ジャニーズ事務所 - ジャニーズ百科事典
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ジャニーズ事務所

株式会社 ジャニーズ事務所Johnny & Associates, Inc.) とは、日本で最大手の
男性アイドル専門の芸能プロダクションである。 同族経営。


企業番号 291723497
種類 株式会社
略称 ジャニーズ
本社所在地 日本
107-0052
東京都渋谷区渋谷3-29-24
MTBビル
公式HP 「Johnny's net」
(通称:ジャニネ)
http://www.johnnys-net.jp/
有料のモバイル公式サイト
「Johnny's web」
(通称:ジャニウェブ、ウェブ)
http://www.johnnys-web.com/
ジャニーズファミリークラブ
会員限定サービスサイト
https://www.fc-member.johnnys-net.jp/
設立 1964年(昭和39年)6月29日創業
1975年(昭和50年)1月30日法人登記
業種 芸能プロダクション
代表者 代表取締役社長
ジャニー喜多川 (喜多川擴)
資本金 80億円 (法人登記時は1,000万円)
主要株主 ジャニー喜多川 60%
藤島メリー泰子 10%
藤島ジュリー景子 10%
伊豆喜久江 10%
主要子会社 株式会社 ジャニーズ・エンタテイメント
株式会社 ジェイ・ストーム
株式会社 ジェイ・ドリーム
株式会社 ジャニーズ出版
株式会社 ヤング・コミュニケーション
株式会社 東京・新・グローブ座


目次




所在地変遷

  • 東京都豊島区西池袋1-3-6 (1960年代当時の住所表記:豊島区雑司ヶ谷7-967。1966年より「雑司ヶ谷7丁目」が「西池袋1丁目」の表記に変更)
     「新芸能学院芸研)」名義
      (兼 合宿所、およびレッスン場。1962年より。 豊島区西池袋1-3-6の芸能事務所「名和プロダクション」が同地で運営していたタレント養成所が「新芸能学院」で、更にその中でジャニー喜多川が開設していた特別クラスの名称が「芸研 (芸能研究の略)」。  ジャニーは1964年6月28日付で「新芸能学院 (芸研)」を離れ、翌29日に「ジャニーズ事務所」を創業。 なお、名和プロダクションは2011年〜2012年頃に廃業し、西池袋の社屋も取り壊された。
         
           ↓
  • 東京都新宿区四谷3-1-3-2F
      (兼 合宿所。 1Fはお茶漬け屋〔元はメリー喜多川が経営していたカウンターバー「スポット」〕。 建物は既に解体され、「第1富澤ビル」に)
           ↓
  • 東京都渋谷区神宮前2-21-21 御子柴ビル
      (兼 合宿所。 建物は2000年代後半に解体され、マンション「クラヴィーア神宮前」に)
           ↓
  • 東京都渋谷区代々木1-37-3 岩崎ビル3F
      (兼 合宿所、およびレッスン場。1968年の春まで)
           ↓
  • 東京都渋谷区神宮前2-18-13 八鋼寮2F
      (兼 ジャニーズ事務所後援会、および合宿所。
       1971年まで。1Fは寿司店。建物は既に解体されて民家に)
           ↓
  • 東京都渋谷区渋谷1-17-3 木下ビル(別名:プリンスマンション)601号
      (兼 後援会、および合宿所。1971年の短期間。合宿所としてはその後も継続)
           ↓
  • 東京都港区赤坂8-10 日本住宅公団「赤坂アパート」1号棟503号
      (兼 後援会。建物は既に解体。1971年の短期間)
           ↓
  • 東京都渋谷区広尾1-1-22 恵比寿グリーンハイム204号 (兼 後援会。1971年から)
           ↓
  • 東京都港区青山3-3-7 日本住宅公団 北青山三丁目アパート1001号
      (1973年から。物件名は後に「UR都市機構 北青山三丁目市街地住宅 第一青山ビル」に改称)
           ↓
  • 東京都港区六本木5-13-13 フォンテーヌ・ビル2F
      (1974年春から。通称:フォンテ。 このビルの地下深くには、客席数109席の小劇場「アトリエ・フォンテーヌ」があり、そこではファンの集いも開催された。  この「アトリエ・フォンテーヌ」は1976年1月にオープンし、坂本九「見上げてごらん夜の星を」や、ジャニーズの「太陽のあいつ」などで知られる作曲家・いずみたくが創立した劇団「ミュージカルカンパニー イッツフォーリーズ」の本拠地にもなっていた。 宮崎あおい主演のテレビドラマ『ケータイ刑事 銭形愛』の第7話(2002年11月17日放送、BS-TBS)のロケ地としても使用されたが、建物の老朽化に伴い、2012年6月30日で閉館。建物も同年中に解体)
           
    東京都港区六本木5-13-12 (「ジャニーズ事務所後援会」)
      (上記フォンテーヌ・ビルの右隣に存在したアパート。建物は既に解体)
           ↓
  • 東京都港区赤坂8-5-24 赤坂エイトビル3F
      (建物は既に解体。 最寄り駅は「青山一丁目駅」と「乃木坂駅」)
           ↓
  • 東京都港区六本木2-3-9 亀甲ビル7F & 8F
      (当時、同ビルには関連会社も入居していた。7Fに「ジャニーズ出版」、5Fに「ヤング・コミュニケーション」。
      当ビルは1965年10月築の8階建。オーナーは、亡き女優・夏目雅子の母親の小達 (おだて) 氏で、当ビルが建つ前は同地にて雑貨商「亀甲屋」を営んでいた。 ジャニーズ事務所の撤退後、7Fは「夏目雅子ひまわり基金」(設立:1993年12月)の事務所となった。
      当ビルは2011年に解体。 同地にて、「アパホテル 六本木一丁目駅前」が同年11月にオープンした。
      なお、「夏目雅子ひまわり基金」は2009年頃に港区赤坂2-20-13 赤坂ヒルサイド202号へ移転。 2012年1月11日より一般財団法人として認可。  そして2015年に、小達氏が台東区上野1-3-7に在った既築ビルを買い取り、名称も六本木時代と同じ「亀甲ビル」に変更。 これにより、「夏目雅子ひまわり基金」は同ビルの3Fへと移った。
      また、夏目雅子の実兄の妻が元キャンディーズの田中好子であったことから、3Fの同じ事務所スペースにて、「田中好子“いつもいっしょだよ”基金」(設立:2012年4月8日)も同時に運営。
           ↓
  • 東京都港区赤坂8-11-20
      (1998年4月から。 創業以来初の自社ビル。自社ビルと言っても建設した訳ではなく、競売に付されていた中古の地下2階、地上3階建てを1997年に約10億円で購入した物。 最寄り駅は「乃木坂駅」)
           ↓
  • 東京都渋谷区渋谷3-29-24 MTBビル (2016年9月から)


所属タレント

ソロタレント

芸能界デビュー順


グループタレント

  • 少年隊
  • TOKIO
    • 城島茂 山口達也 国分太一 松岡昌宏 長瀬智也

  • V6
     20th Century
    • 坂本昌行 長野博 井ノ原快彦
     Coming Century
    • 森田剛 三宅健 岡田准一

  • KinKi Kids
    • 堂本光一 堂本剛

    • 大野智 櫻井翔 相葉雅紀 二宮和也 松本潤

  • タッキー&翼
    • 滝沢秀明 今井翼

  • NEWS
    • 小山慶一郎 増田貴久 加藤シゲアキ 手越祐也
     テゴマス
    • 増田貴久 手越祐也

  • 関ジャニ∞
    • 横山裕 渋谷すばる 村上信五 丸山隆平 安田章大 錦戸亮 大倉忠義

  • KAT-TUN
    • 亀梨和也 上田竜也 中丸雄一

  • Hey! Say! JUMP
     Hey! Say! BEST
    • 薮宏太 木雄也 伊野尾慧 八乙女光 有岡大貴
     Hey! Say! 7
    • 岡本圭人 山田涼介 中島裕翔 知念侑李

  • Kis-My-Ft.2
    • 北山宏光 横尾渉 藤ヶ谷太輔 宮田俊哉 玉森裕太 二階堂高嗣 千賀健永
     舞祭組
    • 横尾渉 宮田俊哉 二階堂高嗣 千賀健永

  • A.B.C-Z
    • 五関晃一 戸塚祥太 塚田僚一 河合郁人 橋本良亮

  • Sexy Zone
    • 中島健人 菊池風磨 佐藤勝利 松島聡 マリウス葉

  • ジャニーズWEST
    • 中間淳太 濱田崇裕 桐山照史 重岡大毅 神山智洋 藤井流星 小瀧望

  • ジャニーズJr.
  • 研修生

既婚タレント

現所属タレントの内、婚姻歴のある者。

  • 近藤真彦  植草克秀(2度結婚)  東山紀之  岡本健一(離婚)  木村拓哉
    山口達也(離婚)  国分太一  長野博  井ノ原快彦  風間俊介  後藤泰観  以上11名。


退社したタレント

以下の各項目を参照




沿革・特色

設立

  • 後にジャニーズ事務所を設立して社長となる喜多川擴 (ジャニー喜多川)は、アメリカに滞在していた高校時代にロサンゼルスの老舗劇場 [1] にて音楽監督 [2] のアシスタント(雑用係)のアルバイトをしており、袖口から様々なステージを観ている内に、エンターテインメントに感銘を受ける。

  • ジャニー喜多川は日本へ帰国後の1960年代初頭、知人が野球チームを作っていたことに影響され、自らも少年野球チームを作る。 近所の少年たち約30名を集め、当時自分の住んでいた東京の在日米軍施設「ワシントンハイツ」(後の代々木公園)にてコーチをしていた。 そのチーム名は、「オール・ヘターズ」、「オール・エラーズ」を経て、喜多川擴のアメリカ国籍でのニックネーム「ジャニー」から採った「ジャニーズ」に落ち着いた。  このチームのメンバーには、浜田光夫、小畑やすし、設楽幸嗣らも居り、応援団には松島トモ子までもが居た。  しかもプロ球団や力道山などに支援されていて、練習場も後に池袋の立教大学のグラウンドへと移行した。

  • 1962年1月の日曜日、雨が降って野球の練習が中止になったため、ジャニー喜多川は、チームの球拾いをたまにしていた仲良しグループ4人組を誘い、映画『ウエスト・サイド物語』に連れて行く。 当時の人気子役で野球チームのメンバーでもあった設楽幸嗣の父親が支配人を務める映画館で、特等席を取って映画を観せた所、少年たちは映画に熱い感動を覚え、その後も4人揃って映画館に通い、計13回も観ることとなった。
    ちょうどこの当時、若い女性から“身近な男の子”として絶大な人気を集めていた男性アイドルコーラスグループ「スリーファンキーズ」の姿に触発されていたジャニー喜多川は、『ウエスト・サイド物語』に感動した少年たちをアイドルに育てるため、同年4月にグループ「ジャニーズ」を結成させる。

  • 結成当初は、池袋南口の芸能プロダクション「新芸能学院名和プロダクション)」に籍を置き、そこでジャニーズの4人にレッスンをさせるべく、ジャニー喜多川は学院内に特別クラス「芸研」を設けていたが、1964年6月29日に独立し、「ジャニーズ事務所」を創業した。 (ただし、最初の頃は渡辺プロダクションと業務提携をしながらジャニーズをマネジメントしていたため、当時の渡辺プロダクション関連の資料には「ジャニーズ」の名前が一部記されている。また、当時のジャニー喜多川は、渡辺プロダクションの創業者・渡辺晋の運転手も務めていた)
    最初はジャニー喜多川の個人事務所としての役割でスタートしたため、正式な会社名などは特に決まっておらず、単に“「ジャニーズ」が所属している事務所”の意味でこの名称が使われていた。

  • 一方、姉のメリー喜多川は、1950年代から四谷三丁目の円通寺坂入口右手の角にあった「スポット」という名のカウンターバーを経営しており、バーの客だった東京新聞記者(後に作家)の藤島泰輔と結婚。  そして、弟のジャニーが事務所を興すと、メリーもバーを閉店し、事務所の経理を担当するようになった。
    以降、ジャニーとメリーの姉弟は、一躍“ジャニーズ帝国”を築き上げることとなる。

  • 1975年1月、正式に株式会社として法人登記。
    なお、ジャニーズ事務所は一般的に“アイドルの事務所”と捉われがちだが、本来は“ミュージカル俳優の事務所”である。  また、男性タレント専門事務所とも認識されているが、かつては女性タレントも数名在籍していた(参照)。


隆盛期

ジャニーズ事務所の歴史には、いくつかの大きな「隆盛期」が存在する。 各時代においてその隆盛をもたらすきっかけとなったグループは以下の通り。



厳格な著作権・肖像権管理

  • 日本の芸能事務所の中でも肖像権の管理には厳しく、レコード会社、出演映画・ドラマ・CMの公式サイトで、 所属タレントの顔写真や動画をウェブページで使用することを制限している。そのため、シルエットや似顔絵、セットの画像に差し替えられている。

  • パソコンの壁紙、携帯電話の待受け画像、スクリーンセーバー等は、公式サイト上であっても、 所属タレントの顔写真を使用したものは現時点では、ほとんど作られていない。  なお、2006年より4年間ほど開設されていた台湾のジャニーズ公式サイト「Johnny's asia」では、一部加工されてはいたものの、所属タレントの顔写真が掲載されていた。

  • ジャニーズのタレントが出演した番組の再放送やDVD化の際にも権利関係が厳しく、ジャニーズのタレントが出演した回だけが、再放送やDVD化においてカットされる場合があり、番組自体のファンの間で不満が続出している。

  • 一部では、当初に比べて徐々に制限が緩くなった所(コマーシャルが中心)もあり、エイベックスやジャニーズ・エンタテイメントでは右クリックの禁止や、コンサート等への告知の際、対象タレントが発売しているCDジャケットをイメージ写真として掲載(掲載の際、必ずCDの製造番号も記載される)することを許可したり、ドラマや映画の公式サイトではトップページのみ(一部加工も含めて)Flashを用いるなど例外も出てきた。

  • 所属タレントの声まで露出が制限される場合もあり、香取慎吾がペンキ塗りロボット役でゲスト出演したテレビアニメ『アストロボーイ・鉄腕アトム』は、DVD化の際に同役の声が手塚眞の声に変えられている。 また、香取はテレビアニメ『赤ずきんチャチャ』のレギュラー声優であったが、サントラCD収録のミニドラマには出演しておらず、ミニドラマでは役の設定を活かした緊急避難的措置で香取の不在を乗り切っている。

  • 原盤権を直接押さえているために、契約しているレコード会社でも独自リリースが出来ず、それ以外のレコード会社に音源を貸し出すことは原則として認めていない。 (例外として、 エイベックスと契約しているV6が歌った『ウルトラマンティガ』のOP曲『TAKE ME HIGHER』が、2002年以降はコロムビアミュージックエンタテインメントから発売されたCDにも収録されている他、 筒美京平や松本隆など、今まで多数の楽曲を提供した作詞家・作曲家が、同事務所以外にも提供した作品を多数収録し、発売した作品集にも、楽曲提供している)
    また、映像作品の主題歌をソフト化の際に差し替えることは通常行われないが、『赤ずきんチャチャ』は映像ソフトの販売権をキングレコードが所有しているため、 ビクターエンタテインメントと契約しているSMAPが歌ったOP曲『君色思い』は放送時(再放送を含む)しか使用できず、ソフト化の際に当時キング専属だった沢田聖子によるカバー音源に差し替えられた。

  • 「着うたフル」や「メロディコール」などの楽曲配信は原則として行っていない。 ただし、2003年5月14日から月額300円(税別)の利用料でスタートさせたモバイル公式サイト「Johnny's web」(通称:ジャニウェブ、ウェブ。http://www.johnnys-web.com/)でのみ、着うたフルやメロディーコールの配信を時々行っている。

  • 事務所の代理人である小川恵司弁護士(のぞみ総合法律事務所)が、月刊誌『サイゾー』(2009年6月号)、およびWebサイト『日刊サイゾー』(2009年5月24日付)にて、ジャニーズ事務所の肖像権に関する見解を答えている。
       ジャニーズ “肖像権タブー”の正体 ネットNGの理由を代理人に直撃 (前編)
       ジャニーズ “肖像権タブー”の正体 ネットNGの理由を代理人に直撃 (後編)

