:藤村有弘)
      全国各地での公開録音番組。永田英二、ジューク・ボックスと共演。
  おりも政夫
  • ロッテ 集まれ!ヤンヤン 熱気でムンムン!
      (1975年8月 - 、ニッポン放送『燃えよせんみつ足かけ二日大進撃』内の公開録音番組)
  • ホリデーバラエティー (2008年2月11日、NHKラジオ第一) ゲスト出演

舞台

  • いつか何処かで 〜 フォーリーブス物語
      (1967年6月〜7月に10日間、大阪フェスティバルホール、脚本:ジャニー喜多川、 演出&振付:山田卓、舞台監督:金一浩司、主催:民音) 「ジャニーズ・ジュニア」としての出演。 原宿族役の中谷良の子分役。
  • レッツ・ゴー フォーリーブス (1969年12月、大阪フェスティバルホール、日生劇場)
    • 第1幕 ヤングサプライズ 「少年たち」
    • 第2幕 ミュージカル 「オオ・マイ・ママ」
  • 少年たちシリーズ第2作 〜 ミュージカル’70 「少年たち 〜完結篇〜」
      (1970年5月30日&6月1日、日生劇場)
  • フォーリーブス・ショー 「100メガトンの希望」 (1970年12月 - 1971年1月)
      当初予定されていたタイトルは「希望の翼」だった。 1971年1月5日&6日は東京厚生年金会館にて公演。
  • 少年たちシリーズ第3作 〜 フォーリーブス・ミュージカル 「素足で駆けるとき」
      (1971年、企画・構成・演出:フォーリーブス、文化庁芸術祭参加作品ミュージカル)
  • 少年たちシリーズ第4作 〜 フォーリーブス・ミュージカル 「太陽からの少年」 (1971年4月)
  • 少年たちシリーズ第5作 〜 フォーリーブス・ミュージカル 「明日なき友情」 (1971年8月)
  • 少年たちシリーズ第6作 〜 フォーリーブス・ライブ・ミュージカル
      「生きていくのは僕たちだ!」
      (昭和46年度文化庁芸術祭参加公演。 原作:大森晶子『十七歳の絶唱』。 1971年10月29日&31日:帝国劇場。 大阪・名古屋公演も有り)
  • ミュージカル・コメディー 「おかしな童話」 (1972年3月)
  • 僕がうたうとき!
      1972年8月。 更に同年9月29日に、財団法人 青少年と共に歩む会の主催で、「第7回チャリティーショー ヤングスターフェスティバル」として文京公会堂で公演。
      作:藤田敏雄、構成:萩原朔美、演出:萩原朔美 & ジャニー喜多川、振付:小井戸秀宅、音楽:服部克久、監修:メリー喜多川 & ジャニー喜多川。
  • フォーリーブス イン クリスマス (1972年12月24日&25日、名古屋・御園座)
      第1部・『ミュージカル フォーリーブス物語 〜 星に帰った若者』
         (作・構成・演出:ジャニー喜多川、振付:小井戸秀宅)
      第2部・『ヒット・ヒット・ヒット ゴールデンステージ』
  • フォーリーブス物語 〜 星に帰った若者 (1973年1月)
  • 見上げてごらん夜の星を
      (結成7周年記念ミュージカル。1973年6月17日 - 9月2日に北海道から沖縄まで全国で公演。 大阪公演:7月30日 - 8月1日、東京公演:8月31日 - 9月2日。 作・演出:永六輔。音楽:いずみたく。主演:おりも政夫)
  • 発射前17時間
      (1974年8月2日・3日・15日・18日、「’74夏 フォーリーブス リサイタル」にて)
  • オリジナルミュージカルプレイ 「友情」
      (1975年1月4日&7日、「フォーリーブス リサイタル ’75」にて)
  • ライブ・ミュージカル 「少年たちパートU 〜 青春の光と影」
      (1976年3月、「フォーリーブス結成10周年記念リサイタル VOL.1」にて。 作:小原弘亘(後の小原弘稔)。演出&振付:山田卓。振付助手:飯野おさみ)
  • ウェルカム・トゥ・ザ・ショー フォーリーブス物語
      (1976年8月、「フォーリーブス結成10周年記念リサイタル VOL.2」にて)

日本劇場でのステージ

  • 第33回 日劇ウエスタン・カーニバル (1967年8月26日 - 9月1日)
  • 第34回 新春日劇ウエスタン・カーニバル (1968年1月15日- 22日)
  • 第35回 日劇ウエスタン・カーニバル (1968年5月4日- 10日)
  • 第36回 日劇ウエスタン・カーニバル (1968年8月26日- 9月2日)
  • 第37回 新春日劇ウエスタン・カーニバル (1969年1月14日- 21日)
  • 第38回 日劇ウエスタン・カーニバル (1969年5月5日- 12日)
  • フォー・リーブスを迎えて 小川知子ショー 〜 GO!GO!コント55号
       (1969年5月20日 - 26日)
  • 第39回 日劇ウエスタン・カーニバル (1969年8月25日- 9月1日)
  • 第40回 新春日劇ウエスタン・カーニバル (1970年1月15日 - 22日)
  • 第41回 日劇ウエスタン・カーニバル (1970年5月2日 - 8日)
  • 第42回 日劇ウエスタン・カーニバル (1970年8月25日 - 9月1日)
  • 第43回 新春日劇ウエスタン・カーニバル (1971年1月15日 - 22日)
  • 第44回 日劇ウエスタン・カーニバル 〜 みんなで踊ろう! (1971年4月23日 - 29日)
  • 第45回 日劇ウエスタン・カーニバル (1971年8月27日 - 9月2日)
  • 第46回 新春日劇ウエスタン・カーニバル (1972年1月15日 - 22日)
  • 第49回 日劇ウエスタン・カーニバル 「フォーリーブスショー」
      (1973年5月4日。振付:北公次、小井戸秀宅。音楽:高橋洋一。舞台装置:引田天功)
  • 第54回 日劇ウエスタン・カーニバル 〜 ジャニーズ・ファミリー・フェスティバル
       (1975年8月28日)

