ジャニーズJr. - ジャニーズ百科事典
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ジャニーズJr.

ジャニーズJr.(ジャニーズ・ジュニア)とは、ジャニーズ事務所に所属するタレント集団である。  同事務所の公式ホームページにて、プロフィールページが設けられていないタレントを指す総称。  「ジャニーズ・ジュニアー」、「ジャニーズ・ジュニアーズ」、「ジャニーズJR.」などの表記が使われていた時期も存在する。

現所属者と退所者を混合で、生年順に取り上げる。
名前の漢字の読みは「ジャニーズJr. 一覧 (五十音検索)」の項目を参照。


目次



概要

  • 主としてジャニーズ事務所に所属するタレントのバックダンサーを務める。

  • Jr.のメンバーたちは、メジャーデビューを目指して個人同士、あるいはユニットごとに切磋琢磨し、学業や多忙な活動の合間を縫ってダンスなどのレッスンに励む。 しかし、メジャーデビューできる者はごくわずかな狭き門である。
    入所年齢はどんどん低年齢化し、小学生での入所が珍しくなく、高校生になると退社する者が顕著である。

  • 関東のJr.は基本的に「ジャニーズJr.」と呼ばれ、敢えて“関東”や“東京”を付けることは無いが、ファンの間では関西Jr.との違いを付けるために、“関東”や“東京”を付けて呼ぶことがある。 また、関西や名古屋のJr.は関東のJr.と比較するため、「関西ジャニーズJr.」や「名古屋ジャニーズJr.」と呼ばれている。
    名古屋Jr.はテレビや雑誌への露出が少ないため、事務所の入退所状況が分かりにくく、在籍者が不明なことが多い。 名古屋Jr.の主な活動は、愛知県周辺で先輩がコンサートをする際のバックダンサーである。 上京などを理由に関東Jr.に移籍する場合があり、逆に関東Jr.や関西Jr.から名古屋Jr.になる者もいる。

  • また、ジャニーズJr.を
      「Fresh Jr. (フレッシュ・ジュニア)」 (通称:フレジュ)
      「Little Jr. (リトル・ジュニア)、LittleチームちびっこJr.など」 (通称:チビジュ)
      「Middle Jr. (ミドル・ジュニア)」
      「Johnny's Sr. (ジャニーズ・シニア)」
    などの枠組、階層で分けたり、レッスン生をダンスのレベルによってアルファベットで区別し、一定試験をクリアしたらJr.に昇格出来るなどの体系も存在する。

  • ジャニーズJr.の枠にまだ正式に入らない段階の者は、「研修生」(別名:レッスン生。通称:レッ生)と呼ばれる。 古くは、「芸研ジャニーズ」や「ジャニーズ・芸研グループ」などの名で存在していた。

  • その他、ジャニーズ事務所に所属するグループのコンサートでバックダンサーの手伝いをするだけの「コンサートJr.」も存在する(主に名古屋や関西の現場に多い)。 彼らは事務所に所属している訳ではなく、元ジャニーズJr.や他者からの繋がりで集まった者たちであるが、ここから正式にジャニーズJr.へ復帰、昇格する場合もある。 また、違う事務所の子役からジャニーズJr.になるというケースも少なくない。
    海外でも、2000年2月のKinKi Kidsのアジアツアーを皮切りに、台湾と香港でコンサートJr.のオーディションが行わることがあり、そこで選ばれた現地人によるコンサートJr.は、「台湾Jr.」、「香港Jr.」と呼ばれた。  なお、2001年5月に選ばれた台湾Jr.の中には、後に関西Jr.を経て「ジャニーズWEST」のメンバーとなる中間淳太も在籍した。

  • ジャニーズJr.には正式なファンクラブは無いが、それに準ずるものとして「ジャニーズジュニア情報局」がある。  CDデビューを果たすなどして、公式ファンクラブが発足された者はジャニーズJr.とは呼ばれなくなり、Jr.から卒業と見なされる。