  • 近藤真彦については自身のホームページに顔写真を掲載しているが、ジャニーズ事務所の他に自身が経営するレーシングチームの運営会社である「エムケイ・カンパニー」も肖像権を部分的に保有しているためと思われる。

  • フォーリーブス青山孝史が逝去した際にも、故人を偲ぶためにテレビ局が事務所側へ、「ジャニーズ事務所在籍時のフォーリーブスの映像を放送したい」と申し出たが、事務所側が断り問題となった。
    青山が亡くなった翌日に、『情報プレゼンター とくダネ!』(フジテレビ)にてフォーリーブスの特集を行った際に、当時の映像を放送出来ないことを司会者の小倉智昭が、「色々な問題があるとは思うが、フォーリーブスが一番キラキラしていた時代の映像を流せないのは、非常に残念でならない」と苦言を呈した。
    また、2009年3月31日にフォーリーブスの残りのメンバー3人が『徹子の部屋』(テレビ朝日)に出演した際も、やはり当時の映像は放送されなかった。


賞レースへの不参加方針

  • 1987年、近藤真彦が日本レコード大賞の大賞候補にノミネートされている際、亡くなった母親の骨つぼを盗まれるという事件が発生。 (現在でも骨つぼは発見されていないが、この時近藤は、「骨つぼは盗めても、自分の心の中にある母親の思い出までは盗めない」とコメントし同賞に出席、見事グランプリを獲得した)
    更に、1990年の日本レコード大賞において、当時『お祭り忍者』でデビューした忍者に対し、ジャニーズ事務所は演歌・歌謡曲部門の「歌謡曲枠」でのノミネートを希望していたが、ポップス・ロック部門の「ポップス枠」にノミネートされてしまったのを不服とした。
    これらのことが引き金となり、ジャニーズ事務所は「所属タレントに優劣をつけさせない」との方針を打ち出し、ノミネート者の中から大賞を決めるような「賞レース」に対しては、1991年より辞退を表明するようになった。  受け取るのは、タレントに直接賞を贈呈するもの(「ベストジーニスト」、オリコン関係の賞など)や、日本国外での表彰のみとなった。

  • ところが、ジャニーズ事務所は2010年1月に賞レースへの参加を突如解禁。 「第53回 ブルーリボン賞」(2009年分)にて、生田斗真に新人賞を受賞させた。

  • 2010年の「第52回 日本レコード大賞」では、近藤真彦が最優秀歌唱賞に選ばれた。 この時は、「近藤はレコード大賞に育てられた歌手」として受賞を受け入れている。 同賞はかつてはノミネート形式だったが、第50回以降、選考委員会で決定される形式に変わっていたことも受け入れた理由だった。

  • 「第38回 日本アカデミー賞」(2014年分)に岡田准一がノミネートされた際、ジャニーズ事務所は、「岡田はこれまで弊社最多の20本の映画に出させていただいており、映画に育てていただいた俳優といっても過言ではございません」とのコメントを発表し、ノミネートを受け入れた。 これを機に、ジャニーズ事務所は「日本アカデミー賞」への参加も解禁した。



大きな受賞歴

「日本レコード大賞」での大賞

  • 第29回 (1987年) - 近藤真彦 『愚か者』
  • 第30回 (1988年) - 光GENJI 『パラダイス銀河』
  • 〔 第45回 (2003年) - SMAP 『世界に一つだけの花』 〕 辞退
      1991年以降、ジャニーズ事務所は日本レコード大賞の「賞レース部門」に対しては辞退を表明している。 にもかかわらず、2003年はSMAPの『世界に一つだけの花』が記録的な大ヒットをしたため、大賞候補にノミネートされた。 しかしジャニーズ事務所は、「歌詞の中にあるように、“ナンバーワン”を目指すよりも“オンリーワン”を大切に歌ってきた。そのメッセージを貫きたい」との理由で、やはりノミネートを辞退した。

「日本アカデミー賞」での最優秀主演男優賞

  • 第16回 (1992年) - 本木雅弘 『シコふんじゃった。』 (監督:周防正行)
      ジャニーズ事務所退社後の受賞。 本木はブルーリボン賞においても同作品で主演男優賞を受賞。

  • 〔 第30回 (2006年) - 木村拓哉 『武士の一分』 (監督:山田洋次) 〕 辞退
      木村は優秀主演男優賞にノミネートされたものの、ジャニーズ事務所が、「(木村には)優秀賞のほかの皆さんと最優秀賞を競わせたくない。木村に限らず、うちはレコード大賞や各音楽祭など賞レースというものを十数年前からやっていません。映画も同じで、(辞退は)今に始まったことではないのです。 それに映画はあくまで監督のものでおこがましいです。また、ホテルで一般の人から入場料を取っての発表会というのもうち(の方針)に合わない」(授賞式当日の入場料は、ディナー付きで4万円)とし、優秀主演男優賞の受賞(つまり最優秀主演男優賞へのノミネート参加)、および授賞式への出席辞退を表明した。 明白な理由によるノミネート辞退は日本アカデミー賞史上初。
      また、同年の「第49回 ブルーリボン賞」の主演男優賞候補にも、木村と岡田准一(映画『花よりもなほ』、監督:是枝裕和)がノミネートされたが、やはり辞退を申し入れた。 事務所側が辞退を申し入れたのは、ノミネートが発表された2006年1月24日。 記者会にファックスで「お世話になった俳優との争いもさることながら、同じ事務所内のタレント同士で賞を争うのは本意ではない。 日本国内の賞レースには今後も参加する可能性は極めて低い」と通達した。

  • 第32回 (2008年) - 本木雅弘 『おくりびと』 (監督:滝田洋二郎)
      ジャニーズ事務所退社後の受賞。 本木はブルーリボン賞においても同作品で主演男優賞を受賞。

  • 第38回 (2014年) - 岡田准一 『永遠の0』 (監督:山崎貴)
      岡田は『永遠の0』での最優秀主演男優賞だけでなく、『蜩ノ記』での最優秀助演男優賞、『永遠の0』での話題賞(俳優部門)の計3賞を同時受賞。  男優が最優秀主演賞と最優秀助演賞を同時に受賞するのは、日本アカデミー賞史上、岡田が初である。(女優では大竹しのぶが1978年に達成)

  • 第39回 (2015年) - 二宮和也 『母と暮せば』 (監督:山田洋次)


分社化しているコンサート事務局

  • 所属タレントのコンサート・舞台等の主催、企画、チケット販売などを行う興行会社「株式会社 ヤング・コミュニケーション」が設立されている。

  • 所属タレントのコンサートには、「ジャニーズチケット販売約款」という独自の規約が作られており、チケットの販売方法が、通常の販売方法とはかなり異なる。 また、ジャニーズ事務所、およびコンサート事務局で、単独で興行を行う際の一切の作業が出来るため、スポンサー協賛はほとんど行われず、チケットに関連会社・レコード会社・テレビやラジオの放送局・興行運営会社以外の記載(例:「○○presents」などの冠スポンサーの表記)は、まれである。

  • コンサートチケットはファンクラブ会員に最優先で販売される。このため、 ファンクラブで売り切れた場合、一般プレイガイド発売が行われないことが多く、 販売されても『立見席のみ』『2階席後方』などの観覧の条件が悪い席に限定される。

  • 舞台などのチケットに関しても、興行運営会社、およびプレイガイドは【ジャニーズチケット販売約款】に基づき、通常の販売と異なった販売を行うことが多い。 なお、公演によっては、各タレントが主役の舞台などであっても、コンサート事務局では、取り扱わない場合もある。

  • また、コンサートや舞台に限らず、所属タレントで行われる興行のプレイガイドにおいては、インターネット販売は一切行われない。

  • チケットの転売行為に厳しい対応を取っている。 たとえ定価以下の販売であっても、 ネットオークションなどで第三者に転売行為を行ったことが判明した場合、 転売行為を行った者が入会しているファンクラブのタレント(複数のタレントのファンクラブに入会している場合は、 その入会している分全て、および違反した者と同じ住所で登録されている別名義の会員の分も含めて全て)のコンサート、舞台などの優先販売の通知は発送停止となり、 一切のチケット予約が不可能になる。

  • 追加公演などの振り替え公演に当選した旨の連絡が来た場合、たとえそれが公演日直前であっても、 当選したチケットの購入拒否は「個人の意向でキャンセルした」とみなされ、それ以降の公演のチケット購入、および購入のための抽選の対象外となってしまう。

  • 1995年〜1999年にかけては、複数のグループが同じステージセットで公演を行うことがあった。  これは以前、複数のグループが、春・夏・冬と年に3回のコンサートツアーを行っていたため、1グループごとにステージセットを変更することが、 限られた時間と日程では不可能だったのと、それに伴う経費節減が理由であった。
    節減の理由として、各タレントのファンの年齢層が中高生が多く、「お小遣いでチケットを購入出来るように」と、 当時のチケット代金が¥3,000〜¥4,000と比較的安価に設定されてあり、セットに経費を掛けることが出来なかったことと、 事務所側の「観客は見たいグループがステージに立っていれば、セットはどうでもいいだろう」という見解があった。
    このシステムによって、1日で複数のグループが公演を行うことが可能になった。 例えば同じ会場で、1日のうち前半の2回と、後半の2回を異なるグループが公演を行っていたりした。
    その後は、どのグループもコンサートツアーは年1〜2回しか行わない為、このようなことは起きてない。  例え同じ会場で複数のグループが公演を行っても、グループごとにセットを変更している。
    ただし、毎年恒例となっている東京ドームでの「ジャニーズカウントダウンライブ」が、 同じく恒例として東京ドームで年末年始にかけて行われるKinKi Kidsの公演を挟んで開催されるため、 セットチェンジが不可能なことから、KinKi Kidsが使用しているセットをそのまま、カウントダウンライブでも使用している。



所属タレントの所属レコード会社

  • 自社レーベル以外にも大手レコード会社に多数の所属タレントが所属している。 事務所側が発売日を調整し、所属タレント同士でランキングを争わないようにしている(一部を除く)。



ファミリークラブ

  • ファンクラブの組織は、「ジャニーズファミリークラブ」(通称:JFC、ファミクラ、ファミリー、ファミ、家族)と名付けられ、JFCを母体として、 各タレントのFC(NEWS、KAT-TUN、関ジャニ∞は合同ファンクラブ「YOU & J」)が作られている。 またFCが結成されていないタレントについては「情報局(ジャニーズJr.)」、「ジャニーズアーティストクラブ(解散したグループのメンバー)」を組織し、タレントの情報をハガキにて情報提供している。他の芸能事務所と比べても番組協力や番組観覧には力を入れており、各タレントの番組協力の募集を随時行っている(番組によっては、行わない番組もある)。

  • 厳しい会員規約が設けられており、一例として、ファンクラブ会員がタレントに会うために所属タレントの合宿所へ足を運ぶなどの行為が露見した場合は、当該ファンクラブからの退会およびコンサートへの出入り禁止などのペナルティーが科せられる。

    (詳細はジャニーズファミリークラブを参照)



バレーボールとの関係

1994年にジャニーズ事務所とバレーボール界の繋がりが生まれ、翌1995年以降は、4年に1度開催の『FIVB ワールドカップ』(フジテレビ系列)ごとに新たなアイドルグループを結成。 大会の応援サポーターを務めさせると共に、メジャーCDデビューをさせている。

  • 1995年 - V6 (バレーボールドラマ『Vの炎』にも主演)
  • 1999年 -  (バレーボールドラマ『Vの嵐』にも主演)
  • 2003年 - NEWS
  • 2007年 - Hey! Say! JUMP
  • 2011年 - Sexy Zone
  • 2015年 - Sexy Zone (中島、菊池、佐藤の3名のみ)

 ワールドカップ以外での応援サポーター

  • 1994年 - 四銃士 (テレビ朝日『ミキプルーン・ワールドトップ4バレー』を担当)
  • 2005年 - KAT-TUN
      日本テレビ『バレーボール・ワールドグランドチャンピオンズカップ2005』を担当。
  • 2005年11月 & 2006年1月 - KAT-TUN、Kis-My-Ft2、A.B.C.、ジャニーズJr.
      日本テレビのバラエティ番組『ひらめ筋GOLD』内で行われた、雨上がり決死隊チームとのバレーボール対決シリーズ。 ジャニーズチームの監督は大林素子が担当した。
  • 2006年 - Kitty GYM (フジテレビ『女子バレーボール ワールドグランプリ2006』を担当)
  • 2009年 - NYC boys (フジテレビ『女子バレーボール ワールドグランプリ2009』を担当)
  • 2016年 - Sexy Zone (TBS&フジテレビ『リオ五輪 バレーボール世界最終予選』を担当)


ジャニーズJr.とタレント育成方針

  • 未来のアイドルを目指すアイドル予備軍をジャニーズJr.として育成している。 またジャニーズ事務所では、他の多くの芸能事務所と同じく育成に伴うレッスン料は一切徴収していない。 その為、デビューできた後でも、ある程度のステータスを確立するまでは、タレントに支払われる ギャラは少ないと言われている。

  • デビューするまでは、たとえ単独でコンサートを行えるほどの人気があっても、マネージャーは付かない。仕事の移動も送迎は一切行わず、各々が電車などで移動する。 事実、滝沢秀明がジャニーズJr.時代に、連続ドラマに主演していたときも、マネージャーはおらず、滝沢本人が電車で移動していた。現在はジャニーズJr.担当のマネージャーもいるが、人気のJr.に限ってマネジメントしてくれる。 ただし掛け持ちのため、送迎程度で帰ってしまうことが多い。

  • ジャニーズ事務所では、社長に認められればいきなりテレビ出演もかなうため、下積み時代(テレビなどに出られない時期等)が少なくても人気が出るチャンスが多いが、「若い内から売れたとしても甘やかさない」という事務所の方針で徹底管理されている。

  • また、「学業と芸能活動を両立できないものは、仕事をさせない」というポリシーがあり、原則として芸能活動のために学校を休むことを禁止している。そのため、芸能活動をしながら高校や大学を卒業しているタレントも多い。ただ、芸能活動と学業の両立ができないと判断して、 高校を中退したり、進学をしないタレントもいる。



その他

  • ジャニーズ事務所は、退社した人間への仕打ちがとにかく厳しいことで知られる。 特に円満退社でなかった者に対しては、徹底的に圧力をかけて芸能界から完全に干してしまう。 現にこれだけ多くのアイドルを輩出してきたにもかかわらず、事務所を退社してもなお、いわゆる「人気スター」の称号を得ながら成功を収めた者は、 郷ひろみ本木雅弘反町隆史日高光啓Taka (森内貴寛)の、わずか5名しか居ない。 この4名が成功出来た理由として、本人の魅力、実力による部分も確かに存在するが、移籍先のプロダクションのブッキング力の高さが大きく関与していることも否めない。 郷はバーニング、本木はバーニング系列のフロム・ファーストプロダクション傘下の個人事務所、反町は研音、SKY-HIはエイベックス、Takaはアミューズである。
  • 若手の所属アイドルを中心に、セミヌードのグラビアを女性向け芸能誌だけでなく、テレビ情報誌にも掲載することがよく見られる。他の芸能プロダクションのアイドルでもたまにやっていることではあるが、ジャニーズ事務所の所属アイドルでは特に顕著である。
  • 1990年代の初頭までは、所属タレントの親族がアイドル雑誌などに顔を出すことがよくあったが、個人情報の漏洩が問題視されるようになってからは、原則として親族がメディアに登場することはなくなっている。ただし、一部例外もある。 公な活動をしているタレントなども含め、以下にまとめて記す。

    • 木村拓哉の両親が、1997年10月に世田谷区砧でイタリアンレストラン『ラ・ボニータ』をオープン(経営は父、接客が母。店名の由来は拓哉が飼っていた黒ラブラドールの名前「ボニータ」から。 世田谷区砧6-10-7。2005年7月27日閉店)。翌1998年には川崎市宮前区鷺沼にも『ラ・ボニータ』の支店を出した(宮前区鷺沼3-5-28)。 この鷺沼店は2005年8月一杯で閉店し、翌9月から薬膳イタリアン「RISTORANTE いな田(いなた)」に名前を変えてリニューアルオープン。2009年10月20日まで営業していた。
      この他、母・木村まさ子(本名:木村方子)は、『育みはぐくまれ』(グラフ社)、『古くて新しい奇跡の言葉「いただきます」』(青春出版社)などの著書を出版し、2007年より食育や子育てをテーマに、NHKラジオ『いのちの対話』に出演したり、全国各地で講演活動を行っている。