その他のステージ

  • 大阪万博 ポピュラー催物 「CBS・ソニー オール・スターパレード」
       (1970年、万国博ホール)

CM

  • プラチナ萬年筆 (スチル広告のみ)
      

  • コカ・コーラ (1968年)
      バックバンドとして5人編成のハイ・ソサエティーも出演。 2009年8月26日発売のDVD『The Coca-Cola TVCF Selections ’62〜’86』に、当CMが収録されている。
       

  • ソニー 「カセットコーダー」 (1969年 - )
  • 尾崎商事 「カンコー学生服」 (1970年 - )
  • ロッテ 「チュウ・ミー」
      (1971年。クリーム入りガム。ストロベリー味、レモン味、オレンジヨーグルト味、アップル味)
  • 日清食品・カップラーメン 「ジョイカップ101(いちまるいち)・しょうゆ味」
       (1975年3月 - 。販売価格は当時100円。CMソングも歌っていた)
  • 日清食品・カップ焼そば 「ジョイカップ101(いちまるいち)」
      (1975年4月 - 。パイナップル入り焼そば。販売価格も同じく100円で、やはりCMソングも歌っていた)

NHK紅白歌合戦

  • 第21回 (1970年12月31日) - 『あしたが生まれる』
  • 第22回 (1971年12月31日) - 『地球はひとつ』
  • 第23回 (1972年12月31日) - 『夏のふれあい』
  • 第24回 (1973年12月31日) - 『若いふたりに何が起る』
  • 第25回 (1974年12月31日) - 『急げ!若者』
  • 第26回 (1975年12月31日) - 『ハッピーピープル』
       テンプテーションズの1974年の曲『HAPPY PEOPLE』のカバー。
  • 第27回 (1976年12月31日) - 『踊り子』


ディスコグラフィ

シングル

  1. オリビアの調べ c/w 壁のむこうに (1968年9月5日、1973年10月再発)★
      両A面シングル。CBSソニーの第1弾レコード。石原慎太郎が当シングルの見開きジャケットに推薦文を寄せている。
      また、ジャケットの撮影地となった廃洋館は、千代田区の現・北の丸公園内にて、1945年(昭和20年)まで大日本帝国陸軍の近衛師団の司令部庁舎だった建物(設計:陸軍技師の田村鎮〔やすし〕。1910年〔明治43年〕3月築)。
      戦後に皇宮警察の寮として使用された後、長らく廃屋状態となっていた時期に、建物の側面部分(正面入口に対面した際に右側の側面)にてジャケット撮影が行われた。
      1972年10月に重要文化財に指定。 1974年4月〜1977年11月にかけて改修保存工事が行われ、1977年11月15日に国立近代美術館の工芸館として開館した。
      この工芸館は、男闘呼組が雑誌『週刊セブンティーン』(1985年10月1日号)でロケ地に使用した他、 福山雅治大泉洋が出演したトヨタ自動車「プリウス」のCM「先生と犬 乗ってみる A篇」(2015年12月OA開始)のロケ地や、 A応Pの8thシングル『あのね、キミだけに』(2016年11月9日発売)のPVで広瀬ゆうきのソロシーンのロケ地としても使用された。

  2. 涙のオルフェ c/w はじめてなんだ (1968年12月10日、1973年10月再発)★
      三億円事件の発生日に発売されたレコード。 A面曲の作詞は寺山修司。
  3. 恋するジャック c/w 緑の河 (1969年3月21日、1973年10月再発)★
      B面曲は非常に人気の高い楽曲。

