ハイ・ソサエティー - ジャニーズ百科事典
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ハイ・ソサエティー

            


ハイ・ソサエティーとは、過去にジャニーズ事務所に所属していたバンドグループである。 ジャニーズフォーリーブス永田英二郷ひろみらのバックバンドとして活動した。  1966年4月結成。 1973年解散。
グループ名は、ジャニーズ事務所の副社長・メリー喜多川の夫であり作家の、故・藤島泰輔の1965年発表の小説『日本の上流社会 〜 高貴なる秘境を探検する』に由来。 愛称:ハイソ
リーダーの高橋洋一を中心に結成され、常に4〜5名のグループだったが、メンバー構成は実に流動的で入れ替わりが激しく、最終的には延べ15名以上の人間が参加した。
後に「スーパーエイジス」と「アニメーション」の2つのバンドに枝分かれした。


目次



メンバー

  • 高橋洋一 (リーダー。 愛称:洋ちゃん。 リードギター)
      1953年11月1日生まれ。東京都出身。「ハイ・ソサエティー」から「スーパーエイジス」に至るまで、他のメンバーが幾度も変わる中、唯一最も長く所属していたメンバー。

  • 大谷克己 (リードギター)
      トニー谷の次男。大田区新井宿出身。ハイ・ソサエティーへ加入する前の1968年時は渡辺プロダクションに所属し、バンド「アウト・キャスト」の後期リードギタリストとして、「谷かつみ」の芸名で活動していた。

  • 元持勲 (サイドギター)

       

  • 横内健亨 (ギター)

       

  • 増田じゅん (サイドギター)
      後期に参加。 1974年には「スーパーエイジス」へ加入し、本名の「増田順」名義で活動。

  • 新庄 一 (初代ベース。途中から「新庄はじめ」に改名)

       

  • 峯井貴史 (二代目ベース。 愛称:ミネくん。 本名:上原貴史)

       

  • 杉征夫 (三代目ベース。 愛称:杉ちゃん)

       

  • 星克己 (四代目ベース)
      後期に参加したが、すぐに「スーパーエイジス」へ異動。

  • 佐山武 (初代ドラム。途中から「佐山たけし」→「佐山タケシ」の順で改名。本名:中江武)
      1966年〜1968年、1969年、1971〜1972年に参加。 元「脱線トリオ」のメンバーでもあり俳優の佐山俊二(本名:中江勇)の長男。 脚本家・劇作家の中江良夫(本名:中江吉雄)の甥。 後にマジシャンに転向。
      なお、1980年代にテレビドラマや舞台で活動していた俳優・佐山たけしは別人。

  • 村田勝美 (二代目ドラム。 愛称:カッちゃん)

       

  • 柳瀬薫 (三代目ドラム)
      1970年に加入後、すぐに脱退。同時に事務所からも離れていたが、半年ほどで復帰し、「やなせかおる」の芸名で「ジューク・ボックス」のメンバーとなった。

  • 長沢さとる (四代目ドラム)
      後期に参加。 「アニメーション」にスライド異動してからは、本名の「長沢悟」名義で活動。

  • 山岡国士 (エレクトーン。途中から「山丘邦夫」に改名)

       

  • 粟野和とし (粟野トムの兄。「栗野」は誤り)

  • 粟野トム
      粟野和としの弟。 担当楽器はギター or エレクトーン。 1969年と、1971年〜1972年に参加。

  • 永田英二 (ボーカル。 本名:長田栄二。 愛称:英坊、英ちゃん)
      1968年9月より一時期、「永田英二とハイ・ソサエティー」として活動していた。 加入当時は中学1年生。


  • この他、名前が不明のメンバーたちも合わせると延べ15名以上の人物が参加している。


概要

  • 1966年4月結成。 翌5月よりジャニーズのバックバンドとして日本劇場の「ウエスタン・カーニバル」に出演し始め、1973年までに連続で延べ18回の出演を果たした。

  • 1968年9月、永田英二をボーカリストに迎え、一時期だけ「永田英二とハイ・ソサエティー」の名で活動。

  • 1970年11月、CBSソニーから、シングルではなくLPレコードでアルバムデビュー。 レコードデビューメンバーは、高橋、村田、峯井、山丘の4名。

  • 1971年10月、CBSソニーの新レーベル「EPIC(現:エピックレコードジャパン)」の第1号アーティストとしてシングルレコード発売。 1971年度のレコード会社内での新人賞を受賞。

  • 1973年6月、永田英二を正式にボーカリストに迎え入れた新たなバンド「スーパーエイジス」を発足するため、高橋、村田、星の3名が脱退。  その後しばらくは残りのメンバーだけで「ハイ・ソサエティー」の活動を続けたが、同年にバンド名を新たに「アニメーション」へと改名した。


主な出演作品

バラエティ番組

  • エド・サリヴァン・ショー (1966年、アメリカ・CBS)
       ジャニーズのバックバンドとして出演。
  • プラチナゴールデンショー (日本テレビ) レギュラー
  • ロッテ 歌のアルバム (TBS) レギュラー
  • ぎんざNOW! (TBS) レギュラー
  • ベスト30 (テレビ朝日) レギュラー
  • 夢で逢いましょう (NHK総合)
  • 昼のプレゼント (NHK総合)
  • 音楽の花ひらく (NHK総合)
  • ヤング720 (フジテレビ)