    • 山下智久(ジャニーズJr.時代)の母親が、息子と一日デートをするという企画でテレビ朝日『8時だJ!』に出演。

    • 山口達也の7歳下の弟・KOUZYこと山口公次(1978年7月18日生まれ、B型)が、2000年10月20日に4人組のインディーズバンド「Boy meets Girl.」でCDデビュー。 その後、ツインボーカルのインディーズバンド「disability」を経て、 同じくツインボーカルの、渋谷を拠点に活動するインディーズバンド「The Seventh Sense」(7人組)のボーカルに。  更に2009年3月からはへヴィメタルバンド「the CYCLE」に加入し、ボーカル&ギターを担当。  一方で、TBS『世界ウルルン滞在記』に出演してタオバトゥ族の元を訪れたり、2011年2月25日には、新木場1stringで開催された ライブとプロレスのコラボイベント『<DIE 666 怪> 悪魔の乱交パーティー+絶叫屋敷の宴+番外編』にて、プロレスラーとしても デビューしている。

    • 佐野瑞樹の弟・佐野大樹が、男性4人組演劇ユニット「*pnish* 〔パニッシュ〕」のリーダー、俳優として活動している。 更に2011年春には、瑞樹との兄弟ユニット「WBB (WATER BIG BROTHERS)」も結成している。 [1][2][3][4][5][6]

    • 木村拓哉の弟の木村俊作(1979年7月29日生まれ。 180cm、89kg。愛称:キムサク。堀越高等学校 → 日本体育大学体育学部体育学科 → 「アサヒビールシルバースター」)は、アメリカンフットボールの選手として活躍し、雑誌のグラビアにも登場して話題を呼んだ。  2003年には「アメリカンフットボール・ワールドカップ」にて日本代表にも選ばれている。
      また、その前年の2002年には老川一平(堀越高校の同級生)と共に、“和”をモチーフにしたファッションブランド「SHUIP (シュイップ)」を設立。 裏原宿にアパレルショップ「SHUIP Harajuku」(当時の所在地:渋谷区神宮前3-18-30 KHPビル1F)も立ち上げ、ファッションデザイナーとして活動していた。 ブランド名の由来は、俊作の「SHUnsaku」と一平の「IPpei」を合わせて「SHUIP」。

    • 元ジャニーズJr.の五十嵐慶一(後の漫画家 兼 女装タレント・いがらし奈波 (ななみ))の両親が、声優・井上和彦と漫画家・いがらしゆみこ

    • 元「NEWS」の森内貴寛、元ジャニーズJr.の森内寛樹の両親が、森進一森昌子

    • 元ジャニーズJr.の下嶋兄の両親が、峰竜太海老名美どり

    • 元ジャニーズJr.の富沢宏次が、作曲家・服部良一の曾孫。

    • 元ジャニーズJr.の藤家和依の父親が、漫画原作者、アニメ脚本家の藤家和正[1]

    • ジャニーズJr.の石垣大祐の兄が、俳優の石垣佑磨

    • 山下智久の妹・山下莉奈(1988年2月24日生まれ。A型。 江戸川女子高等学校普通科U類 → 堀越高等学校 → 日本大学藝術学部放送学科卒業)は、2005年から2010年3月31日まで「莉奈」名義でグラビアアイドルとして活動。 2010年4月からは、鳩山邦夫衆議院議員の私設秘書として就職。 同年6月の総選挙時には、邦夫議員の息子・鳩山太郎の選挙活動にビラ配りとして応援参加している姿が多くのメディアに取り上げられた。 しかし、同年7月一杯で退職してしまった。[1]

    • 田中聖の弟・田中彪(たなか ひょうが)が俳優に。 また、14歳年下の弟・田中彗(たなか すばる)も、聖が主演のTBSのテレビドラマ『特急田中3号』に出演。

    • 赤西仁の弟・赤西礼保(あかにし れお)が、「颯太 (ふうた)」の芸名で俳優デビュー。 後に「礼保 (れお)」に改名。

    • 2008年11月30日放送のTBS『情熱大陸』に、中居正広の実父・中居正志さんが出演。 更に2009年4月11日放送のフジテレビ『めちゃ2イケてるッ!』の企画「SMAP中居くんと日本一周景気回復の旅」、 2012年7月22日放送のフジテレビ『FNS27時間テレビ』にも出演した。 2001年のSMAPのライヴではステージの上にも立っている。
      また、中居の母親(大阪出身、A型)も過去に『笑っていいとも!増刊号』で顔写真が紹介されている。
      なお、正志さんは、1935年〔昭和10年〕4月2日生まれ、北海道岩内郡岩内町出身、A型。2015年2月19日に喉頭癌で逝去。79歳没。

    • NEWSの小山慶一郎の姉・藤原美樹が、2008年12月3日より「みきママ」のニックネームで、 お料理レシピブログ『藤原家の毎日家ごはん。』を開設し人気を博す。 ブログが書籍化されたり、フジテレビ『とくダネ!』、TBS『はなまるマーケット』、『金曜日のスマたちへ』などにも出演している。[1]

    • 2009年4月3日放送の日本テレビ『爽快情報バラエティー スッキリ ! !』にて、V6の井ノ原快彦の姉(ロサンゼルス在住)が、 アースマラソンに挑戦中の間寛平に対し、 ネバダ砂漠まで応援にやって来て、食べ物の差し入れをしている姿が流された。 また、YouTubeのアースマラソン公式チャンネルでも、その時の動画がアップされた。

    • 櫻井翔の妹・櫻井舞(1986年8月18日生まれ、成城大学卒)が、2009年4月に日本テレビに総合職入社。 司法記者のトレーニングを受け、翌2010年からはニュース番組『every.』や『NEWS ZERO』にて、東京地検特捜部と国税局を担当するリポーター、報道記者に。
      父親・桜井俊(さくらい しゅん。1953年12月14日生まれ。群馬県出身。群馬県立前橋高校、東京大学法学部卒)は、1977年に郵政省に入省。 2001年に郵政省が総務省に変わってからは、総合通信基盤局長(2008年7月4日 - 2012年9月11日)、情報通信国際戦略局長(2012年9月11日 - 2013年6月28日)、 総務審議官(2013年6月28日 - 2015年7月31日)、総務事務次官(2015年7月31日 - 2016年6月17日)などを務めた。 2016年9月からは三井住友信託銀行の顧問に。 [1][2]
      なお、母親は某大使館に勤務(駒澤大学教授説は誤報)。 13歳年下の弟は、櫻井翔と同じ慶應大学経済学部に進学したラグビー選手。 父方の祖父(桜井俊の父親)は、群馬県前橋市の上毛新聞社の新聞記者、専務だった桜井三男 (みつお。2003年に自伝本『紋様』を自費作成。2006年4月没)。

    • 山田涼介の2歳上の姉・山田千尋が、職業は塾の受付事務ながら、女性ファッション誌『CanCam』(2012年4月号、小学館)に読者モデルとして登場。

    • ジャニーズJr.の京本大我の父が京本政樹、 母は元アイドルグループ「きゃんきゃん」の山本博美。 母方の親戚には小池徹平がいる。

    • 中山優馬の姉が、アイドルグループ「NMB48」のメンバーだった山田菜々(旧芸名:中山菜々)。

    • 関西ジャニーズJr.の林真鳥の一番上の姉が、タレント、モデルの林弓束(ゆづか。1987年1月25日生まれ。O型。アイドルグループ「predia」のメンバー)。 二番目の姉はヘア・メイクアップ・アーティストの林真木綿(まゆう。1989年5月7日生まれ。O型)。

    • ジャニーズJr.の井上弥紗瑠の姉が、 アイドルユニット「Nゼロ (元・AKBN 0)」の第1期生・井上菜多紗(いのうえ なたーしゃ)。 更にその後、「northern angels」の井上星羅としても活動。

    • ジャニーズJr.の川島如恵留の姉が、元・子役女優の川島想妃愛(かわしま そふぃあ)。

    • ジャニーズJr.の藤間貴彦の父が、元俳優の藤間文彦。 祖父は舞踏家の二世 藤間勘祖、祖母が女優の藤間紫

    • 生田斗真の弟・生田竜聖(いくた りゅうせい、1988年6月13日生まれ)が、2011年4月にフジテレビに入社し、アナウンサーとして活動。

    • 関ジャニ∞の大倉忠義の父親が、居酒屋系焼鳥屋チェーン「じゃんぼ焼鳥 鳥貴族」を展開する「株式会社 鳥貴族」の代表取締役社長・大倉忠司[1][2]

    • ジャニーズJr.の地優吾の父親が、占い師の「KOHCH (コーチ)」。 2011年9月には自著『「KOHCH気学」開運法』を出版。

    • Hey! Say! JUMPの知念侑李の父親が、バルセロナオリンピック男子体操銅メダリストの知念孝[1]
      また、姉はアクロバットダンスカンパニー「G-Rockets」に所属する舞台女優の知念紗耶(1991年12月9日生まれ、A型)。 [1][2][3]

    • Sexy Zoneの菊池風磨の父親が、嵐のデビュー曲『A・RA・SHI』の作詞者としても知られるシンガーソングライターの菊池常利(通称:TWUNE)。 [1]

    • Sexy Zoneのマリウス葉(本名:マリウス・シュミッヒ・葉 成龍・ユリウス。ドイツ・ハイデルベルク出身。 2011年1月にジャニーズ入所)の母親が、元・宝塚女優(67期生、男役)のY 明(よう あきら)。 2011年6月より家族で日本に移住。

    • ジャニーズJr.の輪島大生の祖父が、元ボクシング選手の輪島功一

    • ジャニーズWESTの藤井流星の妹二人が、E-girls藤井萩花藤井夏恋

    • 関西ジャニーズJr.の平野紫耀の弟・平野莉玖(1999年3月1日生まれ)が、HIP HOPアーティスト「Ricky」として、2015年3月にシングル『晴天』でCDデビューした。

    • ジャニーズJr.の松尾龍の父が、俳優の大石竜次。 姉はミュージカル『ライオン・キング』に出演していた松尾莉里果(旧名:大石莉里果)。


歴代デビューシングル売上一覧表 (オリコン調べ)