    ※ 以上★印の3枚は、オリジナル・ジャケットの3枚組セットとしても1983年に限定で発売されている。

  4. シャボンの匂いの女の子 c/w 朝日がのぼると (1969年8月1日、1973年10月再発)
      A面曲は「週刊セブンティーン」での募集歌。
      1970年には「ブラジルEPIC」からも発売。レーペルは日本語表記。音源は日本盤と同様。
  5. 君にこの歌を c/w 課外授業 (1969年11月21日、1973年10月再発)
      両A面シングル。A面曲は、先輩の「ジャニーズ」がミュージカル『いつか何処かで 〜 フォーリーブス物語』の中で歌っていた曲。 フォーリーブスはこの曲をミュージカル『少年たち』のラストシーンや、1978年の解散コンサートのラストナンバーなどで歌った。 また、B面曲は北公次のソロ曲。
  6. 若者は旅をつづける c/w 愛の鐘が鳴る (1970年2月1日、1973年10月再発)
  7. ある兵士の賭け c/w 草笛の天使 (1970年5月21日、1975年再発)
      A面曲は石原裕次郎主演の日活映画『ある兵士の賭け』主題歌。ただしフォーリーブスが歌うバージョンは映画では使用されていない。 B面曲は作詞:寺山修司。
  8. あしたが生まれる c/w ためらいながらも強く (1970年7月1日、1975年再発)
      A面曲は紅白歌合戦初出場時に歌った曲。
  9. 人生は一度きりだから c/w なぜだよ (1970年11月21日)
      A面曲はテレビドラマ『おれは男だ!』にゲスト出演した際、劇中で振り付けの練習をしながら歌っていた曲。
  10. 約束 c/w 朝やけの中で (1971年3月1日)
  11. 夏の誘惑 c/w 太陽の季節 (1971年7月1日)
      20ページの写真集付き。  A面曲は、翌1972年に伊丹幸雄が1stアルバム『サチオ・アイドルを歌う』内でカバー。 更にニュー・キラーズも、同じく1972年にアルバム『ニュー・キラーズ誕生!そしてピンキー独立! 〜 ニュー・キラーズ発表会より』と『太陽に愛されたい』の2枚にて、『シーズン・オブ・ザ・サン』のタイトルでカバーしている。
      なお、このA面曲と、同じ鈴木邦彦の作曲による西城秀樹の曲『涙と友情』(1974年11月25日発売)がよく似ていると言われている。
  12. 地球はひとつ c/w お願いだから (1971年11月1日、1975年再発)
      A面曲の出だしの部分が、The Flying Machine『Waiting On The Shores Of Nowhere』(1969年)、 メロディーの一部は、Jackson 5『Mama's Pearl (ママの真珠)』(1971年)のパクリ。
      なお、出だしの部分は1973年に『ウルトラマンタロウ』の主題歌がまたパクっている。
  13. はじめての世界で c/w ちょと待て下さい (1971年12月21日)
      アメリカ録音。 A面の原曲はマーヴ・ジョンソンの1959年の曲『You Got What It Takes (心の底から好きだから)』で、ジャニー喜多川(名義は「北公次」)が手掛けた訳詞による日本語歌唱。 B面の原曲はハワイ産の人気楽曲『Chotto Matte Kudasai』で、英詞歌唱。 「ちょと待て下さい」という独特のタイトル表記は、オリジナル発音に従った表記となっている。 フォーリーブス以外にも、ゴールデンハーフ、小林麻美、ジェミネス、小野階子、ジャック・ヴィアル、リンダ・グリーン、蟇目良、佐川満男など、国内だけでも多数のアーティストによってカバーされている。
  14. 新しい冒険 c/w 愛ははじまった (1972年3月21日)
  15. フォーリーブスのヤンヤン体操 c/w フォーリーブスのヤンヤン・ソング (1972年7月1日)
  16. 夏のふれあい c/w 真夏の愛 (1972年7月21日)
  17. あなたの前に僕がいた c/w 孤独よさらば (1972年10月21日)
      A面曲の作詞はジャニー喜多川 (名義は「北公次」)。 1976年8月発売の郷ひろみのシングルに『あなたがいたから僕がいた』(作詞:橋本淳)という曲があるが、歌詞の内容は全く連動しておらず、別物である。
  18. 愛と死 c/w 青空のおしゃべり (1973年2月1日) 両A面シングル
  19. ふたりの朝 c/w ガール (1973年6月1日。AB面ともオズモンズからの提供曲)
  20. 見上げてごらん夜の星を c/w チャチャチャで勉強 (1973年7月21日)
       A面曲は全国公演を行った同名ミュージカルのナンバー。 原曲は坂本九。
  21. 大人への階段 c/w 若いふたりに何が起る (1973年11月1日) 両A面シングル
  22. あしたの悩み c/w あやまち (1974年1月21日)
  23. ヘイベイビー c/w ひとつぶの幸福 (1974年4月1日)
  24. 急げ!若者 c/w さらば故郷の街 (1974年7月21日)
      A面曲はフォーリーブス主演の同名映画の主題歌。 ただしA面収録のバージョンは映画では使われていない。
  25. 友情 c/w 青春の絆 (1974年11月1日)
  26. ふたりの問題 c/w 早春のメルヘン (1975年2月1日)
       A面曲は北と青山がリードボーカル。
  27. 嵐のあと c/w 悲しい雨 (1975年6月1日)
  28. 遠い日 c/w バイバイ? (1975年11月1日)
      A面曲はリードボーカル:青山孝、作曲:小椋佳。 B面曲は作曲:武川行秀(後のタケカワユキヒデ)で、タイトルの正確な読み方は「バイバイクエスチョン」。 両曲とも演奏はトランザム。
  29. めぐり逢い c/w 誘い (1976年1月21日。B面は『ラブ・ラブ・アタック』のテーマ曲)
  30. 魅せられし魂 c/w ぼくたちの道 (1976年4月21日)
      A面はポール・アンカからの提供曲で、東京音楽祭ゴールデン・カナリー賞を受賞。 B面曲はリリースされる数ヶ月前からコンサートで既に歌われていた曲で、その当時の表記は「僕達の道」だった。
  31. 踊り子 c/w 気になる女がとまり木で (1976年7月1日)
      A面曲は、日本テレビ音楽祭 特別賞、日本歌謡大賞 特別賞を受賞。 また、A面曲は1978年に中国の女性歌手、ジェニー・ツェン(甄妮)によって、『人處天涯』のタイトルでカバーされた。
  32. ハートブレイク急行 c/w ルージュ (1976年10月21日)
  33. 乾杯グラス c/w 流れゆく季節に (1977年2月25日)
  34. ブルドッグ c/w 標的 (1977年6月21日)
      A面曲は、近田春夫&ハルヲフォンが1978年6月21日発売のアルバム『電撃的東京』にてカバーした。
  35. 男と女の紙芝居・三幕 c/w コンドル (1977年11月21日)
  36. どうして… c/w プロポーズ (1978年4月21日)
  37. 宇宙のファンタジー c/w 銀河の覇者 (1978年7月1日)
      両面とも原曲はアース・ウィンド・アンド・ファイアー。
  38. THE END 〜思いがけず出会ったら〜 c/w 夢のかけら (1978年7月21日)
      両曲とも青山が作曲。 ジャニーズ事務所時代のラストシングル。

 北公次 ソロ名義
  • ひとりぼっちになった時 c/w 裸の少年 (1969年10月1日、1973年10月再発)
       オリコン最高72位。 売上1.7万枚。