  • また、過去に存在した「ジャニーズJr.」名義でのグループとして、1963年結成のバンド「ジャニーズ・ジュニア」と、1973年結成の「ジャニーズ・ジュニア (第1期生)」がある。

    1. 1963年に結成されたバンド「ジャニーズ・ジュニア」(便宜上での初代Jr.)は、「ジャニーズ」のバックバンドであり、ジャズ喫茶などでのライブ活動も行っていた。
          
      当グループを“最初期のジャニーズJr.”、“事実上のジャニーズJr.第一期生”という見方も出来るが、その後のジャニーズJr.の定義からは外れたバンド専門のグループに当たるため(ただし松下公次だけは正式なJr.枠)、あえて当サイトでは、Jr.の一覧表にこのバンドメンバーの名前は記載しない。

    2. 1972年12月に結成された「ジャニーズ・ジュニア (第1期生)」とは、フォーリーブス郷ひろみのバックダンサーとして活動していたグループを指す。
      まず最初に、1971年から1972年にかけて、「ジャニーズJr.」の呼称が一時消滅していた時期がある。 その間のJr.は、「ジューク・ボックス・ジュニア」と呼ばれており、1971年8月のミュージカル『少年たちシリーズ第5作 〜 フォーリーブス・ミュージカル 明日なき友情』、 1972年1月〜3月のミュージカル『少年たちシリーズ第6作 〜 フォーリーブス・ライブ・ミュージカル 生きていくのは僕たちだ!』(1971年10月公演には不参加)、 1972年12月のミュージカル『フォーリーブス物語 〜 星に帰った若者』などに出場していた。
      そして、1972年12月より郷ひろみの看板番組『ひろみと共に』(テレビ東京。毎週金曜正午からの30分番組)に当時のJr.たちがアシスタントとしてレギュラー出演を開始した時から、ジャニーズJr.の呼称が復活した。  翌1973年5月5日 & 6日に日本劇場で行われた『第49回 ウエスタン・カーニバル 郷ひろみショー』にも、板野俊雄、林正明、畠山昌久、山縣孝良、鈴木寛の5名で「ジャニーズ・ジュニア」として登場(このステージでは小坂まさるはソロ名義で出演)。  これが後にグループとしての「ジャニーズ・ジュニア (第1期生)」となっていく。
      途中、メンバーの増減があったが(鳥越晃、原川吉臣、鈴木節夫、池田洋などが一時参加)、基本的に9名のJr.(小坂、板野、林、畠山、山縣、鈴木寛、柏木孝夫、近藤純市、吉田義久)に定着したため、ジャニーズ・ジュニア第1期生は「9人ジュニア」という俗称でも呼ばれる。
          
          
      この9名で、ジャニーズ事務所の自主制作による2枚組ライブLP『フォーリーブス・郷ひろみ ジョイント・リサイタル』に参加したり、フォーリーブス主演の映画『急げ!若者 TOMORROW NEVER WAITS』(1974年7月、東宝)や、北公次主演の連続テレビドラマ『ボクは恋人』(1974年7月からの参加、フジテレビ)などにも出演していた。  当時は、「1、2、3、4、郷ひろみ! 6、7、8、9、ジュ〜ニア!」という応援コールもあった。
      しかし1974年夏、ジャニー喜多川は9名のジュニアを3名(板野、林、山縣)と6名(小坂、近藤、畠山、鈴木、吉田、柏木)に分割し、3名の方にだけ「ジュニア・スペシャル」という新しい名称を与えた。 この采配が引き金となり、紆余曲折を経て、9名中の6名(小坂、近藤、山縣、鈴木、吉田、柏木)がバーニングプロダクションへ移籍して「メッツ」を結成。 ジャニーズ事務所に残った3名(板野、林、畠山)も「JOHNNYS' ジュニア・スペシャル(通称:JJS)」を結成し、それぞれレコードデビューした。(詳細はそれぞれの項目を参照)