※ リリース順。 ジャニーズ事務所在籍中のリリース作品に限る (インディーズ扱いのCDは除外)。 一部、シングル以外のデビュー作品も記載。

アーティスト
タイトル
週間最高位
登場
週数
売上数
(万枚)
発売日
ジャニーズ 若い涙
1964.12.06
ジャニーズ / 中谷良 君が若者なら /
ひとりぼっちになったとき
1966.01
青井輝彦 (あおい輝彦)
飯野おさみ
霧の夜の哀愁 / 若者の帽子
1966.10
   ※ 上記3作品はオリコンの集計開始が1968年1月からの為、対象外。
フォーリーブス オリビアの調べ
/ 壁のむこうに
15
9.3
1968.09.05
永田英二
(後の八田英士)
あこがれ
23
10.8
1969.08.10
北公次 ひとりぼっちになった時
72
1.7
1969.10.01
ジューク・ボックス さよならの祈り / 海に沈めて
45
2.6
1970.10.10
ハイ・ソサエティー 世界へジャンプ!
ハイソサエティ・サプライズ
・プレゼント (アルバム)
89
1970.11.21
内田喜郎 ミスター・ロビンソン
95
0.2
1971.05.05
ハイ・ソサエティー 不思議な恋の物語
1971.08.21
嶋田じゅん (※ 発売中止!)
1971.10
郷ひろみ 男の子女の子
8
28
27.8
1972.08.01
葵テルヨシ かんじる10代
54
4.6
1973.06.21
八田英士
(旧名:永田英二)
別れないでおくれ
49
4.6
1974.04.21
リトル・ギャング (※ 発売中止!)
1974.08
JOHNNYS'
ジュニア・スペシャル
ベルサイユのばら
12
8.0
1975.02.21
豊川誕 汚れなき悪戯
28
9.3
1975.03.21
リトル・ギャング アイ・ラブ・ユー
71
5
1.3
1975.07.25
井上純一 恋人ならば
67
1.5
1975.08.01
殿ゆたか ああ青春
84
0.8
1975.09.25
森谷泰章
(後の森谷あきら)
とまどい
1976.01.25
クエッション (※ 発売中止!) 雨がふってきた
1976.03.21
ジャニーズ少年団 巨人の好きな子この指とまれ
1976.10
未都由 こんな娘が好き
100
0.4
1976.11.01
森谷あきら
(旧名:森谷泰章)
ありがとうグッバイ
1976.12.20
おりも政夫 めぐりあう時に
1977.05.21
川ア麻世 ラブ・ショック
64
2.9
1977.07.01
青山孝 幸福という二文字 (アルバム)
1977.10.01
VIP 南十字星
1978.07.21
スリー・ヤンキース ザ・ベースボール
1978.07.25
赤木さとし 愛よ君を撃て
1979.02.25
青山孝 季節の中の魚たち
1979.07.21
アーティスト
タイトル
週間最高位
登場
週数
売上数
(万枚)
発売日
ギャングス とびだせ!パンポロリン
思い出のアルバム (アルバム)
1980.03.01
田原俊彦 哀愁でいと
2
29
71.9
1980.06.21
ANKH イマジネーション
93
0.7
1980.07.21
近藤真彦 スニーカーぶる〜す
1
22
104.7
1980.12.12
ひかる一平 青空オンリー・ユー
19
6.1
1981.05.21
シブがき隊 NAI・NAI16
3
16
25.9
1982.05.05
乃生佳之 だいじょうぶ マイ・フレンド
36
5.6
1983.03.21
イーグルス 走れ!ゴーインBOY
1983.03.25
野村義男 待たせてSORRY (アルバム)
4
10.2
1983.06.01
THE GOOD-BYE 気まぐれOne Way Boy
9
9
9.0
1983.09.01
オレンジ・シスターズ サマーホリデー
95
0.7
1984.03.21
少年隊 少年隊 (ビデオ)
1
1984.05.21
Toshi & Naoko
(田原俊彦)
夏ざかり ほの字組
5
14
20.1
1985.07.21
中村繁之 Do ファッション
32
3.0
1985.07.24
少年隊 仮面舞踏会 (B面3種)
1
18
47.8
1985.12.12
おめで隊 悲しきエクササイズ
29
3.1
1987.02.21
男闘呼組 Made in U.S.A (ビデオ)
1987.08.03
光GENJI STAR LIGHT
1
47
48.9
1987.08.19
男闘呼組 DAYBREAK (B面4種)
1
30
69.3
1988.08.24
CHA-CHA Beginning
5
9
10.9
1988.09.07
忍者 お祭り忍者 (B面2種)
3
14
22.2
1990.08.22
NOBU (中村亘利) HOMME (オム)
100
0.2
1991.08.21
SMAP Can't Stop!!−Loving−
2
6
15.0
1991.09.09
東山紀之 & 亀淵友香 ジュエル
21
3
2.2
1991.09.30
光GENJI / SAY・S Meet Me /
クレヨンで描いたタイムマシン
6
6
14.1
1992.08.20
音松くん スマイル戦士 音レンジャー
6
4
7.9
1992.10.10
山本淳一 嵐になれ
14
5
5.5
1992.12.16
稲垣吾郎 If You Give Your Heart
21
6
7.1
1993.02.03
SAY・S 曇りのち晴れ
11
4
9.6
1993.04.22
赤坂晃 ホウキ・ツイスト
26
3
3.8
1993.05.21
SAY・S and J.World WE ARE THE CHAMP
8
4
8.4
1993.07.14
諸星和己 一匹狼 LONELY WOLF
9
4
9.0
1994.03.25
錦織一清 夜明けのレジェンド
61
0.6
1994.07.21
ADDICT OF THE TRIP
MINDS
(岡本健一)
ADDICT OF THE TRIP
MINDS (アルバム)
1994.08.25
成田昭次 永遠のひととき
40
1.4
1994.09.21
TOKIO LOVE YOU ONLY
3
22
52.0
1994.09.21
光GENJI SUPER 5 Melody Five
6
4
10.5
1994.10.07
AKIRA & KOHJI
(赤坂晃、内海光司
MR. MIRACLE
15
5.2
1994.12.08
アーティスト
タイトル
週間最高位
登場
週数
売上数
(万枚)
発売日
V6 / Coming Century MUSIC FOR THE PEOPLE /
Theme of Coming Century
3
16
52.8
1995.11.01
Junichi & JJr
(山本淳一)
0点チャンピオン
35
3
2.7
1995.12.06
アツヒロ サトウ
(佐藤敦啓)
RISKY LOVE
20
4
3.6
1995.12.21
KinKi Kids 硝子の少年
1
31
178.6
1997.07.21
Tomoya with 3T
(長瀬智也)
ETERNAL FLAME
12
8
11.2
1997.08.13
20th Century ROAD (アルバム)
4
5
10.8
1997.09.10
香取慎吾 & 原由子 みんないい子
13
5
11.8
1997.10.29
J-FRIENDS 明日が聴こえる /
Children's Holiday
1
11
102.1
1998.01.21
Coming Century 夏のかけら
2
8
30.5
1998.05.27
佐藤アツヒロ BRAND NEW HEART
56
1
0.5
1998.06.25
A・RA・SHI
1
14
97.3
1999.11.03
20th Century / Marsa
Sakamoto (坂本昌行)
WISHES 〜I'll be there〜
/ You'll Be in My Heart
10
7
12.4
1999.11.25
Secret Agent Secret Agent Man
17
10
10.4
2000.02.23
慎吾ママ (香取慎吾) 慎吾ママのおはロック
1
25
111.7
2000.08.18
TOKIO / 桜庭裕一郎
(長瀬智也)
メッセージ / ひとり
ぼっちのハブラシ
1
12
42.9
2001.05.30
MiMyCEN MiMyCEN
5
3
4.9
2001.09.19
GOタリモ&ミニカレー
(森田剛)
恋の400Mカレー
4
7
9.6
2001.12.05
Ya-Ya-yah 勇気100% / 世界が
ひとつになるまで
9
8
5.9
2002.05.15
MATCHY with O.A.I
(近藤真彦)
ヨイショッ!’02 〜日本の
皆さんホメていきまショー〜
19 5 3.2 2002.05.22
堂本剛 街 / 溺愛ロジック
1
11
27.2
2002.05.29
チョナン・カン (草g剛) 愛の唄
〜チョンマル サランヘヨ〜
3
6
7.3
2002.06.26
タッキー&翼 Hatachi (アルバム)
2
26.5
2002.09.11
タッキー&翼 To be, To be,
  Ten made To be
3
10
10.7
2003.02.26
アーティスト
タイトル
週間最高位
登場
週数
売上数
(万枚)
発売日
桜庭裕一郎 (長瀬智也) お前やないと あかんねん
2
12
19.1
2003.04.30
&G (稲垣吾郎) Wonderful Life
1
10
19.5
2004.03.10
NEWS 希望 〜Yell〜
1
20
39.5
2004.05.12
関ジャニ∞ 浪花いろは節
1
14
17.6
2004.08.25
ハットリくん (香取慎吾) HATTORI³ (参上)
12
8
3.8
2004.08.25
トラジ・ハイジ ファンタスティポ
1
25
42.9
2005.01.26
修二と彰 青春アミーゴ
1
65
162.7
2005.11.02
堂本光一 KOICHI DOMOTO
Endless SHOCK Original
Sound Track (アルバム)
1
7
11.1
2006.01.11
ENDLICHERI
☆ENDLICHERI (堂本剛)
ソメイヨシノ
1
13
16.4
2006.02.01
KAT-TUN Real Face
1
44
104.6
2006.03.22
山下智久 抱いてセニョリータ
1
30
60.5
2006.05.31
堂本光一 Deep in your heart /
+MILLION but−LOVE
1
8
26.0
2006.07.12
GYM フィーバーとフューチャー
1
16
30.2
2006.08.30
テゴマス ミソスープ
1
18
13.2
2006.12.20
トリオ・ザ・シャキーン 愛しのナポリタン
3
10
10.4
2007.05.30
Hey!Say!7
(期間限定ユニット)
Hey!Say!
1
16
19.6
2007.08.01
Hey! Say! JUMP Ultra Music Power
1
45
36.0
2007.11.14
MATCHY with
QUESTION? (近藤真彦)
目覚めろ!野性
5
9
5.9
2008.01.23
244 ENDLI-x (堂本剛) Kurikaesu 春
2
7
9.4
2008.04.02
米寿司 (堂本光一) No more
1
7
12.8
2008.04.30
滝沢秀明 愛・革命
1
7
7.2
2009.01.07
The SHIGOTONIN 鏡花水月
2
9
11.1
2009.02.04
剛紫 (堂本剛) 空 〜 美しい我の空
1
8
6.3
2009.04.10
中山優馬 w/B.I.SHADOW
NYCboys
悪魔な恋 / NYC
1
40
28.9
2009.07.15
両さん (香取慎吾) こちら葛飾区
  亀有公園前派出所
3
10
4.0
2009.08.05
LANDS (赤西仁 BANDAGE
1
13
25.7
2009.11.25
スノープリンス合唱団 スノープリンス
5
9
4.2
2009.12.02
アーティスト
タイトル
週間最高位
登場
週数
売上数
(万枚)
発売日
今井翼 BACKBORN
2
3
3.5
2010.02.24
赤西仁 Eternal
1
12
24.2
2011.03.02
NYC 勇気100%
1
24
12.3
2010.04.07
怪物くん (大野智) ユカイツーカイ怪物くん
2
18
19.7
2010.07.07
Kis-My-Ft2 Everybody Go
1
35
45.1
2011.08.10
Sexy Zone Sexy Zone
1
43
26.5
2011.11.16
JIN AKANISHI TEST DRIVE
featuring JASON DERULO
(日本盤ミニアルバム)
1
7
11.6
2011.12.07
NYC / 中山優馬 ワンダフル キューピット
/ がらすの・魔法・
1
10
11.0
2012.01.04
A.B.C-Z Za ABC 〜5stars〜 (DVD)
1
11
8.7
2012.02.01
NEWS
(4人体制の新生NEWS)
チャンカパーナ
1
35
31.4
2012.07.18
エイトレンジャー ER
1
21
37.8
2012.07.25
Sexy Zone / Sexy Boyz Sexy Summerに雪が降る
/ 雨だって
1
15
11.6
2012.10.03
中山優馬 Missing Piece
2
12
7.6
2012.10.31
The MONSTERS MONSTERS
1
12
20.5
2012.11.28
堀田家BAND サヨナラ☆ありがとう
1
10
2013.11.06
舞祭組 棚からぼたもち
2
20
20.2
2013.12.13
ジャニーズWEST ええじゃないか
1
26
2014.04.23
渋谷すばる 記憶 / ココロオドレバ
1
9
2015.02.11
せんせーションズ 殺せんせーションズ (DVD)
1
2015.03.18
関ジャニ∞ / キャンジャニ∞ 前向きスクリーム! /
CANDY MY LOVE
1
2015.08.05
地獄図 (ヘルズ) TOO YOUNG TO DIE!
  地獄の歌地獄 (アルバム)
2016.06.22
亀と山P 背中越しのチャンス
2017.05.17
Hey! Say! JUMP / A.Y.T. Precious Girl / Are You There?
2017.07.05
アーティスト
タイトル
週間最高位
登場
週数
売上数
(万枚)
発売日


  


納税額

1997年・納税額

  • 1位 - 中居正広 (SMAP) - ジャニーズタレントの内、納税額の多さは中居が1位だったが、期限後の申告だったため公示対象外。
  • 2位 - 木村拓哉 (SMAP) - 8,835万円
  • 3位 - 堂本光一 (KinKi Kids) - 4,446万円
  • 4位 - 堂本剛 (KinKi Kids) - 4,434万円
  • 5位 - 近藤真彦 (タレント 兼 取締役) - 2,478万円
  • 6位 - 香取慎吾 (SMAP) - 2,191万円
  • 7位 - 草g剛 (SMAP) - 2,033万円
  • 8位 - 稲垣吾郎 (SMAP) - 2,030万円
  • 9位 - 東山紀之 (少年隊 兼 取締役) - 1,185万円
  • 10位 - 長瀬智也 (TOKIO) - 1,169万円
  • 11位 - 岡田准一 (V6) - 1,134万円

1998年・納税額

  • ジャニー喜多川 (社長 兼 関連会社社長) - 3億5,666万円 (推定年収:10億6,900万円)
  • 1位 - 中居正広 (SMAP) - ジャニーズタレントの内、納税額の多さは中居が1位だったが、期限後の申告だったため公示対象外。
  • 2位 - 木村拓哉 (SMAP) - 7,258万円 (推定年収:1億5,722万円)
  • 3位 - 堂本剛 (KinKi Kids) - 6,693万円 (推定年収:1億4,592万円)
  • 4位 - 堂本光一 (KinKi Kids) - 6,477万円 (推定年収:1億4,160万円)
  • 5位 - 草g剛 (SMAP) - 5,525万円 (推定年収:1億2,256万円)
  • 6位 - 香取慎吾(SMAP) - 4,126万円
  • 7位 - 長瀬智也(TOKIO) - 2,296万円
  • 8位 - 近藤真彦 (タレント 兼 取締役) - 1,655万円
  • 9位 - 稲垣吾郎(SMAP) - 1,652万円
  • 10位 - 東山紀之 (少年隊 兼 取締役) - 1,528万円
  • 11位 - 岡田准一(V6) - 1,210万円
  • 12位 - 松岡昌宏(TOKIO) - 1,122万円

1999年・納税額

  • ジャニー喜多川 (社長 兼 関連会社社長) - 2億6,012万円 (推定年収:7億8,000万円)
  • 1位 - 中居正広 (SMAP) - 7,758万円
  • 2位 - 木村拓哉 (SMAP) - 7,387万円
  • 3位 - 堂本剛 (KinKi Kids) - 5,272万円
  • 4位 - 堂本光一 (KinKi Kids) - 4,430万円
  • 5位 - 草g剛 (SMAP) - 4,231万円
  • 6位 - 香取慎吾(SMAP) - 3,488万円
  • 7位 - 滝沢秀明(タッキー&翼) - 2,210万円
  • 8位 - 東山紀之 (少年隊 兼 取締役) - 2,084万円
  • 9位 - 長瀬智也(TOKIO) - 2,082万円
  • 10位 - 稲垣吾郎(SMAP) - 1,505万円
  • 11位 - 植草克秀 (少年隊) - 1,188万円
  • 12位 - 松岡昌宏(TOKIO) - 1,127万円
  • 13位 - 岡田准一(V6) - 1,059万円

2000年・納税額

  • ジャニー喜多川 (社長 兼 関連会社社長) - 2億6,301万円 (推定年収:7億8,900万円)
  • 1位 - 中居正広 (SMAP) - 1億622万円
  • 2位 - 木村拓哉 (SMAP) - 6,469万円
  • 3位 - 堂本光一 (KinKi Kids) - 5,513万円
  • 4位 - 堂本剛 (KinKi Kids) - 5,263万円
  • 5位 - 草g剛 (SMAP) - 4,956万円 (推定年収:1億4,070万円)
  • 6位 - 香取慎吾(SMAP) - 3,505万円
  • 7位 - 東山紀之 (少年隊 兼 取締役) - 2,446万円
  • 8位 - 長瀬智也 (TOKIO) - 1,734万円 (推定年収:5,359万円)
  • 9位 - 稲垣吾郎(SMAP) - 1,665万円
  • 10位 - 滝沢秀明(タッキー&翼) - 1,555万円
  • 11位 - 国分太一(TOKIO) - 1,391万円
  • 12位 - 松岡昌宏 (TOKIO) - 1,194万円 (推定年収:3,900万円)
  • 13位 - 近藤真彦 (タレント 兼 取締役) - 1,139万円
  • 14位 - 城島茂 (TOKIO) - 1,013万円 (推定年収:3,411万円)

2001年・納税額

  • ジャニー喜多川 (社長 兼 関連会社社長) - 2億6,240万円 (推定年収:7億8,700万円)
  • 1位 - 中居正広 (SMAP) - 1億4,378万円
  • 2位 - 木村拓哉 (SMAP) - 9,016万円
  • 3位 - 香取慎吾(SMAP) - 6,907万円
  • 4位 - 草g剛 (SMAP) - 6,840万円 (推定年収:1億9,159万円)
  • 5位 - 稲垣吾郎(SMAP) - 4,366万円
  • 6位 - 堂本光一 (KinKi Kids) - 4,061万円
  • 7位 - 堂本剛 (KinKi Kids) - 3,613万円
  • 8位 - 東山紀之 (少年隊 兼 取締役) - 2,586万円
  • 9位 - 国分太一(TOKIO) - 2,255万円
  • 10位 - 松岡昌宏 (TOKIO) - 2,075万円 (推定年収:6,281万円)
  • 11位 - 城島茂 (TOKIO) - 1,863万円 (推定年収:5,708万円)
  • 12位 - 山口達也 (TOKIO) - 1,620万円
  • 13位 - 長瀬智也 (TOKIO) - 1,552万円 (推定年収:4,868万円)
  • 14位 - 近藤真彦 (タレント 兼 取締役) - 1,009万円

2002年・納税額

  • ジャニーズ事務所の法人申告所得 - 86億円 (2002年の興行部門でトップ)
  • ジャニー喜多川 (社長 兼 関連会社社長) - 3億2,849万円 (推定年収:9億8,500万円)
  • 1位 - 中居正広 (SMAP) - 1億6,808万円
  • 2位 - 木村拓哉 (SMAP) - 8,422万円
  • 3位 - 草g剛 (SMAP) - 6,885万円 (推定年収:1億9,159万円)
  • 4位 - 堂本剛 (KinKi Kids) - 5,476万円
  • 5位 - 堂本光一 (KinKi Kids) - 5,121万円
  • 6位 - 香取慎吾(SMAP) - 3,162万円
  • 7位 - 国分太一(TOKIO) - 2,850万円
  • 8位 - 長瀬智也 (TOKIO) - 2,533万円
  • 9位 - 稲垣吾郎(SMAP) - 2,316万円
  • 10位 - 城島茂 (TOKIO) - 2,082万円
  • 11位 - 山口達也 (TOKIO) - 1,919万円
  • 12位 - 松岡昌宏 (TOKIO) - 1,878万円
  • 13位 - 東山紀之 (少年隊 兼 取締役) - 1,741万円
  • 14位 - 滝沢秀明(タッキー&翼) - 1,142万円
  • 15位 - 近藤真彦 (タレント 兼 取締役) - 1,111万円
  • 16位 - 植草克秀(少年隊) - 1,084万円
  • 17位 - 岡田准一(V6) - 1,038万円

2003年・納税額

  • ジャニー喜多川 (社長 兼 関連会社社長) - 3億2,953万円 (推定年収:9億8,800万円)
  • 1位 - 中居正広 (SMAP) - ジャニーズタレントの内、納税額の多さは中居が1位だったが、期限後の申告だったため公示対象外。
  • 2位 - 草g剛 (SMAP) - 1億907万円 (推定年収:3億151万円)
  • 3位 - 木村拓哉 (SMAP) - 9,186万円
  • 4位 - 堂本光一(KinKi Kids) - 6,132万円
  • 5位 - 堂本剛(KinKi Kids) - 5,962万円
  • 6位 - 香取慎吾 (SMAP) - 4,664万円
  • 7位 - 稲垣吾郎 (SMAP) - 4,576万円
  • 8位 - 長瀬智也 (TOKIO) - 2,716万円
  • 9位 - 国分太一 (TOKIO) - 2,172万円
  • 10位 - 松岡昌宏 (TOKIO) - 2,008万円
  • 11位 - 東山紀之(少年隊 兼 取締役) - 1,931万円
  • 12位 - 山口達也 (TOKIO) - 1,527万円
  • 13位 - 近藤真彦 (タレント 兼 取締役) - 1,382万円
  • 14位 - 岡田准一 (V6) - 1,225万円
  • 15位 - 城島茂 (TOKIO) - 1,173万円
  • 16位 - 井ノ原快彦 (V6) - 1,005万円