 おりも政夫 ソロ名義
  • めぐりあう時に c/w 風向きが変ったら (1977年5月21日)
      A面曲は日本テレビのドラマ『たんぽぽ (4)』の主題歌。

 非売品プロモ
  • THE END 〜思いがけず出会ったら〜 c/w 夢のかけら (1978年7月)
      ラジオ局用に「特別プロモート盤」として別途制作された7inchシングル。 A面曲の収録時間が、通常盤では4分44秒だが、 このプロモ盤では3分8秒に短縮されている(B面曲の長さは変わらず)。

 非売品プロモ (US版7inch)
  • SEASON OF THE SUN (夏の誘惑) c/w CHOTTO MATTE KUDASAI
      (1971年9月のアメリカ録音、同年発表。マイク・カーブ制作、MGMレコード。 A面曲は日本語で歌っているが、アレンジは「グレン・キャンベルショー」出演時の英語バージョンと同じものを使用。 B面曲は、シングル『はじめての世界で』でのB面曲と同じもの)
  • DON'T LET THE SUN CATCH YOU CRYING c/w DON'T LET THE SUN CATCH YOU CRYING
      (1971年9月のアメリカ録音、1972年発表。マイク・カーブ制作、MGMレコード。 ジェリー・アンド・ザ・ペイスメイカーズの『太陽は涙がきらい』のカバー。1972年のアルバム『GOLDEN FOURTH スーパー・プレゼント』収録曲とは別バージョン)


   シングル売上推移 (オリコン調べ)

   




アルバム

  1. ヒット!ヒット!ヒット! フォーリーブス・ゴールデン・ショー (1969年9月5日、1974年再発)
      当初は、当アルバム収録の『太陽のマドリガル』がデビューシングルとなる予定だった。 全曲解説付き。

       

  2. フォーリーブス・ヤング・サプライズ 少年たち 〜小さな抵抗〜
      (1969年12月5日、1974年再発。 ハイ・ソサエティージューク・ボックス、劇団「天井桟敷」が共演。 ジャケット撮影:沢渡朔、ジャケットの題字:石原慎太郎、監修:萩原朔美。 作詞陣は寺山修司、高橋睦郎など)

       

  3. 夏の嵐 〜第1章 光 / 第2章 影〜
      (1970年8月1日、1974年再発。 再びハイ・ソサエティー、ジューク・ボックスとの共演盤)

       

  4. 素足で駆けるとき 〜ある少年の記録〜 (1970年10月21日、1974年再発)

       

  5. 少年たちシリーズ 〜太陽からの少年〜 (1971年5月1日、1974年再発)

       

  6. フォーリーブス・ミュージカル 少年たちシリーズ 〜明日なき友情〜 (1971年9月5日、1974年再発)

       

  7. ベスト・オブ・ベスト
      (1971年11月1日。シングル『約束』のアルバム・バージョン収録。BOX仕様のLP2枚組。約120cm×83cmの厚紙特大ポスター付き)

       

  8. フォーリーブス・ライブ・ミュージカル 生きていくのは僕たちだ!
      (1972年2月21日。 帝国劇場での芸術祭参加ミュージカル。ジューク・ボックスと共演のライブ盤)

       

  9. スーパー・プレゼント
      (1972年8月21日。全曲洋楽カバーで、『恋のマリアンヌ』以外は全て英語詞。 編曲は全て高橋洋一。 布製のシートポスター付き)

       

  10. 北公次ロマン詩集より 青春 (1973年3月21日)
       全曲の作詞:ジャニー喜多川 (「北公次」名義)

       

  11. 見上げてごらん夜の星を

       

  12. スーパー・プレゼント ’74 (1974年2月1日)
       オリジナルステッカー付き。

       

  13. フォーリーブス・郷ひろみ ジョイント・リサイタル (1974年9月5日)
      ジャニーズ事務所の自主制作によるライブ盤。シリアルナンバー入りの2枚組LP。 郷ひろみ、八田英士、ジャニーズ・ジュニア(9人ジュニア)との共演盤で、同年5月3日に大阪フェスティバルホールで行われたコンサートの模様を収録。 後にCBSソニーレーベルから再発売。

       

  14. 若者 / フォーリーブス (1974年11月21日)
      収録曲『恋のランナー』は、元々はスクールメイツのナンバー。 また、当時のジャニー喜多川は、北公次の名義を無断使用して多くの楽曲で作詞活動をしていたが、 当アルバム収録の『SHE (彼女)』は、ジャニー喜多川ではなく北公次自身が作った楽曲。

       

  15. FOUR LEAVES LIVE (1975年10月1日、ライブ盤)
      1975年8月12日の大阪フェスティバルホールでのリサイタルを収録。 ポスター付き。

       

  16. フォーリーブス:1965 〜 1975 (1975年12月5日、2枚組LP)
      ナレーション入り。 セピアカラーのポスター付き。

       

  17. フォーリーブス10周年記念 PART I (1976年7月21日)

       

  18. 一本の樹 (結成10周年記念PARTU。1976年11月21日。代表曲のメドレーも収録)

       

  19. フォーリーブス
      (1977年12月5日。ベスト盤。1968年〜1977年の集大成BOXセット。3枚組LP)

       

  20. LOVE FOREVER (1978年5月1日。ライブ盤。2枚組LP)
      渋谷公会堂でのコンサートを収録。 全編曲:いしだかつのり、渡辺茂樹。  収録曲『安全カミソリ』(北公次ソロ)の原曲は、森田童子の『逆光線』。

       


 青山孝 ソロ名義
  • 幸福という二文字 (読み方は「しあわせというふたもじ」。1977年10月1日)
      全13曲。ポスター付き。 青山自身が全て作曲し、その内6曲は作詞も担当した。
      なお、このアルバムに、更に1979年のシングル『季節の中の魚たち c/w 青春貴族』を加えたCD盤が、2009年3月17日にソニー・ミュージックダイレクトの「オーダーメイドファクトリー」レーベルより発売された。