  • 上記の「ジャニーズ・ジュニア 第○期生」という呼称は、1976年に入所した第7期生で最後となる。 そしてジャニー喜多川は1978年の「JOHNNYS' ジュニア・スペシャル」解散以降、“ジャニーズ・ジュニア”の呼称を意図的に封印する(錦織一清がラジオで言及)。  その間ジャニーズJr.は、ファンたちからは「ジャニっ子」、事務所内では「ジャニーズ少年隊」と呼ばれていた。
    1981年になり、「ジャニーズ少年隊」の名前を使った単独のグループが結成される(少年隊の前身グループ)。  これにより、ジャニーズJr.は「ジャニーズ・ジュニアーズ」という名称で復活する。 テレビ東京の『ザ・ヤングベストテン』(1981年10月6日 - 1982年9月21日)や『レッツGOアイドル』(1982年10月16日 - )にて、この名称で登場。  その後、「ジャニーズ・ジュニア (ジャニーズJr.)」の名称へと戻っていった。
    1990年代半ばには、番組名に「ジュニア」の名を冠したテレビ番組を持ち、その後も東京ドームなどの3大ドームや日本武道館でコンサートを行うほどの人気を獲得している。
    この他、少年隊のバックを務めるJr.に対する総称として、「少年隊ジュニア」や「少年忍者」、 ユニットに所属していないJr.に対する総称として「Jr.BOYS」という名称も存在した。(ただしいずれも、単独グループの名称としても使われている。詳細は各リンク先を参照)
    嵐のバックを務めるJr.に対する総称としては、「嵐組」も存在した。



ジャニーズJr. 一覧 (関東組)



関西ジャニーズJr. 一覧

愛称:関ジュ関ジュニ。  関西Jr.の入所日順のリストは、「入所日順リスト」を参照。



名古屋ジャニーズJr. 一覧

詳細は 名古屋ジャニーズJr. 一覧 を参照。



元気Jr.

詳細は 元気Jr. を参照。



研修生一覧

詳細は 研修生一覧 を参照。



ゲスト参加者

「ゲスト」とは、ジャニーズJr.である友人の付き添いや、他のプロダクションからの出向などで、ダンスレッスンを体験させてもらった者。 つまり、ジャニー喜多川による審査を通らずにレッスンに参加した者。

五十音順

  • 大崎丈二 (後の高知東生 〔たかち のぼる〕)
      おおさき じょうじ。 1964年12月22日生まれ。高知県高知市与力町出身。身長:180cm。B型。左利き。 高知市立追手前小学校、私立明徳中学校(後の明徳義塾中学校)、私立明徳高校(後の明徳義塾高校)卒業。
      1990年代後半に関西ローカルのトーク番組にて、「かつてジャニーズ事務所に所属し、ジャニーズJr.としてレッスンを受けていたことがある」と自ら告白。 また、周りの友人たちにも「自分は元ジャニーズ」と告げている。 しかし実際はジャニーズJr.だった訳ではなく、レッスンにゲスト参加していただけであった。  高知は19歳で上京した後、六本木で5歳年下の大沢樹生(当時未成年)と知り合って飲み仲間となり、大沢に頼み込んでジャニーズJr.のダンスレッスンに数回潜り込ませてもらっていた。

         

  • 高松○○
      1966年生まれ。神奈川県厚木市出身。厚木市立林中学校卒業。
      中学時代の同級生でジャニーズJr.の平本淳也と時田孝明(後の安藤孝秋)に付き添い、高校時代に4〜5回レッスンに参加した。 器械体操が非常に得意で、東山紀之にスワン(伸身バック宙)を伝授したのはこの高松だった。
  • 中山秀征

       

  • 山根健一

       



『Johnny's Jr. 名鑑』

詳細は 『Johnny's Jr. 名鑑』 を参照。



関連項目



外部リンク








出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より改訂
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