2004年・納税額

  • ジャニーズ事務所の法人申告所得 - 71.9億円 (2004年度の興行部門でトップ)
  • ジャニー喜多川 (社長 兼 関連会社社長) - 3億3,126万円 (推定年収:9億9,300万円)
  • 藤島メリー泰子 (副社長 兼 関連会社社長) - 3億2,967万円 (推定年収:9億8,900万円)
  • 藤島ジュリー景子 (副社長 兼 関連会社社長) - 2億3,820万円 (推定年収:6億5,051万円)
  • 1位 - 中居正広 (SMAP) - 1億8,745万円 (推定年収:5億1,335万円)
  • 2位 - 木村拓哉 (SMAP) - 9,803万円 (推定年収:2億7,167万円)
  • 3位 - 草g剛 (SMAP) - 9,796万円 (推定年収:2億7,148万円)
  • 4位 - 堂本光一 (KinKi Kids) - 5,580万円 (推定年収:1億5,754万円)
  • 5位 - 堂本剛 (KinKi Kids) - 4,647万円 (推定年収:1億3,232万円)
  • 6位 - 稲垣吾郎 (SMAP) - 4,528万円 (推定年収:1億2,910万円)
  • 7位 - 長瀬智也 (TOKIO) - 3,998万円 (推定年収:1億1,478万円)
  • 8位 - 香取慎吾 (SMAP) - 2,965万円 (推定年収:8,686万円)
  • 同率9位 - 城島茂 (TOKIO) - 2,784万円 (推定年収:8,197万円)
  • 同率9位 - 国分太一 (TOKIO) - 2,784万円 (推定年収:8,197万円)
  • 11位 - 松岡昌宏 (TOKIO) - 2,385万円 (推定年収:7,118万円)
  • 12位 - 東山紀之 (少年隊 兼 取締役) - 2,183万円 (推定年収:6,572万円)
  • 13位 - 山口達也 (TOKIO) - 2,049万円
  • 14位 - 滝沢秀明 (タッキー&翼) - 1,871万円 (推定年収:5,729万円)
  • 15位 - 岡田准一 (V6) - 1,857万円 (推定年収:5,691万円)
  • 16位 - 近藤真彦 (タレント 兼 取締役) - 1,720万円 (推定年収:5,321万円)
  • 17位 - 井ノ原快彦 (V6) - 1,212万円 (推定年収:3,948万円)
  • 18位 - 三宅健 (V6) - 1,193万円 (推定年収:3,897万円)

2009年・推定年収

  • 1位 - 中居正広 (SMAP) - 約5億円
  • 2位 - 木村拓哉 (SMAP) - 約4億5,000万円
  • 3位 - 櫻井翔 (嵐) - 約3億円
  • 4位 - 香取慎吾 (SMAP) - 約2億5,000万円
  • 5位 - 国分太一 (TOKIO) - 約2億円

2010年・推定年収

  • 1位 - 中居正広 (SMAP) - 約5億5,000万円 (内、日本赤十字社に2億円を寄付)
  • 2位 - 木村拓哉 (SMAP) - 約4億円 (内、日本赤十字社に1億円を寄付)
  • 香取慎吾 (SMAP) - 約1億8,500万円 (内、日本赤十字社に3,500万円を寄付)
  • 草g剛 (SMAP) - 約1億8,500万円 (内、日本赤十字社に3,500万円を寄付)
  • 稲垣吾郎 (SMAP) - 約1億3,500万円 (内、日本赤十字社に3,500万円を寄付)

2012年・推定年収

  • 1位 - 中居正広 (SMAP) - 約7億円

2014年・推定年収

  • 1位 - 中居正広 (SMAP) - 約6億4,000万円

2015年・推定年収

  • 1位 - 中居正広 (SMAP) - 約5億円
  • 木村拓哉 (SMAP) - 約3億円
  • 草g剛 (SMAP) - 約1億〜2億円
  • 香取慎吾 (SMAP) - 約1億〜2億円
  • 稲垣吾郎 (SMAP) - 1億円未満



関連企業 (歴代)

傘下企業 (歴代)


    (2016年1月時の組織図)


    (『FRIDAY』 2016年2月12日号)


    (『FRIDAY』 2016年2月12日号)


  • 株式会社 ジャニーズ・エンタテイメント (Johnny's Entertainment Inc.、略称:JE
      東京都渋谷区神宮前3-14-6 スマイルビル5F (1997年2月14日〜1998年8月)
               
      東京都港区赤坂7-10-20 J HOUSE 1F・2F (1998年8月〜)
               
      東京都渋谷区神宮前2-6-10 パークレーン.B1F (2003年頃〜)
               
      東京都渋谷区神宮前2-6-10 パークレーン.4F・5F (2006年頃〜)
               
      東京都渋谷区神南1-19-11 「パークウェースクエア2」3F (2009年〜)
               
      東京都渋谷区渋谷3-29-24 MTBビル9F (2015年11月〜)
        かつて「ジャニーズファミリークラブ」、「ジェイ・ストーム」、「エム。シィオー。」の3社が同時に入居していた「公園通りビル」(住所表記は1-19-10)から建て替えられたビル。

      KinKi KidsのCDデビューを見据え、ジャニーズ事務所が1997年2月14日に設立したレコード会社。 社団法人 日本レコード協会 準会員(2000年4月1日加盟)。
      初代代表取締役社長:藤島ジュリー景子。 二代目代表取締役社長:藤島メリー泰子。 三代目代表取締役社長:小杉理宇造。
      資本金3,000万円(2011年1月31日時)。 従業員数30名(2007年時)。
      支部:「株式会社 ジャニーズ・エンタテイメント 大阪ブランチ」 (大阪市北区東天満1-11-9 和氣ビルディング)。
    • 公式ホームページのURL - http://www.jehp.jp/
    • 2003年5月より、リアクティブ・ソングス・インターナショナルへの投資を開始。
    • 2007年2月、ENDLICHERI☆ENDLICHERI(堂本剛)の自主レーベルとして、「RAINBOW☆ENDLI9 (レインボー エンドリック)」を内部に設立。
    • 2009年4月、剛紫(堂本剛)の自主レーベルとして、「美我空レコード (ビガクレコード)」を内部に設立。
    • 2009年9月、堂本剛の自主レーベルとして、「MANDARA△T.D (マンダラ ティーディー)」を内部に設立。
    • 2011年4月、堂本剛の自主レーベルとして、「SHAMANIPPON (シャーマニッポン)」を内部に設立。

  • 株式会社 ジェイ・ストーム
      東京都渋谷区神南1-19-10 公園通りビル5F
               
      東京都渋谷区渋谷1-10-10 ミヤマスタワー2F
        (2005年に約25億円で購入した地上5階、地下2階の自社ビル。 真向いに放置されていた閉館済みのラブホテルも、社長のジュリーが「景観が悪い」として購入し、ホテルを取り壊して駐車場に変えた。更に周辺の物件もいくつか購入)

      ポニーキャニオンから独立したレコードレーベルとして2001年11月12日に設立。 代表取締役社長:藤島ジュリー景子。 旧取締役:高橋拓也 (2006年4月〜2009年5月。藤島ジュリー景子の元夫)。
      CD製作以外にも、ジャニーズ事務所に所属しているアーティストの作品を多く手がけ、映画製作(J Storm Movie)、テレビドラマ・映画のサウンドトラックCD、コンサートや舞台などの映像作品の製作を行う。 社団法人 日本レコード協会 準会員。
    • 公式ホームページのURL - http://www.j-storm.co.jp/
    • 2006年3月、KAT-TUNの自主レーベルとして、「J-One Records」を内部に設立。
    • 2014年10月、関ジャニ∞の自主レーベルとして、「INFINITY RECORDS」を内部に設立。

  • 株式会社 東京・新・グローブ座
      東京都新宿区百人町3-1-2。 劇場「東京グローブ座」の運営。
      元々は、松下電器(パナソニック)に支援されて1988年4月8日に開館した劇場で、「東京グローブ座」、「パナソニック・グローブ座」という2つの名称を同時に使い分けながら運営していた。 しかし、赤字が重なって2002年に一時閉鎖。それをジャニーズ事務所が買収し、同年10月より「東京グローブ座」の名称のみで再スタートさせた。

      初代代表取締役社長:ジャニー喜多川。 二代目代表取締役社長:藤島ジュリー景子。
    • 公式ホームページのURL - http://www.tglobe.net/

  • 株式会社 ジェイ・ドリーム (J dream Inc.J-dream
      東京都港区赤坂9-5-27 乃木坂ミツワビル4F(旧ジャニーズ事務所の真向いのビル。最寄駅は乃木坂駅)。
      2005年6月17日設立。 SMAPが出演する映画や映像作品の制作会社。 SMAPの5名も全員株主。
      代表取締役社長:ジャニー喜多川(ただし名義だけの幽霊社長)。 取締役:小杉理宇造。 旧取締役:飯島三智、白波瀬傑。 実際に社長業をこなしていたのは飯島だったが、2016年1月12日に取締役を辞任した。
      スタッフの数は約6名。
    • 公式ホームページのURL - http://www.j-dream-j.co.jp/

  • 有限会社 ジェイステーション (J-STATION
      東京都新宿区新宿1-10-1 坂栄第2ビル8F「株式会社 日本廣明社」内 (1989年5月〜1990年2月)
               
      東京都新宿区新宿1-25-1 シャンボール新宿御苑前206号 (1990年2月〜1994年1月31日)
               
      東京都新宿区新宿1-27-12 松本ビル4F (1994年2月1日〜1995年一杯)
               
      東京都新宿区新宿1-26-1 長田屋ビル2F (1996年〜。 以上、4軒とも最寄駅は新宿御苑前駅)
               
      東京都渋谷区渋谷3-29-24 MTBビル8F (2016年4月〜)
      1989年5月にジャニーズ事務所51%、日本廣明社49%の出資で設立。  ファンクラブ会報誌Jr.名鑑の発行、タレントグッズの販売、ジャニーズショップの経営を行う会社。
      二代目代表取締役社長:伊豆喜久江(2016年2月に退社)。
      初代代表取締役社長:武田荘三(1930年生まれ)。
      【事件】
      武田荘三が約8,800万円を脱税し、2003年に法人税法違反の罪で在宅起訴される。 東京地裁にて懲役1年、執行猶予3年(求刑懲役1年)の判決が下った。

  • ジャニーズファミリークラブ
      東京都渋谷区渋谷1-10-10。 主任:喜佐上聖子。 ファンクラブ運営。
    • 公式ホームページのURL
        http://www.johnnys-net.jp/page?id=jfcTop (案内文)
        https://www.fc-member.johnnys-net.jp/top.html (会員限定サービスサイト)

  • 株式会社 ヤング・コミュニケーション
      通称:ヤンコミ
      東京都港区六本木2-3-9 亀甲ビル5F (〜1998年)
          
    • 東京都港区赤坂8-11-20 「ジャニーズ事務所」内 (1998年〜2005年)
          
      東京都港区赤坂9-6-24 Y.C.エンターランドビル3F (2005年〜)
      (「Y.C.エンターランドビル」の「Y.C.」は「ヤング・コミュニケーション」の略で、2005年にヤング・コミュニケーションが既築ビル〔1979年3月築〕を丸ごと買い取って命名したもの)
      代表取締役社長:ジャニー喜多川。 役員:大和剛、喜佐上聖子、遠藤直人(制作部チーフ)。
      コンサートおよび舞台の主催。
      【事件】
      2012年12月に、役員・Yによる不正な経費水増しの横領が報道された。

    • コンサート事務局
        ヤング・コミュニケーションのチケット販売部門。

  • 株式会社 ジャニーズ出版
      別名:ジャニー・カンパニーJOHNNY COMPANY, INC.)、 ジャニーズ・パブリッシングJOHNNY'S PUBLISHING, INC.)。
      東京都港区赤坂8-5-24 赤坂エイトビル3F
          
      東京都港区六本木2-3-9 亀甲ビル7F
          
      東京都港区赤坂7-10-20 J HOUSE 2F
          
      東京都港区赤坂8-11-20
      1980年8月設立。 代表取締役社長:ジャニー喜多川。
      原盤制作、音楽著作権の管理、コンサートパンフレットの出版など。
      THE GOOD-BYEの所属事務所でもあった会社。

  • ジャニーズ・スタジオ (JOHNNY'S STUDIO
      ジャニーズ事務所が所有するレコーディングスタジオ。

  • ユニゾン 株式会社
      東京都港区赤坂7-10-20 J HOUSE 3F
               
      東京都渋谷区渋谷1-10-10 ミヤマスタワー3F
      1985年設立。 代表取締役社長:藤島ジュリー景子。
      ジャニーズ事務所100%出資。資本金:1,000万円。 従業員数:8名(2007年時)。
      音楽・映画映像・録音録画の企画制作、および販売。 CM、広告も手がける。

  • 株式会社 エム。シィオー。 (M . Co.
      東京都渋谷区神南1-19-10 公園通りビル5F
               
      東京都渋谷区渋谷1-10-10 ミヤマスタワー3F
               
      東京都渋谷区渋谷1-16-9 渋谷K・Iビル6F
               
      東京都渋谷区渋谷3-29-24 MTBビル7F (2016年2月〜)
      書籍出版事業。 登記社名は「株式会社エム・シィオー」。 代表取締役社長:藤島ジュリー景子。
      2002年8月に出版社として藤島ジュリー景子1人だけで設立。 徐々に社員数を増やしながら、コンサートや舞台、映画などのパンフレットやグッズ、書籍の企画・制作を手がける。  なお、同社は2008年5月に、渋谷区渋谷1丁目にある232uの土地も取得している(売り主は港区の「テンプーモデレート」)。 更に渋谷区渋谷1-20-18に5階建て、約40坪の賃貸オフィス物件「ミタケタワー」も2012年10月に建てている。

  • 株式会社 つづきスタジオ
      東京都港区麻布十番4−6−9。 企業番号:293792410。
      代表取締役社長:ジャニー喜多川 (1991年12月に就任)。
      1991年12月より、ジャニーズ事務所の直営となったリハーサルスタジオ。
    • 公式ホームページのURL - http://tsuzuki-st.jp/

  • 株式会社 ジェイ・プラットホーム (興行会社)

  • 株式会社 クンクン
      旧代表取締役社長:月丘夢路 (本名:井上明子。旧姓:旭爪 (ひのつめ)。1922年10月14日 - 2017年5月3日。95歳没)
      雑誌、カレンダー等の企画制作の各出版社との契約折衝代行。
      その他、化粧品製造販売も行っている。
      社長の月丘夢路は、元・宝塚歌劇団娘役トップスター女優。 妹の月丘千秋月丘洋子も女優。 夢路の夫は映画監督の井上梅次(いのうえ うめつぐ、1923年5月31日 - 2010年2月11日)で、近藤真彦主演の『嵐を呼ぶ男』、田原俊彦主演の『Love Forever』、ジャニーズ少年隊主演の『あいつとララバイ』などを監督した人物。 そして一人娘は料理研究家の井上絵美

  • 株式会社 シアターアーツ1200
      劇場運営会社。
      1997年に、吉本興業、ホリプロとの共同出資により設立。 同年、JR京都駅の駅ビル開業と同時に、日本初の駅ビル内劇場「京都シアター1200」を開場し運営。 しかし共同出資していた各社が1999年に劇場経営から撤退したことにより、「株式会社 シアターアーツ1200」は解散となった。

  • 株式会社 アートバンク
      東京都渋谷区神宮前2-6-10 パークレーン.2F・4F・5F
               
      東京都渋谷区渋谷3-29-24 MTBビル6F (2016年3月〜)
      創業:2003年、設立:2005年6月。 資本金:3,000万円。
      代表取締役社長:伊坪寛。 旧代表取締役社長:高橋拓也 (2006年3月〜2008年12月。藤島ジュリー景子の元夫)。
      2003年5月14日からスタートした有料のモバイル公式サイト「Johnny's web」http://www.johnnys-web.com/)のために創業。  ジャニーズ事務所の公式サイト、携帯コンテンツの運営、更新業務の他、ネット上におけるジャニーズ事務所所属タレントの著作権、肖像権侵害コンテンツに対し、削除申請を行っている。
      アートバンクは「株式会社 フジテレビジョン」を経由して伊藤忠商事の子会社「株式会社 ナノ・メディア」と提携し、「Johnny's web」の運営を一部委託している。 また、アートバンクはナノ・メディアの株も保有している。
      【事件】
      2007年4月14日、ナノ・メディアの社員が業務用ノートPCをカバンごとタクシーに置き忘れ、「Johnny's Web」に関する5万6,802人分の顧客の個人情報を紛失した。 パソコンに入っていたのは、同年1月5日〜2月5日にタレントグッズを注文した顧客の情報で、パソコン起動時にはIDとパスワードが必要だが、顧客の住所、氏名、電話番号、メールアドレス、購入したグッズ情報などが含まれていた。 個人情報は同社内にも保存されていた為、同社は利用者にお詫びのメールを送信した。