       



客演アルバム

  • 初恋地獄篇 (1970年)
      天井桟敷レーベル第一弾アルバム。 120人の著名人が次々に初恋のエピソードを告白する「初恋告白 / 声の署名」に、北と青山が参加。 2004年12月25日にCDで復刻。
  • 世界へジャンプ! ハイソサエティ・サプライズ・プレゼント (1970年11月21日)

ソノシート

  1. ユーモア・ジョッキー (雑誌『女学生の友』1968年9月号付録)
      挿入曲はメンバー自身が演奏していると語っているが、本当に演奏しているかは定かでない。 一応担当楽器は、江木(ギター)、北(ドラム)、青山(エレクトーン)、おりも(ベース)となっている。
  2. ハロー リーブスです
      (雑誌『週刊セブンティーン』の創刊一周年記念特別サービスとして企画され、1969年5月20日号にてプレゼント告知。希望する読者全員に発送された)
  3. フォーリーブスとあなたのティー・ルーム
      (雑誌『別冊ティーンルック』創刊号付録、1970年3月)
  4. にんきスターとテレフォンデート
      小学館発行の雑誌『週刊少女コミック』にて、応募者全員に送られたソノシート。 森田健作、野口五郎、にしきのあきら、沖雅也、仲雅美の声も収録。
  5. フォーリーブスと13分

カセットテープ

  1. フォーリーブス ベスト20 (1973年 or 74年、アポロン音楽工業)
  2. フォーリーブスのすべて Vol.1 ('68〜'70) (1974年、12曲入り)
  3. フォーリーブスのすべて Vol.2 ('71〜'74) (1974年、13曲入り)
  4. 結成10周年記念 フォーリーブス総集編 (1976年3月21日)
  5. フォーリーブス・ライブ (1976年11月1日)
       編曲・演奏:村田勝美とスーパーエイジス。
  6. フォーリーブス ベスト・ヒット (1978年6月)

解散後から再結成までのリリース作

LPレコード / カセットテープ

  1. GOOD BYE (1978年10月21日、解散コンサートのライブ盤、2枚組LP)
      ジャケット写真には、フォーリーブスのメンバーの影に隠れてしまってはいるが、 中央にメリー喜多川が居り、チェック柄のスーツが少し写っている。

       

  2. THE BEST フォーリーブス (1978年11月1日、2枚組LP)
       4人それぞれのソロピンナップ付き。
  3. ザ・ベスト フォーリーブス (1979年6月21日、LPとカセットの2種)
  4. THE BEST フォーリーブス (1979年11月1日、2枚組LP)

CDアルバム

  1. 若者 / フォーリーブス (1994年5月21日。1974年発表のオリジナルアルバムの復刻版)
  2. アーリーシリーズ・ベスト・オブ・フォーリーブス (1997年9月21日)
  3. DREAM PRICE 1000・フォーリーブス オリビアの調べ
      (2001年10月11日、6曲入りのミニベスト)
  4. ザ・ベリー・ベスト・オブ・フォーリーブス (2002年1月17日)

再結成後のリリース作

CDシングル

  1. it's more 愛 (いつも愛) c/w 踊り子 2002 c/w 見上げてご覧夜の星を (2002年8月22日)
  2. 少年よ大志を抱け c/w Four leaves again c/w ブルドック2004 (2004年7月21日) 両A面シングル
  3. ずっと君を愛してた c/w Never Ending (2006年4月22日)

CDアルバム

  1. BROTHER
      (2004年10月31日。再結成後初のオリジナルアルバム。
       「少年よ大志を抱け IN STORE LIVE TOUR 2004」のDVD付き)
  2. ずっと君を愛してた 〜4人の絆は永遠に〜 (青山孝史追悼アルバム。2009年3月25日)

「オーダーメイドファクトリー」シリーズ

    (株)ソニー・ミュージックダイレクトが運営するWeb Shop「Sony Music Shop」にて、予約数が規定に達した場合にのみ、「オーダーメイドファクトリー」というレーベルからCD化されるという企画の、完全受注生産&通信販売限定シリーズ。
    全て過去作品の復刻盤であったが(ベスト盤の3作品は除く)、いずれもすぐに規定数に達してCD化された。 [1]
  1. フォーリーブス 1968 - 1978
      (ベスト作品。2006年8月27日。定価1万円。CD5枚組、全121曲。フォトブック付。BOX仕様。コンサート会場&通信販売限定商品)

       

  2. 少年たち 〜小さな抵抗〜 (2007年8月15日)
  3. 夏の嵐 〜第1章 光 / 第2章 影〜 (2007年9月18日)
  4. 明日なき友情 〜少年たちシリーズ〜 (2007年10月16日)
  5. 太陽からの少年 〜少年たちシリーズ〜 (2007年11月13日)
  6. 素足で駆けるとき 〜ある少年の記録〜 (2008年1月22日)
  7. 幸福という二文字
      (読み方は「しあわせというふたもじ」。 青山孝のソロアルバム。 2009年3月17日)
  8. フォーリーブス BEST OF BEST (2009年3月25日)
  9. フォーリーブス SUPER BEST (2009年3月25日)
  10. フォーリーブス・ライブ・ミュージカル 生きていくのは僕たちだ!
       (2010年8月18日。2014年に再発)
  11. 見上げてごらん夜の星を (2010年11月8日)
  12. スーパー・プレゼント (2011年2月5日)
  13. スーパー・プレゼント ’74 (2011年4月11日)
  14. ヒット・ヒット・ヒット + 青春 (2011年6月27日)
  15. 若者 + 一本の樹 (2012年2月1日)
  16. フォーリーブス ライブ (2012年5月20日)
  17. LOVE FOREVER (2012年12月25日。ライブ盤。2枚組CD)
  18. GOOD-BYE (2013年3月18日)

その他の参加楽曲

  • 「青い空青いからコカ・コーラ」 (1968年)
      コカ・コーラのCMソング。 後に2005年3月発売の2枚組オムニバスCD『コカ・コーラCMソング集 1962 - 89』に収録された。
  • 「電子鳥人Uバード」 (作詞:水野礼子、作曲:橋場清)、「銀河トリオのうた」 (作詞:島村葉二、作曲:橋場清)
      1971年8月2日 - 12月13日まで、テレビ朝日系にて放映されたアメリカのオムニバスアニメ『電子鳥人Uバード (原題:BIRDMAN AND THE GALAXY TRIO)』で使われたオープニング&エンディングテーマ。
      3話構成の30分番組で、うち2話が空飛ぶ超人「Uバード」の活躍を描いた『電子鳥人Uバード』、残る1話が3人組の活躍を描いた『銀河トリオ』だった。
      1994年9月28日発売のCD『ハンナ・バーベラ日本語版主題歌集』と、2002年4月24日発売のCD『ハンナ・バーベラ同窓会』に収録。

レコード化されていない楽曲

  • 映画 『初笑いびっくり武士道』の挿入歌 (1972年)
  • 「君のために」
      北公次主演のテレビドラマ『ボクは恋人』(1974年4月5日 - 9月27日、フジテレビ)の主題歌として使われた、北公次のソロボーカルによるテレビオンエアバージョン。  『君のために』は1974年2月1日に発売されたフォーリーブスのアルバム『スーパー・プレゼント ’74』に収録されているが、 レコードでは青山孝がソロで歌唱しており、テレビバージョンとはアレンジが違ってテンポも遅い。
  • 「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」
      ビートルズのカバー曲。1974年8月・9月にNHK『みんなのうた』にて流されていた。訳詞:黒木宏。
  • 日清食品・カップラーメン&カップ焼そば
      「ジョイカップ101(いちまるいち)」のCMソング (1975年)
  • 「青春に乾杯 (Pour Un Flirt)」
      原曲はミッシェル・デルペッシュ。 1977年8月14日放送のNHK『レッツゴーヤング』にて日本語訳でカバーした。訳詞:山上路夫。


ビデオ / DVD

ビデオ

  • カリキュラマシーン ベストソング・コレクション (1999年10月)
  • カリキュラマシーン ベストギャグ・コレクション (1999年10月)
  • 伝説のフォーリーブスが帰ってきた!
      (2002年2月。 同年1月29日の中野サンプラザでの再結成コンサートを収録)
  • ドキュメント 2002 〜 再結成から旅行会まで (2002年7月。120分。定価6,000円)
  • 2002 ファイナルコンサート
      (2003年。 2002年12月8日の中野サンプラザでのコンサートを収録。124分。全25曲。定価8,000円)
  • Four Leaves Concert Tour 2003 〜 BACK STAGE
      (リハーサル、バックステージ、旅行風景などを収めた60分作品)
  • four leaves private tour in new caledonia
      (DVDと同様に限定500本販売。5枚組トレカ付き)

DVD

  • 伝説のフォーリーブスが帰ってきた!
      (2002年7月。 同年1月29日に中野サンプラザ、更に同年5月24日に大阪厚生年金会館で行われた再結成コンサートを収録。定価:7,000円)
  • ディナーショー
  • 2002 ファイナルコンサート
      (2003年。 2002年12月8日の中野サンプラザでのコンサートを収録)
  • four leaves private tour in new caledonia
      (ビデオと同様に限定500本販売。5枚組トレカ付き)
  • Four Leaves 2003 BEST LIVE ! !
      (2004年3月25日・100分。1000本限定販売。BOX仕様で64ページのブックレット付き。
       2003年12月21日に東京・中野サンプラザで行われたステージを収録)
  • カリキュラマシーン ベストセレクション VOL.1〜4 (2004年4月)
  • Four Leaves 〜Boys of Summer!〜
      (2004年・35分。 2004年8月8日に明治神宮野球場で行われた花火大会でのライブイベント「ハナビアンナイト」に出演した時のステージを収録)
  • The Coca-Cola TVCF Selections ’62〜’86 (2009年8月26日)
      フォーリーブスが1968年に出演したコカ・コーラのCMが収録されている。


書籍

著書

  • フォーリーブスの伝説 (1976年8月、泰流社) ジャニー喜多川による文章も掲載
  • 抱きしめたい 〜 I wanna hold your heart (2003年1月31日、実業之日本社)
      2003年2月9日に出版記念握手会が福家書店銀座店にて開催された。
  • みあげてごらん 〜いつも愛〜 (2004年3月25日、スタジオワープ)
      4人が作と文を担当した絵本。

ムック

  • 近代映画 グループ・サウンド 〜 ウエスタン・カーニバル 夢のステージ
       (近代映画・1968年10月号、近代映画社)
  • 増刊セブンティーン フォーリーブス & ヤングアイドル特集号
       (週刊セブンティーン・1972年8月25日増刊、集英社)
  • 増刊セブンティーン アイドル・ビッグ4特集号 (週刊セブンティーン・1973年8月25日増刊、集英社)
       郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎も掲載。

写真集

  • フォーリーブス イン U.S.A. (1972年12月、講談社)
  • フォーリーブス メモリアル写真集 〜 live in our hearts forever (2009年3月29日、講談社)