  • 株式会社 ミュージックマインド
      東京都渋谷区渋谷1-10-10 ミヤマスタワー1F。
      代表取締役社長:藤島ジュリー景子。
      音楽著作権の管理会社。

  • A HOUSE
      注 : 企業名ではなく物件名。
      東京都港区赤坂7-10-20。
      2014年12月に完成したジャニーズ事務所の倉庫ビル。 右隣は同じくジャニーズ事務所が所有するビル「J HOUSE」。

提携企業 (歴代)

  • 株式会社 日本廣明社
      東京都新宿区新宿1-10-1 坂栄第2ビル
          
      東京都新宿区富久町8-21
      広告宣伝会社。 タレントグッズの企画を行う。

  • 株式会社 ケイ・プランニングセンター
      上記の日本廣明社の系列会社に当たる。
      広告代理店。 タレントのマネジメントを行う。

  • 株式会社アムハースト・リミテッド
      東京都渋谷区神宮前2-6-10 パークレーン.アネックス(本社)、および右隣のビル(番地は同じ)「パークレーン」2F
      代表取締役社長:高橋拓也(藤島ジュリー景子の元夫)。
      1994年1月設立の広告代理店。



ジャニーズショップ (歴代)

通称:ジャニショ。 ジャニーズ事務所公認のグッズ販売店。 1989年5月以降は「有限会社 ジェイステーション」が運営している。
1996年から2004年まで、『Johnny's Jr. 名鑑』シリーズの販売も行っていた。


  • ジャニーズファミリークラブ
      かつて、ファンクラブ会報のバックナンバーや、タレントの生写真を販売していた。 事実上最初のジャニーズショップ。

  • koe:r
      キオール。 1987年3月3日オープン。
      〒150-0001 東京都渋谷区神宮前1-15-2 アイドルワンダーランドB1F
      (原宿の「アイドルワンダーランド」内で短期間だけ営業していた少年隊グッズ専門店)

  • ジャニーズ原宿
      1988年12月18日オープン。 正式なジャニーズショップ第1号店。
      〒150-0001 東京都渋谷区神宮前1-14-21 イルサリチェビル1F
      (公式写真を販売する専門スペース「ジャニーズギャラリー」も1989年11月30日にオープン)

  • ジャニーズサンシャイン
      1989年2月28日オープン。
      〒170-8630 東京都豊島区東池袋3-1 サンシャインシティアルパ2F
      (当店では「交通遺児育英会」へ寄付するチャリティーバザールイベント「J-STAGE」を定期的に開催し、毎回ジャニーズタレントを招いていた。 2年ほどで閉店)

  • ジャニーズ福岡
      1989年2月28日オープン。
      〒810-0004 福岡県福岡市中央区渡辺通4-9-25 ユーテクプラザ天神6F
      1993年初頭に一度閉店。
                     
      1995年秋に再オープン。
      〒810-0001 福岡県福岡市中央区天神3-15-17 三天第2ビル2F

  • ジャニーズ大阪
      1989年7月20日オープン。
      〒542-0086 大阪府大阪市中央区西心斎橋1-12-8 大美建築ビル2F
                     
      1999年オープン。
      〒542-0086 大阪府大阪市中央区西心斎橋1-12-8 大美建築ビル1F
      2015年3月31日に閉店。
                     
      2015年4月4日オープン。
      〒530-0017 大阪市北区角田町2-15 シログチビル1F & 2F

  • ジャニーズ札幌
      1989年7月20日オープン。
      〒064-0801 北海道札幌市区中央区南1条西24丁目1-17 カーニバルB1F
      1992年の春か夏に閉店。

  • ジャニーズプラザ (別名:ジャニーズ京都ジャニーズ嵐山
      1990年4月22日オープン。
      〒616-8384 京都府京都市右京区嵯峨天竜寺芒ノ馬場町40-8
      (公式写真を販売する専門スペース「ジャニーズギャラリー」も併設。 1992年8月14日にSMAP、同月17日にはTOKIOがそれぞれ一日店長を務めた。1999年閉店)
                     
      2000年オープン。
      〒616-8384 京都府京都市右京区嵯峨天竜寺造路町37-3
      (かつてビートたけしの「元気が出るハウス」が在った場所で、芒ノ馬場町の前店舗に比べて狭くなってしまった。 「ジャニーズ大阪」の業務拡大による統合に伴い、2007年12月31日をもって閉店)

  • ジャニーズ名古屋
      1995年秋オープン。
      〒461-0005 愛知県名古屋市東区東桜2-14-7 プロト東桜ビル2F
        (1996年秋まではビルの名称が「日本橋ビル」だった。 2012年9月21日で閉店)
                     
      2012年9月24日オープン。
      〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-17-6 ナカトウ丸の内ビル1F

  • ジャニーズ香港
      1998年から1999年にかけて存在。 約半年間で閉店。

  • SMAP SHOP
      2005年12月から2016年1月までの11年間、年末年始に期間限定でオープンしていた、SMAPに関するグッズを販売する店舗。



主な役員とスタッフ (歴代)

※ 歴代関係者一覧。 退社した者も含む。

ジャニーズ事務所役員
  • ジャニー喜多川 (本名:喜多川擴)
      代表取締役社長。 ジェイ・ドリーム代表取締役社長。
      ヤング・コミュニケーション代表取締役社長。 ジャニーズ出版代表取締役社長。
      つづきスタジオ代表取締役社長。 東京・新・グローブ座 代表取締役社長。
  • メリー喜多川 (本名:藤島メリー泰子)
      代表取締役副社長。 ジャニーズ・エンタテイメント代表取締役社長。
      元・ジャニーズのマネージャー、フォーリーブスのスタイリスト。 亡き作家・藤島泰輔の妻。
  • 藤島ジュリー景子
      代表取締役副社長。 ジェイ・ストーム代表取締役社長。ユニゾン代表取締役社長。 元・ジャニーズエンタテイメント代表取締役社長。 元・スタイリスト。
      メリー喜多川と藤島泰輔の長女。
  • 近藤真彦
      取締役。 タレント。
  • 小俣雅充
      2016年5月19日に取締役として入社。  元々は、ソニー・ミュージックエンタテインメントの各グループ会社に居り、
    • 「株式会社 ソニー・ミュージックディストリビューション」の代表取締役 (2003年2月16日 - )
    • 「株式会社 ソニー・ミュージックエンタテインメント」の取締役 (2011年6月29日 - 2013年6月26日) と、コーポレイト・エグゼクティブCAO (Chief Administration Officerの略。2011年6月29日 - 2013年6月30日。途中からCAOではなく普通のコーポレイト・エグゼクティブに)
    • 「株式会社 エムオン・エンタテインメント」の取締役 (2012年4月1日 - 2013年6月11日)
    • 「株式会社 ソニー・ミュージックアクシス」の取締役 ( - 2013年6月13日)
    • 「株式会社 ソニー・クリエイティブプロダクツ」の取締役 ( - 2013年6月14日)
    • 「株式会社 ソニー・コンピュータエンタテインメント」の取締役 ( - 2013年6月26日)
      などを歴任していた人物。
      1952年頃の生まれ。山梨県出身。 山梨県立桂高等学校卒業。
  • 東山紀之
      旧取締役。 タレント。
  • 伊豆喜久江
      旧取締役。 元・メリー喜多川の秘書。 元「有限会社 ジェイステーション」二代目代表取締役社長。 1947年 or 1948年生まれ。
      事務所創業の頃からの古参スタッフで、1980年代まではタレントの衣装の手縫い製作も担当していた。  1976年8月24日にジャニーズ事務所に入りたくて事務所前をうろうろと何往復もしていた田原俊彦を最初に見付け、不審者だと思って声をかけ、事情を聞いてジャニー喜多川に引き合わせてあげた人物が伊豆。
      1980年代は総務を担当。 毎年、仕事を頑張ったスタッフに贈られる「メリー賞」はたいてい伊豆が貰っていた。
      他の事務所スタッフの間では「伊豆ババ」と呼ばれていた。 2016年2月にジャニーズ事務所を退社。
  • 中辻正
      なかつじ ただし。 郷ひろみのマネージャーを経て事務所専務に。 三島由紀夫の「楯の会」の元会員。 『週刊セブンティーン』(1973年3月27日号)に写真付き座談会で登場。  メリー喜多川との確執で1977年に退社。 井上純一を引き連れて「エヌ企画」を設立。
  • 白波瀬傑
      しらはせ すぐる。 旧取締役広報部長。 ジェイ・ドリーム旧取締役。 1950年 or 1951年生まれ。京都府出身。 上司からの愛称:シイさん。 渡辺プロダクションを経てジャニーズ事務所に入社。 マネージャーとしても豊川誕、KinKi Kidsなどを担当。  豊川誕のファンだった大阪の親衛隊の女性と1983年に結婚したが、後に離婚。 2000年代に入り、別の女性と再婚。  スキャンダル発生時のマスコミへの口癖は「穏便に…お願いしますね…」。
      2016年に退職。
  • 矢ア政実
      やざき まさみ。 男性。 愛称:ヤザパパ。 取締役制作部長。マネージャーとしてもKinKi Kidsなどを担当。
      また、ジャニーズ事務所での活動とは別に、芸能事務所「(株)ヤザ・パパ」を1986年4月1日に設立した。
  • 小杉理宇造
      こすぎ りゅうぞう。 1947年11月10日生まれ。練馬区出身。
      ジャニーズ事務所顧問。 2003年11月からはジャニーズ・エンタテイメント代表取締役社長にも就任。 ジェイ・ドリーム取締役。 スマイルカンパニー代表取締役社長。 元々は、馬飼野康二らとムードコーラスのバンド「ブルー・シャルム」でアーティストとして活動していた。 1968年6月結成。1969年1月レコードデビュー。シングル4枚をリリースしたのみで、1970年に解散。 当時の芸名は「春城伸彦 (はるき のぶひこ)」で、ドラム担当だった。
      その後、RCAレコード(後のRVC → BMG JAPAN)のプロデューサーとなり、リトル・ギャングを手がけたことからジャニーズ事務所との関わりを持つようになった。 近藤真彦を手がけた後、RVC(旧・RCA)から独立。 レコード会社「アルファ・ムーン株式会社 (後のMOON RECORDS)」を設立し、イーグルスオレンジ・シスターズを手がけた。
      1984年4月、スマイルカンパニー代表取締役社長就任。 1995年、ワーナーミュージック・ジャパン代表取締役会長に就任(2002年退任)。 そして2003年11月にジャニーズ・エンタテイメントの三代目代表取締役社長に就任した後は、KinKi Kidsなどを手がけた。
      2005年、ジャニーズ事務所、東京グローブ座、早稲田大学演劇博物館とのコラボ企画「@ザ・グローブ・プロジェクト」を小杉が発案・企画。 同プロジェクトは、2006年に第2弾、2007年に第3弾が上演されて終了した。
      元「canna」のメンバーで作詞・作曲家の周水(Shusui)は実子。 [1]
  • 飯島三智
      いいじま みち。 女性。 旧マネジメント室長。 ジェイ・ドリーム旧取締役 (辞任日:2016年1月12日)。
      1957年2月20日生まれ。東京都(山の手)出身。O型。愛称:ミッチー。未婚。 韓国の俳優、イ・ビョンホンの大ファン。
      父は大手レコード会社「CBS・ソニー」に勤務、母はピアノの先生という音楽一家で生まれ育つ。 女子短大を卒業後、大手映画会社での勤務を経て、父親の知人が音楽プロデューサーの酒井政利だった縁でメリー喜多川に紹介してもらい、1981年頃にジャニーズ事務所に事務員として入社。
      その後、メリー喜多川の秘書業務や、少年隊、男闘呼組、光GENJIなどの担当デスクを経て、1990年代前半よりSMAPのチーフマネージャーに。 やがてSMAPだけでなく、山下智久、中山優馬、Kis-My-Ft2、A.B.C-Z、Sexy Zone、ジャニーズJr.のマネジメントも担うようになった。
      2016年1月に巻き起こったSMAPの解散騒動の責任を取らされ、同年2月4日付でジャニーズ事務所を退職。 勤続35年、月収は約100万円。 そして退職金は3,000万円に満たない額だった。
      ジャニーズ事務所を退職してから5ヶ月後、中国資本の大手総合免税店を運営する「ラオックス株式会社」の関係者が、虎ノ門のオフィスビル内に2016年7月26日に設立した「株式会社 CULEN (カレン)」にスターティングメンバーとして招かれ、同年12月21日、同社の代表取締役に就任した。 事業内容は日本コンテンツの海外発信事業と映画製作。
      なお、1999年1月3日放送のテレビドラマ『古畑任三郎 VS SMAP』では、飯島に該当するSMAPの女性マネージャー役を、戸田恵子が演じた。

関連会社役員
  • 大和剛 (元:大和つよし。ヤング・コミュニケーション役員)
  • 喜佐上聖子
      きさかみ まさこ。 愛称:つう子さん。 ヤング・コミュニケーション役員 兼 ジャニーズファミリークラブ主任。  元・おりも政夫川ア麻世のファン。
  • 遠藤直人
      ヤング・コミュニケーション役員(制作部チーフ) 兼 ジャニー喜多川の専属運転手。 『PLAYZONE』シリーズではプロデューサーも務めた。 元「忍者」のメンバー。

担当弁護士
  • 旅河正美
      1960年代に担当。第二東京弁護士会所属。旅河法律事務所代表。登録番号:7165。
  • 内藤篤
      1997年に担当。第一東京弁護士会、青山綜合法律事務所。 登録番号:19257。 [1]
  • 清水浩幸
      1997年に担当。第一東京弁護士会所属。清水総合法律事務所代表。登録番号:19261。
  • 坂口昌子
      1997年に担当。第一東京弁護士会、梶谷綜合法律事務所所属。登録番号:24580。
  • 矢田次男
      やだ つぎお。 第一東京弁護士会所属。のぞみ総合法律事務所代表。登録番号:21396。  ジャニーズ事務所だけでなく、バーニング・プロダクションの顧問弁護士も兼務。
  • 小川恵司 (第二東京弁護士会、のぞみ総合法律事務所所属。登録番号:23669)
  • 結城大輔 (第二東京弁護士会、のぞみ総合法律事務所所属。登録番号:29326)
  • 野間自子
      のま よりこ。 東京弁護士会、三宅坂総合法律事務所所属。登録番号:22883。

担当税理士 (会計監査人)
  • 西村善作 (ジャニーズ出版の監査も兼任。登録番号:23166)
  • 前田正美
      ジャニーズ・エンタテイメントの監査人。 前田税務会計事務所代表。登録番号:20415。

後見人
  • 小佐野英子
      ジャニーズ事務所に巨額の融資をし続けていたスポンサー。 旧伯爵家の令嬢 (旧下総佐倉藩主・堀田家出身。堀田正恒の三女)。
      夫は、田中角栄の刎頚の友と呼ばれ、「国際興業」創業者でもある実業家の小佐野賢治で、1947年に結婚。二人の間に子供はいない。 賢治は、ロッキード事件の証人喚問で「記憶がありません」と繰り返し答弁したことでも有名となった人物で、1917年(大正6年)2月15日生まれ、1986年10月27日没(69歳没)。
      「国際興業」の名の由来は、小佐野賢治が戦前の統合期に関与していた会社「国際自動車」からの引用。「国際」の響きを気に入っていた賢治が、自分の会社名にも採用した。 こうした縁もあり、ジャニーズ事務所が贔屓にするタクシー会社も「国際自動車 (km)」である。 また、賢治は「シェラトン・ワイキキ・ホテル」のオーナーでもあるため、 ジャニーズ事務所のタレントがハワイに行く時は、このホテルの最上階のスイートルームを利用させてもらっている。
      英子は女子学習院(後の学習院女子高等科)を卒業しており、藤島泰輔と旧知の仲であったことからジャニーズ事務所と関わるようになった。 事務所への融資の他、パーティーにも事務所関係者やOBタレントをよく招いている。

ジャニーズファミリークラブ (旧・ジャニーズ事務所後援会) スタッフ
  • 大野(ジャニーズ事務所後援会) 宮崎(ジャニーズ事務所後援会)  引田(葵テルヨシの後援会) 広岡栄子(おりも政夫ファン。葵テルヨシの後援会を経て、豊川誕の後援会責任者)  北田(未都由の後援会)  横山(川ア麻世の後援会)  大塚正枝(近藤真彦ファンのトップ)  佐藤真由美(シブがき隊ファンのトップ)  ○○かな子(佐藤アツヒロファンのトップ) 田子泰子

ヤング・コミュニケーション スタッフ
  • 関口憲夫 井上一(1980年時) 大和剛の息子 長島房子 大林葉子 木下恵 由谷美佳 荒川由紀 井上真貴子

ジャニーズ出版 (別名:ジャニー・カンパニー、ジャニーズ・パブリッシング) スタッフ
  • たけだちほこ 木村けんいち くさかあきよし 田中のぞむ  飯塚章又(いいづか あきやす) たけこしさやか

音楽プロデューサー
  • 鎌田俊哉
      こどもバンド」の元メンバー。 世田谷区出身。血液型:B型。 都立青山高等学校、AN School of Contemporary Music(大学)卒業。 ジャニーズ出版を経て「株式会社 Griot」に入社し、海外制作事業部に所属。
  • 野村賢一 (ジャニーズ出版)
  • 中山藤幸 (なかやま ふじゆき。ジャニーズ出版)
  • 都築直義 (ジャニーズ出版)
  • 伊豫部準二 (ジャニーズ出版の音楽ディレクター)
      いよべ じゅんじ。1985年3月に埼玉県立所沢中央高校、1990年3月に駒澤大学文学部英米文学科を卒業。 伊豫部富治の息子。
  • 伊豫部富治
      いよべ とみじ。1941年3月15日生まれ。 1964年に日本テレビ技術専門学校(後の日本工学院専門学校)を卒業後、市ヶ谷スタジオに入社。その後、テイチク会館スタジオとニッポン放送サービス(後のポニーキャニオン)を経て、フリーのレコーディングエンジニア(ミキサー)に。 代表作は『ルパン3世』シリーズ、南沙織の『17才』など。 伊豫部準二の父。 [1][2]
  • 鶴田海生 (ジャニーズ出版)
      つるた かいお。名古屋市出身。愛知県立守山高校卒業。B型。
  • 野澤孝智
      のざわ たかとも。1960年7月22日生まれ。東京都中野区出身。武蔵野音楽大学音楽学部声楽学科を卒業し、ビクターエンタテインメントに入社。 ジャニーズのアーティストでは、SMAPと関ジャニ∞をプロデュースした。 その後、「office727」を設立して独立。 [1]
  • 藤森淳一(音楽プロデューサー。 潟^フカンパニー代表)
  • 井上じゅん
  • 吉川正巳
      よしかわ まさみ。「正己」は誤表記。O型。 「LA-LA Deux (ララドゥ)」の元メンバー。2001年にジャニーズ出版に入社。

ジャニーズ・スタジオ レコーディングエンジニア
  • 宮西かなお いとうとしお 高瀬健太郎(芦屋市出身、B型)

ジャニーズ・エンタテイメント スタッフ
  • 渡辺たかのり 小泉すすむ 平尾かずのり 丸山ひでき 松川やすなり  山口ゆきお 望月香織(後にジェイ・ストームへ転籍)  近藤やすし 今井ひろふみ(後にジェイ・ストームへ転籍) 宮本みか 村上さゆり  金子まみ 小林由美子 [1]
  • 伊藤涼 (千葉県出身。2001年入社。2009年6月に退社し、同年7月に株式会社マゴノダイマデ・プロダクションを設立。[1]
  • 渡辺夏樹
      立川市出身。血液型: A型。 麻布高校、早稲田大学卒業。 1986年から2002年までは日本コロムビアに勤務。 2003年よりジャニーズ・エンタテイメントに入社。 趣味:ゴルフ。 愛車(2011年時):アルファロメオ 147 2.0TWIN SPARK 2003年式マニュアル・ミッションモデル。

ジェイ・ストーム スタッフ
  • 原藤一輝 (制作プロジェクト本部長)
      はらふじ かずてる。1977年生まれ。横浜市出身。愛称:はらちゃん。神奈川県立港南台高校、日本大学芸術学部卒業。高校時代はアメフト部に所属していた。
  • 大楠正吾 (二宮和也のbayfmのラジオ番組『BAY STORM』にも出演)
  • 今井ひろふみ
      愛称:STBY。 二宮和也のbayfmのラジオ番組『BAY STORM』や、相葉雅紀の文化放送のラジオ番組『嵐・相葉雅紀のレコメン!アラシリミックス』、松本潤のFM NACK5のラジオ番組『JUN STYLE』にも出演。  「STBY」という愛称は、「スタンバイ」を意味する「STBY」の表記を、そのまま「エスティービーワイ」と読んでしまったため。 アメリカへの留学経験を持ち、英語も話せる。
  • 望月香織 中村浩子 飯田雄一郎 鈴木洋之 森谷朋子

ユニゾン スタッフ
  • 浅沼久美子(取締役) 岡本英子

東京・新・グローブ座 スタッフ
  • 堂本奈緒美

エム。シィオー。(M.Co.) スタッフ
  • 天野由美子 前園美佐子 西野ゆうこ 高橋麻衣

アートバンク スタッフ
  • 小林

合宿所家政婦
  • 田端 (「木下ビル」へ通い)
  • 常見 or 恒見
      つねみ(苗字)。1983年7月より「ドミ麻布」へ住み込み。 雑誌『週刊セブンティーン』(1984年1月1日号)では彼女のインタビューも掲載されている。 当時一緒に住んでいたシブがき隊の本木雅弘は、つねみさんの誕生日にサプライズプレゼントとして、二人きりでディズニーランドに連れて行ってあげたことがある。
      また、この合宿所では1974年7月当時に家政婦をしていた人物が、ボヤ騒ぎを起こしたこともあった。  1974年7月2日午後8時26分、家政婦が台所で天ぷらを揚げていた際にフライパンが過熱し、ガスが油に引火して大きな火柱が上がった。 毛布をかぶせたことで鎮火は出来たが、管理人が既に消防署に通報しており、合宿所の周りには消防車が10台、広報車が1台集結する騒ぎとなった。(『週刊明星』1974年7月28日号)
  • 藤野玉枝
      「マンション31」時代の初代寮母(通い)。 数年で引退し、岡山県倉敷市へと移り住んだが、少年隊が1985年11月27日にフジテレビ『夜のヒットスタジオ』で初めて「仮面舞踏会」を歌った際に、手作りの料理を持って応援に駆けつけ、テレビ出演した。 また、1993年に田原俊彦が『オシャレ30・30』(日本テレビ)にゲスト出演した際にも、藤野は番組に手紙を寄せる形で登場している。
  • 通称:オババ (「マンション31」時代の通いの二代目家政婦)

マネージャー、付き人

※ マネージャー業の他に、スタッフとして別の肩書きもある者の名前は以下には記さない。 上部の各スタッフ項目の方に記載。

  • 松下公次 (後の北公次。 ジャニーズの付き人)
  • 飯野裕代 (後の飯野矢住代。 ジャニーズの付き人)
  • 野木勉
      フォーリーブス、葵テルヨシを担当。 ジャニーズ事務所を退社後は、自身で渋谷に芸能事務所「ベースアドベンチャー」を設立し、おりも政夫、成田昭次などを抱えた。
  • 筒井善範
      フォーリーブスを担当。 事務所を退社後は、俳優の東幹久を育てた。
      晩年はTBSグループの制作プロダクション「カノックス」を経て、制作会社「ネクスト・プロデュース (2006年にユニオン映画に吸収合併)」に勤務し、2000年代半ばまでに逝去。
  • 加藤広嗣
      愛称:サンペイ (由来は「どうもすみません」を連発する所から、林家三平とかけて付けられた)。 フォーリーブスの付き人 兼 現場マネージャー。
  • 坂本 (愛称:マンボ。 フォーリーブスの付き人 兼 現場マネージャー)
  • 和田俊之
      江木俊夫を担当。 元・スクールメイツのマネージャー。 後に調布市の「(有)東京音楽学院」の学院長に就任し、 再びスクールメイツのマネジメントに尽力。  なお、和田の結婚式や、2008年8月9日に目黒雅叙園で開催された「スクールメイツ大同窓会」には、フォーリーブスは4人とも全員出席している。
  • 岡典雄
      本名:高橋典雄。 フォーリーブスの付き人 兼 ジャニーズJr.を経て、ジューク・ボックスのマネージャーに。 後にジューク・ボックスのメンバーに昇格。
  • 郷ひろみ (フォーリーブスの付き人を経験)
  • 木村 (フォーリーブスを担当)
  • 反田和年
      たんだ かずとし。愛称:カズ坊。鹿児島市出身。 1973年時のフォーリーブスの現場マネージャー。 『週刊セブンティーン』(1973年3月27日号)に写真付き座談会で登場。
  • 川崎淳士
      かわさき じゅんじ。 フォーリーブスの運転手を経て、郷ひろみのマネージャーを担当。 1975年4月1日より、郷と共に「バーニングプロダクション」へ移籍し、引き続き1984年まで郷のマネージャーに。 1985年〜1987年は大地真央をマネジメント。 そして1987年に独立し、芸能事務所「カワサキエージェンシー」を渋谷に設立。蓮舫ダンプ松本をマネジメントした。  また、新潟県胎内市の町興しのために、毎年夏になるとタレントを連れてイベントを手掛けていた。
      1997年に「(有)ワールド・キャスティング・バンク」を設立。 大学生に対するメディア講習を主催し、講師の派遣を行うようになった。
      その後、「(株)アーティストボックス」を六本木に設立。2004年に暴走族のバイク写真集『旧車會4Life』(DVD付)や、HIP HOPファッションのカタログ書籍『YO ! ! HIPS』(DVD付)などを発行した。
      更に「NPO法人 グローバルネットワーク」の理事や、「(株)インタープロデュース」の代表取締役、「(株)パルステーション」の監査役など、数多くの肩書きも掲げるようになった。
  • 卯野直敏 (愛称:クリマン。ジャニーズJr. 兼 郷ひろみの付き人)
  • 柳井 (1974年に半年間、フォーリーブスの付き人。 後にAV男優のミッキー柳井に)
  • 井上晴雄
      愛称:僕ちゃん。フォーリーブスの付き人 兼 ジャニーズJr.。後に豊川誕が経営するショーパブ 「ダンシングマリア」 に勤務。
  • 青山
      豊川誕を半年間ほど担当。 愛称:アザラシ(豊川による命名)。 下ネタ好き。 元はサンミュージックにて桜田淳子のマネージャーをしていた男性。
  • 田原俊彦 (おりも政夫の付き人を経験)
  • 鳥越晃
      とりごえ あきら。愛称:とりにゃん。1956年9月13日生まれ。神奈川県出身。蕎麦屋の息子。1973年に結成された「ジャニーズ・ジュニア第1期生」の初期メンバーであり、 中でも特に人気が高かったが、大学受験の為に事務所を退社。  その後、倉田まり子(後の坪田まり子)のマネージャーを経てジャニーズ事務所にスタッフとして復帰。 田原俊彦 → ひかる一平 → シブがき隊の順でマネージャーを務めた。 1990年代に病気で逝去。
  • 遠藤五佐緒
      えんどう いさお。愛称:チャオさん。田原俊彦、THE GOOD-BYE、忍者を担当。 ハイ・スパンキーの元メンバー。
  • 田中昌宜 (たなか まさよし。田原俊彦を担当)
  • 小沢たくお (田原俊彦を担当)
  • 石井よしみつ (田原俊彦を担当)
  • 野杁弘昭 (のいり ひろあき。 田原俊彦を担当)
  • 宇野伸一郎
      田原俊彦を担当。 以前は、元「ダウン・タウン・ブギウギ・バンド」のドラム・鈴木洋行のバンド「野蛮人」のマネージャー 兼 付き人だった人物。 タレント志望の宇野を、友人である豊川誕がジャニー喜多川に土下座して頼み込み、 まずは田原俊彦のマネージャーにさせた。しかし間もなくして宇野本人の意志でマネージャーから付き人に降格。 そして約2年後、田原と大喧嘩をして退社。  その後は、豊川誕が経営していた六本木のショーパブ「ダンシングマリア」と、 中野坂上(東中野)のスナックに勤務。 やがて自分のスナック「マスク」を中野に開店した。
  • 平本淳也 (ジャニーズJr. 兼 田原俊彦の付き人)
  • 早川竜朗 (近藤真彦、光GENJI、男闘呼組、忍者を担当)
  • 宮崎幸正
      元・ジャニーズJr.。 田原俊彦 → 近藤真彦 → シブがき隊(ツアーマネージャー)の順で担当。 趣味:ぬいぐるみ集め。金銭問題のトラブルで退社。 シブがき隊のマネージャー時代には、南野陽子と交際していると言われていた。
      後に芸能事務所「株式会社 マジックカンパニー」を設立(高知東生が所属)。
  • きくち てつろう (近藤真彦を担当)
  • 遠藤じょうじ (田原俊彦、近藤真彦を担当)
  • 中村成幸 (後の中村繁之。 近藤真彦の付き人を経験)
  • 佐藤こういち (THE GOOD-BYEを担当)
  • 藤河謙二 (シブがき隊、男闘呼組を担当)
  • 川口憲一
      愛称:ぐっちゃん、グッチー。シブ楽器隊を担当。その後、シブがき隊の現場マネージャーに。
  • 細野謙治
      マネージャー業と振付師を兼務。 ジャPAニーズの元メンバー。
  • 板野俊雄
      田原俊彦、シブがき隊のチーフマネージャー。 JJSVIPジャPAニーズの元メンバー。 後に山口県で「リズミックス・ダンシング・クラブ」を開校。
  • 石川昭裕 (愛称:ジャイ。THE GOOD-BYE、シブがき隊、少年隊を担当)
  • 杉浦 (シブがき隊を担当)
  • 和田勝 (シブがき隊を担当。後に「M'sエンタープライズ」の社長に)
  • ヨネちゃん (薬丸裕英を担当)
  • 寺崎 (後期のシブがき隊を担当。ファンの間では二枚目だと評判の人物だった)
  • 田村充弘
      愛称:タムちゃん。 シブがき隊、イーグルス、中村繁之、少年隊を担当。 立命館大学卒業。 俳優の岡本信人に似ている人物。 当時町田市在住。
  • 並木栄
      なみき さかえ。中村繁之のチーフマネージャー。後に「ミナクル・カンパニー」の社長に。
  • やすだ としひろ (少年隊を担当。1988年当時)
  • 大塚たかひろ (少年隊を担当)
  • 手塚なお子 (少年隊を担当)
  • 佐藤みち子 (少年隊を担当)
  • 小川博 (錦織一清を担当)
  • 田口 (錦織一清を担当)
  • 佐藤宏
      少年隊、光GENJIの担当を経て、メリー喜多川の専属運転手に。 2009年4月23日に発生した草g剛の公然わいせつ現行犯逮捕事件では、事務所に押しかけたマスコミ陣に対し、社長でも副社長でもなく、佐藤が「総務担当」という肩書きでテレビカメラの前に立たされ、釈明の役をさせられている。
  • 坂本昌行 (東山紀之の付き人を経験)
  • 長野博 (内海光司、植草克秀、正木慎也の順で付き人を経験)
  • 井ノ原快彦 (稲垣吾郎の付き人を経験。仕事で2人だけでロサンゼルスに1泊3日で行ったこともあった)
  • 田村かおる (光GENJIを担当)
  • 一柳正子 (いちりゅう まさこ。 光GENJI、および諸星和己を担当)
  • 中城としあき (佐藤アツヒロ、KinKi Kidsを担当)
  • 浜崎こうじ (男闘呼組を担当)
  • 森さだひで (男闘呼組を担当)
  • 西山たけし (男闘呼組を担当)
  • たけうち やすこ (男闘呼組を担当)
  • 菅原まさき (忍者を担当。板橋区出身。3月16日生まれ)
  • 山本きよあき (忍者を担当)
  • もりた かつひさ (忍者を担当)
  • 遠藤秀i
      えんどう ひでき。 静岡県沼津市出身。 ジャニーズ事務所でマネージャー業を経験後、1995年5月にアダルトタレント事務所「(有)アリュール」を設立。 更に同年10月20日に芸能事務所「(株)フィットワン (旧名:フィット)」、1998年12月にも芸能事務所「(株)ENプロ」を設立した。 その後、名前を遠藤日出樹に改名。 更に「エイベックス・エンタテインメント株式会社」の社長室長を経て、エイベックス・マネジメント本部長に就任した。 なお、「フィット」は元フォーリーブスの江木俊夫の会社「オフィスキッド」と業務提携していた。
  • ためがい (SMAPを担当)
  • 山下秀樹
      警備会社を経て1990年代初頭にジャニーズ事務所に入社。 SMAPとV6のマネージャーを務めた後、ライブや舞台関係の仕事を取り仕切る子会社「株式会社 ヤング・コミュニケーション」に出向。 2016年の秋、諸事情により退職。
  • ふとっちょ君 (SMAPを担当)
  • ノッポ君 (SMAPを担当)
  • 福田幸雄 (SMAP、V6、KinKi Kidsを担当。愛称:ふくちゃん)
  • 福島豪 (SMAPを担当)
  • 宮部浩二 (SMAPを担当。主に稲垣吾郎担当)
  • 辻村功 (SMAP、TOKIOを担当)
  • 上久保彰登志 (かみくぼ あきとし。 SMAPを担当。主に中居正広担当)
  • 佐々木としゆき (SMAPを担当)
  • しば崎ゆう子 (SMAPを担当)
  • 斉藤ゆう子 (SMAPを担当)
  • りゅう よし彦 (SMAPを担当)
  • 宮脇 (中居正広を担当)
  • 清水茂晴 (SMAPを担当)
  • 小川亮 (SMAPを担当。主に木村拓哉担当)
  • 長坂信仁 (愛称:ナガタマ。SMAPを担当)
  • 前野ゆう紀 (SMAPを担当)
  • 立木亮斗
      たつぎ あきと。SMAPを担当。主に香取慎吾担当。 長野県岡谷東高校、東放学園専門学校卒業。高校時代はテニス部に所属。
  • 藤原秀樹
      SMAPを担当。主に草g剛担当。
      1971年10月18日生まれ。東京都出身。身長:168cm。A型。かつてスターダストプロモーションに所属していた元俳優で、 代表作は1992年の特撮テレビドラマ『恐竜戦隊ジュウレンジャー』。
  • 高木ゆう一郎 (TOKIOを担当)
  • 佐藤てつや
      TOKIO、V6、Jr.を担当。 専門学校東京コンセルヴァトアール尚美(後の「尚美ミュージックカレッジ専門学校」)を卒業してジャニーズ事務所に入社。
  • 松林大悟
      TOKIOを担当。 2005年8月にIT会社「(株)ドリカムインターネット」を渋谷に設立し、代表取締役社長に。2007年8月に退任。
  • 宮島寛 (みやじま ひろし。チーフマネージャー。TOKIO、KinKi Kidsを担当。愛称:ミヤジ)
  • 小清水順平 (チーフマネージャー。TOKIOを担当)
  • 関口律郎 (V6、Jr.、KAT-TUNを担当。愛称:リツ。元・佐藤敦啓の追っかけ)
  • 黒川賢一
      1975年5月7日生まれ。栃木県佐野市出身。AB型。 愛称:黒P、ブラックリバー、ブラリバ。チーフマネージャー。V6、植草克秀、嵐、Hey! Say! JUMPを担当。 相葉雅紀の文化放送のラジオ番組『嵐・相葉雅紀のレコメン!アラシリミックス』にも出演していた。
      栃木県立佐野商業高校、専門学校 東京コンセルヴァトアール尚美(後の「尚美ミュージックカレッジ専門学校」)を卒業。 専門学校在学中の1995年12月12日にジャニーズ事務所に入社。 B'zの大ファン。 ジェルネイル検定の資格を持っている。
  • 岡本忍 (少年隊、V6、今井翼を担当。 元々は光GENJIのオッカケをしていた男性)
  • 勝田 (V6を担当)
  • 鈴木 (V6を担当。愛称:ベルウッド)
  • 佐藤なりあき (V6を担当。愛称:シュガー)
  • 武藤ゆうすけ (V6を担当。愛称:ノンシュガー)
  • 井口かずや (V6を担当。愛称:グッドマウス)
  • 高岡りょうき (V6を担当。愛称:ハイヒル)
  • 柳沢 (V6を担当。愛称:ウィロースワンプ)
  • 山下けんいち
      KinKi Kids、TOKIOを担当。
      堂本剛と山口紗弥加の朝帰り熱愛が『フライデー』(2001年4月6日号)にすっぱ抜かれたことに対して責任を感じ、 同年3月24日の夕方より失踪。 しかし後に事務所に復帰した。
  • 鈴木亘
      すずき わたる。愛称:すーさん。群馬県館林市出身。O型。群馬県立西邑楽高校卒業。 KinKi Kids担当チーフ。タッキー&翼も担当。
  • 東 覚
      ひがし あきら。1965年9月25日生まれ。東京都昭島市出身。B型。日本大学卒業。  KinKi Kids、タッキー&翼の担当を経て、少年隊のチーフマネージャーに。
  • 下山行男 (KinKi Kids、今井翼を担当)
  • 宮下仁 (みやした じん。 V6、KinKi Kidsを担当)
  • 高木延秀
      ジャニーズJr.担当チーフマネージャー。忍者の元メンバー。
  • 須野原 (Jr.、内博貴などを担当)
  • 高橋 (内博貴などを担当)
  • 森雄介 (Jr.を担当。 本人も元ジャニーズJr.)
  • 伊藤政氏
      元・関西ジャニーズJr.。 2011年2月に村上信五の付き人を経験。そして同年6月より関ジャニ∞のマネージャーに。
  • 野津享 (関ジャニ∞を担当)
  • 北沢浩介 (関ジャニ∞を担当)
  • 明井雄一 (関ジャニ∞を担当)
  • 柴田竜世 (関ジャニ∞を担当)
  • 相場顕法 (関ジャニ∞を担当)
  • 柳沢孝則 (関ジャニ∞を担当)
  • 内藤龍太郎 (関ジャニ∞を担当)
  • 早川 (Kis-My-Ft2を担当)