連載企画

  • スター小説 フォーリーブス物語 (『週刊マーガレット』 1970年1月25日号 - 7月5日号、全23回、集英社)
  • フォーリーブス解剖シリーズ (『週刊マーガレット』 1970年8月30日号 - 10月4日号、全6回、集英社)

関連書籍

  • フォーリーブス・ソングブック (1974年、CBSソニー出版部・エイプリルミュージック)
      デビュー曲から『あしたの悩み』まで、全33曲のギターコード付き楽譜集。 スナップ写真や裏話も掲載。
  • フォーリーブス 青春共和国 (1977年3月、ペップ出版) ファンからの投書集
  • VOW王国 〜 青春篇 (2001年12月、宝島社)
       再結成記念インタビュー「4人合わせて199歳」を掲載。
  • プロデューサー (酒井政利 著、2002年、時事通信社)



約12年間の主なあゆみ

出典:CD-BOX『フォーリーブス 1968 - 1978』の付属小冊子より改訂

1966年

  • 4月27日 北公次が、日活映画『青春大統領』にジャニーズの付き人役で出演。 当時はまだ本名で、「松下公次 (ジャニーズ・ジュニアー)」名義での出演だった。

1967年

  • 1月 北公次、江木俊夫、おりも政夫、永田英二の4名で結成。
  • 4月 ジャニーズのシングル『太陽のあいつ』のバックダンサーを務める。
  • 6月〜7月に10日間  大阪フェスティバルホールで公演されたジャニーズ主演のミュージカル『いつか何処かで 〜 フォーリーブス物語』に、渡辺茂樹を加えた計5名で「ジャニーズ・ジュニア」として出演。 ミュージカル終了後に渡辺は脱退。
  • 8月 ジャニーズの前座として、「日劇ウエスタン・カーニバル」に初出演。 この時初めて「フォーリーブス」のグループ名を名乗る。
  • 10月 初のレギュラー番組『プラチナゴールデンショー』へ出演するに当たり、リードボーカルでもあった永田英二が当時小学生だったため、「夜のテレビ番組に出演できない」との名目で急遽、 青山孝とメンバーチェンジ。(実際のチェンジ理由は、ジャニー喜多川が永田をソロとして売り出したくなったため)

1968年

  • コカ・コーラのCMに出演。
  • 9月5日 CBSソニーの国内アーティスト第1号として「オリビアの調べ c/w 壁のむこうに」でレコードデビュー。

1969年

  • 6月 雑誌『ティーンルック』の7月1日号より、誌上ミュージカル「フォーリーブスのウエストサイド物語」の連載を開始。
  • 9月 ヨーロッパへ初めて海外旅行。
  • 12月 「レッツ・ゴー フォーリーブス」と題し、ミュージカル「少年たち」、「オオ・マイ・ママ」の2作品を上演。(大阪フェスティバルホール、日生劇場)

1970年

  • 5月30日&6月1日 少年たちシリーズ第2作ミュージカル「少年たち 〜完結篇〜」上演。
  • 9月 永田英二と共にアメリカへ23日間のレッスン旅行。
  • 11月5日 TBSの音楽番組「ギャグジカル ジュンとヨッパ」に、 井上順(当時:井上順之)と共にレギュラー出演。
  • 12月 - 1971年1月 ミュージカル「100メガトンの希望 (当初の仮タイトル:希望の翼)」上演。
  • 12月31日 NHK紅白歌合戦に初出場し「あしたが生まれる」を歌う。

1971年

  • 少年たちシリーズ第3作ミュージカル「素足で駆けるとき」上演。
  • 1月10日未明 北の2歳年上の兄・弘さんが事故で亡くなる。
  • 1月14日 青山の母が高血圧による心臓発作で亡くなる。
  • 2月21日&28日 日本テレビ「おれは男だ!」第1・2話にゲスト出演。(シングル曲『約束』を劇中で披露)
  • 4月 少年たちシリーズ第4作ミュージカル「太陽からの少年」上演。
  • 5月 TBS「ロッテ 歌のアルバム」にレギュラー出演。
  • 7月16日 4人でTBSの単発ドラマ「ヒヤヒヤ一泊旅行」に出演。
  • 8月 少年たちシリーズ第5作ミュージカル「明日なき友情」上演。
  • 9月 アメリカで「はじめての世界で c/w ちょと待て下さい」と、US版7inchプロモの「SEASON OF THE SUN c/w CHOTTO MATTE KUDASAI」&「DON'T LET THE SUN CATCH YOU CRYING」をレコーディング。
  • 10月29日&31日 少年たちシリーズ第6作ミュージカル「生きていくのは僕たちだ!」を帝国劇場で上演。(大阪・名古屋公演も有り。文化庁芸術祭参加作品)
  • 11月 ロサンゼルスで出演した“グレン・キャンベル・ショー”のVTRが放送。
  • 12月31日 NHK紅白歌合戦出場2回目「地球はひとつ」を歌う。

1972年

  • 3月 ミュージカル・コメディー「おかしな童話」上演。
  • 4月6日 テレビ東京「歌え!ヤンヤン ! !」にレギュラー出演。(青山がテーマ曲を作曲)
  • 5月1日 フジテレビ「青春を突っ走れ」第5話にゲスト出演。
  • 5月 バラエティーショー「フォーリーブスと遊ぼう」公演。
  • 8月 - 9月 ミュージカル「僕がうたうとき!」上演。
  • 12月 - 1973年1月 ミュージカル「星に帰った若者」上演。
  • 12月31日 NHK紅白歌合戦出場3回目「夏のふれあい」を歌う。

1973年

  • 4月 青山がNHKドラマ「銀座わが町」に出演。
  • 4月 「エキサイティングショー」公演。
  • 6月 結成7周年記念ミュージカル「見上げてごらん夜の星を」上演。(南沙織と共演)
  • 8月、ファンの女子中学生グループが売春をしておっかけ費用を稼いでいた事件で書類送検。
  • 10月 結成7周年記念として、大阪球場で日本人初の「ナイター・コンサート」開催。
  • 10月 日本テレビ「とことんやれ大奮戦!」レギュラー。(1974年3月まで)
  • 10月5日 北主演のフジテレビの連続ドラマ「ボクは女学生」スタート。(主題歌は北のソロ曲「愛と希望の街」)
  • 11月 江木がテレビ朝日のドラマ「野菊の墓」に主演。
  • 12月14日 TBS「お姉ちゃん」第2話にゲスト出演。
  • 12月31日 NHK紅白歌合戦出場4回目「若いふたりに何が起る」を歌う。

1974年

  • 4月1日 日本テレビ「カリキュラマシーン」レギュラー。
  • 4月5日 北主演のフジテレビの連続ドラマ「ボクは恋人」スタート。(主題歌は北公次のソロ曲「君のために」。レコードでは青山孝のソロ曲)
  • 4月7日 NHK総合「レッツゴーヤング」レギュラー。
  • 5月3日・4日・19日 「フォーリーブス・郷ひろみ ジョイントリサイタル」開催。
  • 7月20日 主演映画「急げ!若者」公開。 舞台挨拶も行った。
  • 8月2 - 18日 「’74夏 フォーリーブス リサイタル」、およびミュージカル「発射前17時間」を上演。
  • 12月31日 NHK紅白歌合戦出場5回目「急げ!若者」を歌う。

1975年

  • 1月4日&7日 オリジナルミュージカルプレイ「友情」を含んだ「フォーリーブス リサイタル ’75」を上演。
  • 4月5日 - 9月27日 おりもが日本テレビのドラマ「ほおずきの唄」に出演。
  • 4月9日 おりもがレギュラー司会のテレビ朝日「ベスト30歌謡曲」スタート。
  • 4月13日 - 9月28日 日本テレビの歌謡番組「ヒット ’75」にて4人で司会を担当。
  • 7月 北が「カリキュラマシーン」の収録中にバック転をミスして転倒。全身打撲、右瞼裂傷、生爪剥離など、全治1ヶ月の重症を負う。
  • 8月 おりものレギュラーラジオ番組「ロッテ 集まれ!ヤンヤン 熱気でムンムン!」スタート。(ニッポン放送、公開録音番組)
  • 12月31日 NHK紅白歌合戦出場6回目「ハッピーピープル」を歌う。 (テンプテーションズの1974年の曲『HAPPY PEOPLE』のカバー)

1976年

  • 1月15日、常磐ハワイアンセンターでのショーにて、16歳の少女が興奮のあまりに失神死。
  • 3月 ミュージカル「少年たちパートU 〜 青春の光と影」上演。
  • 4月3日 - 9月 おりもが日本テレビの恋愛バラエティ番組「ヒット ’76 ショッキング!ドッキング!」にてレギュラーインタビュアー。
  • 6月 北主演のTBSの連続ドラマ「美しき殺意」スタート。
  • 6月 第5回 東京音楽祭にて、『魅せられし魂』でゴールデンカナリー賞を受賞し、東京音楽祭世界大会に参加。(世界大会では受賞ならず)
  • 7月 江木がテレビ朝日「チビらサンデー」のレギュラー司会。
  • 8月 日本テレビ音楽祭 特別賞受賞。
  • 8月 ミュージカル「ウェルカム・トゥ・ザ・ショー フォーリーブス物語」上演。
  • 10月 日本歌謡大賞 特別賞受賞。
  • 12月31日 NHK紅白歌合戦出場7回目「踊り子」を歌う。

1977年

  • 北主演の連続ドラマ「ボクは女学生」が香港で放送。
  • 4月2日 北が東宝映画『悪魔の手毬唄』に出演。
  • 4月3日 日本テレビ「小さなスーパーマン ガンバロン」にゲスト出演。
  • 5月 おりもがソロレコード「めぐりあう時に」発売。
  • 5月 おりもがフジテレビ「君こそスターだ!」のレギュラー司会。
  • 8月26日 青山がロサンゼルスにて、元ミス・ユニバース日本代表でハーフの嶋田じゅん(本名:島田純)と挙式。
  • 10月 香港のソー・シアターにて「フォーリーブス・ショー」を上演。

1978年

  • 北主演の連続ドラマ「ボクは恋人」が香港で放送。
  • 1月 北がTBSドラマ「人間の証明」に出演。
  • 春 神田警察署の「1日警察署長」を4人揃って務める。
  • 4月 北公次の妹が入籍。
  • 4月8日 江木が東映映画「多羅尾伴内」に出演。
  • 4月 おりもがフジテレビ「土曜ワイドスペシャル」にて総合司会。
  • 5月29日 「沖縄救癩(きゅうらい)チャリティ・コンサート」(主催:常磐会)に出演。
  • 6月3日 - 7月29日 おりもがNHK「コメディ公園通り 〜 愛は一つ恋は五つ」に出演。
  • 6月 青山が帝劇「マイフェアレディー」にフレディ役で1ヶ月公演。
  • 7月26日 解散コンサートツアー「フォーリーブス・ラブ・フォーエバー」公演が、福岡から始まる。(全国17会場)
  • 8月27日 テレビ東京「日曜ビッグスペシャル」枠にて解散ツアーの模様をテレビ放送。ジャニー喜多川や郷ひろみも出演。(再放送もあり)
  • 8月29日 NHKでの特別番組「ビッグショー 〜 フォーリーブス 最初で最後の夜」放送。(再放送もあり)
  • 8月31日 新宿の東京厚生年金会館にて解散コンサート。約12年間の歴史に幕を閉じる。


関連項目



外部リンク










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