主な振り付け担当
  • 山田卓
      やまだ たく。本名での読み:やまだ たかし。1931年8月16日 - 2007年11月2日。 大阪府出身。 「日本振付家協会」の創設者・会長、「日本ジャズダンス芸術協会」の相談役を務めた。  2007年、大阪市市民功労賞を受賞。
  • 小井戸秀宅
      こいど しゅうたく。本名での読み:こいど ひでいえ。 1936年10月4日生まれ。群馬県出身。 高校卒業後に上京し、日劇ミュージックホールに入団。 「スタジオナンバーワンダンサーズ」の一員として、ステージダンサーの経験を積んだ。  その後、『光子の窓』、『シャボン玉ホリデー』などのテレビ番組に出演し、振付師の仕事に携わる。 フォーリーブスや郷ひろみにも振り付けを行った。  1974年〜1994年の20年間は、レストランシアターの「赤坂コルドンブルー」で、歌手・タレントのステージ演出・振付も行っていた。
      雑誌『AERA』(1999年6月28日号)に掲載された他、2004年には著書『人生は、ショータイム 〜 芸能界を踊らせつづけて50年、振付師・小井戸秀宅』(ブックマン社)を出版。この本は2010年9月にROLLYと保田圭の主演で舞台化され、その舞台はDVD化もされた。 株式会社ウェベリック所属。 [1]
  • 西条満
      本名:岩崎恒雄。 1938年 - 2010年4月25日。72歳没。
  • 堀内完 (バレエ団の主宰者。息子はバレエダンサー・振付家の堀内元)
  • 飯野おさみ
  • 長田栄
      ながた さかえ。 永田英二の父親。 振付師ではなくダンス講師として参加。日本舞踊の藤間流の師範でもあった人物。 俳優の小日向文世似だった。 『週刊セブンティーン』(1969年11月18日号、集英社)に掲載。
  • 山崎隆
  • 飛鳥亮
  • タミー・モリナロ (フォーリーブスを担当)
  • 三浦亨 (西条満のアシスタント)
      みうら とおる。1946年生まれ。宮城県出身。別名:カーニバル三浦。 宮城県立石巻高校、日本大学芸術学部演劇学科卒業。  1970年、西条満の元でダンサーデビュー。1973年、天地真理『恋する夏の日』で振付師デビュー。
  • 名倉加代子 (元:名倉かよこ)
  • 細野謙治 (振付師&タレントマネージャー。ジャPAニーズの元メンバー)
  • ボビー吉野
      事務所専属振付師(1993年まで)。ジャPAニーズの元メンバー。
      後に「ボビー吉野ジャズダンススタジオ」を開校。
  • 浅田敏行 (西条満のアシスタント。 元ジャニーズJr.)
  • 菊地ヒロユキ (西条満のアシスタント)
      本名:菊地裕之。 日本大学芸術学部演劇学科卒業(在校時にはミュージカル研究会に所属)。  その後、「株式会社 ダンシングオフィス西条」に入社し、西条満に師事。 あらゆる音楽番組や、コンサート、舞台、コマーシャル等の現場を経験する。
      2003年にダンシングオフィス西条を退社。  2005年に「株式会社 HK-グラウンド」を設立し、代表取締役に。 [1]
  • 中野ブラザーズ
      タップダンスの振り付けを担当。 兄:中野啓介(1935年3月21日 - 2010年8月10日)、弟:中野章三(1937年2月8日 - )。
  • マイケル・ピータース
      マイケル・ジャクソンの『スリラー』を振付した人物。1986年に少年隊を担当。
  • 南流石
      みなみ さすが。本名:南潤子。出生名:福島潤子。1958年7月9日生まれ。鎌倉市出身。 芸名「南流石」の名付け親は桑田佳祐。
      1980年代に一時、テレビ朝日・第1リハーサル室でのジャニーズJr.のダンスレッスンで指導していた。 その後も、SMAPの降り付けを担当した事がある。
  • 吉野ひろみ (ボビー吉野のアシスタント。 ボビー吉野夫人)
      非常に姉御肌で男勝りな人物のため、少年隊からV6まで幅広いメンバーに慕われていた。
  • クリストファー・フィゲンズ
  • Steven A'dyani
  • デイビー
      バハマ出身の黒人ダンサー。 雑誌『月刊明星』1990年9月号にてSMAPにダンス指導する様子が掲載。
  • SAM (光GENJIを担当)
  • SANCHE
      サンチェ。1966年生まれ。 1993年からの事務所専属振付師。 本名:阿部雄三。 元「MEGA MIX」のメンバー、「trf」の初期メンバー。
      少年隊のバックダンサーをしていた頃に、東山紀之に振り付けを依頼されたのがきっかけで事務所の専属振付師となる。
      雑誌『レプリーク』(2002年1月号、阪急コミュニケーションズ)に掲載。 その他、ジャニーズJr.のビデオ『素顔 3』や、V6のビデオ『SPACE』などにも登場。 熱烈なジャイアンツファン。
  • TONY-TEE PROJECT
  • 夏まゆみ (赤坂晃、KinKi Kids、Jr.を担当。1994年から2年間)
  • TETSU
      (「BUGS UNDER GROOVE」のリーダー。少年隊、SMAP、V6、Coming Century、森田剛のソロLIVE、KinKi Kids、TOKIO、嵐、Jr.などを担当)
  • YOSHINORI (Coming Century、森田剛のソロLIVEを担当)
  • TAKA (「BUGS UNDER GROOVE」のメンバー。SMAP、V6、嵐などを担当)
  • GOTO (「SOUNDS.CREAM.STEPPERZ」のメンバー。SMAPを担当)
  • SHIGE (SMAPを担当)
  • MASASHI
      (「BUGS UNDER GROOVE」のメンバー。SMAP、滝沢秀明、KAT-TUN、今井翼、NEWS、Jr.などを担当)
  • 椛島永次 (後の「KABA.ちゃん」。SMAPを担当)
  • 吉野みき (SMAPを担当)
  • OHJI (SMAPの1999年のコンサートを担当)
  • 黒須洋壬 (SMAPの2001年のコンサートを担当)
      くろす ひろつぐ。1966年1月26日生まれ。さいたま市大宮区出身。「THE CONVOY」のメンバー。愛称:XROSS(クロス)。
  • TETSUHARU (本名:増田哲治。 SMAPを担当)
  • HIDEBOH (タップダンスの振り付けを担当)
  • 川崎悦子
  • 坂見誠二
  • 八木雅
  • 前田敦 (少年隊からJr.まで幅広く担当)
  • GORI (「サイボーグ007」のメンバー。 Jr.を担当)
  • TETSUYA (本名:石井哲也。元ジャニーズJr.。 中居正広を担当)
  • SHUN (本名:大村俊介。 SMAPを担当)
  • 屋良朝幸 (2006年より、自らのタレント活動と並行して振付活動を開始)
  • JUN (SMAPを担当)
  • TAKE (ジャニーズタレントを幅広く担当)

その他のスタッフ
  • すぎやまこういち (本名:椙山浩一。フォーリーブスのボーカル講師。[1]
  • 片桐和子 (フォーリーブスのボーカル講師)
  • 笠井幹男 (ジューク・ボックス、郷ひろみのボーカル講師)
      「笠井幹男音楽事務所」、「笠井幹男ボーカル教室 (笠井ヴォーカルスタジオ)」を運営。[1]
  • 千田鉦二 (葵テルヨシのボーカル講師)
  • 大本恭敬 (ひかる一平のボーカル講師)
  • 長沢
      バンド「アニメーション」のメンバー・長沢悟の兄。 ジャニーズ事務所に裏方スタッフとして参加していた。 フォーリーブスの楽器車の運転手や、機材や音響機器の製作等を担当。 その後はテレビ演出家に転身した。
  • 倉本(1973年時) 城島(’80年代後半のジャニーズJr.担当デスクの女性) 大橋千代子(1989年時)  吉平治美 沼田隆 くおりけいすけ 山岸かつと 大島ゆうじ 有竹ときの  五日市よしのり 中尾けん 飯田りえ 前川正泰 松尾庄三  上村こずえ 弦巻延子 岸本具子 池松一美


脚注

  1. ^ 『ジャニーズ・ファミリー 〜裸になった少年たち〜』(和泉ヒロシ〔後の小菅宏〕著、1976年3月、オリオン出版)や、 『芸能をビッグビジネスに変えた男「ジャニー喜多川」の戦略と戦術』(小菅宏 著、2007年3月、講談社)、 『ジャニーさんに愛される息子に育てる法 〜 アイドルの掟 @』(小菅宏 著、2013年11月、竹書房)などでは、この劇場の名前を「アーニー・パイル劇場」としているが、これは誤り。 「アーニー・パイル劇場」とは、1945年から1955年まで東京宝塚劇場がGHQに接収されていた際の名称、もしくは、アメリカ軍統治時代の那覇の国際通りに存在した映画館「アーニーパイル国際劇場」であり、ロサンゼルスにはこのような名称の劇場は存在していない。
    誤りが起きた原因は、小菅氏がジャニー喜多川から聴き取りをした際に、「宝塚のアーニー・パイル劇場のような所」という説明を、そのままロスの劇場の名前が「アーニー・パイル劇場」だと思ってしまったため。 なおアーニー・パイルとは、第二次世界大戦末期の沖縄戦で命を落とした従軍記者の名前。
  2. ^ 『ジャニーズ・ファミリー 〜裸になった少年たち〜』(和泉ヒロシ〔後の小菅宏〕著、1976年3月、オリオン出版)や、 『芸能をビッグビジネスに変えた男「ジャニー喜多川」の戦略と戦術』(小菅宏 著、2007年3月、講談社)などでは、「音楽監督」ではなく「ミュージックメーカー」という名称で記述されている。







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