テレビドラマ

  • ケーキ屋ケンちゃん (1972年3月30日、TBS)
      第4話「ひみつのプレゼント」に村田ら4名でゲスト出演。 『戦争を知らない子供たち』を歌唱。
  • なんたって18歳! (1972年5月30日 & 6月6日、TBS)
      新庄一がバンド「寺内タケシとブルージーンズ」として2回出演。 第35話「フェリーに乗って北国へ」と、第36話「ピリカメノコは恋の花」。
  • おもちゃ屋ケンちゃん (1973年5月10日、TBS)
      第10話「落ちてたオルゴール」に、高橋、村田、元持、星の4名でゲスト出演。 人気バンド「ハイ・ソサエティー」が病気の子供の心を救うストーリー。 オリジナル曲と『鈴懸の道』を歌唱。

CM

  • コカ・コーラ (1968年)
      フォーリーブスのバックバンドとして5人編成で出演。 2009年8月26日発売のDVD『The Coca-Cola TVCF Selections ’62〜’86』に、当CMが収録されている。

ラジオ

  • 平凡アワー スターハイライト・ショー (ニッポン放送)
      全国各地での公開録音番組。 1972年2月19日(土)の群馬音楽センターの公録では、永田英二、ジューク・ボックス、郷ひろみと共演。
  • めぐり逢った人
      (実質5分の番組。 1994年4月30日:信越放送ほか2局、5月1日:KBS京都ほか4局)
       山岡国士がキュリー研究所研究員としてゲスト出演。
  • ちょいワルオヤジ Isao & Dino Saturday Afternoon Talk
      (通称:ちょいサタ。 ハワイの日本語ラジオ局「KZOO (ケイズー)」にて元持勲が、Dinoことドラマーの今村浩と共に、2000年代後半の毎週土曜に放送していた30分番組)
  • KZOO ナイト・シャッフル 水曜日
      (2012年2月1日 - 。ハワイの日本語ラジオ局「KZOO (ケイズー)」にて元持勲が出演する毎週水曜の3時間番組。共演者:佐野京子。「KZOO白木屋スタジオ」にて公開録音)

舞台

  • レッツ・ゴー フォーリーブス (1969年12月、大阪フェスティバルホール、日生劇場)
      第2幕 ミュージカル 「オオ・マイ・ママ」
  • 少年たちシリーズ第3作 〜 フォーリーブス・ミュージカル 「素足で駆けるとき」
      (1971年、企画・構成・演出:フォーリーブス、文化庁芸術祭参加作品ミュージカル)
  • 少年たちシリーズ第5作 〜 フォーリーブス・ミュージカル 「明日なき友情」 (1971年8月)
  • 少年たちシリーズ第6作 〜 フォーリーブス・ライブ・ミュージカル
      「生きていくのは僕たちだ!」
      (昭和46年度文化庁芸術祭参加作品ミュージカル。 原作:大森晶子『十七歳の絶唱』。
       1971年10月29日&31日:帝国劇場。大阪・名古屋公演も有り)
  • ミュージカル・コメディー 「おかしな童話」 (1972年3月)
  • 僕がうたうとき! (1972年8月)
  • フォーリーブス イン クリスマス (1972年12月24日&25日、名古屋・御園座)
      第1部・『ミュージカル フォーリーブス物語 〜 星に帰った若者』
         (作・構成・演出:ジャニー喜多川、振付:小井戸秀宅)
      第2部・『ヒット・ヒット・ヒット ゴールデンステージ』
  • フォーリーブス物語 〜 星に帰った若者 (1973年3月)

ステージ

  • 第29回 日劇ウエスタン・カーニバル (1966年5月5日 - 12日)
  • 第30回 日劇ウエスタン・カーニバル (1966年8月27日)
  • 第31回 新春日劇ウエスタン・カーニバル (1967年1月21日)
  • 第32回 日劇ウエスタン・カーニバル (1967年5月5日 - 12日)
  • 第33回 日劇ウエスタン・カーニバル (1967年8月26日 - 9月1日)
  • 第34回 新春日劇ウエスタン・カーニバル (1968年1月15日- 22日)
  • 第35回 日劇ウエスタン・カーニバル (1968年5月4日- 10日)
  • 第36回 日劇ウエスタン・カーニバル (1968年8月26日- 9月2日)
  • 第37回 新春日劇ウエスタン・カーニバル (1969年1月14日- 21日)
  • 第38回 日劇ウエスタン・カーニバル (1969年5月5日- 12日)
  • 第39回 日劇ウエスタン・カーニバル (1969年8月25日- 9月1日)
  • 永田英二とハイ・ソサエティー リサイタル (1969年11月3日、京都新聞ホール)
      永田のデビューシングル『あこがれ』の30万枚突破記念として行われた、初の関西リサイタル。 1日2回公演。 主催は関西アマチュア音楽文化連盟と、当時京都でアマチュアバンドのコンサートを企画・支援していた団体「AGSクラブ」による共催。  なお、「永田英二とハイ・ソサエティー」は同年10月12日に京都・十字屋四条店にてサイン会も行っている。
  • 第40回 新春日劇ウエスタン・カーニバル (1970年1月15日 - 22日)
  • 第41回 日劇ウエスタン・カーニバル (1970年5月2日 - 8日)
  • 第42回 日劇ウエスタン・カーニバル (1970年8月25日 - 9月1日)
  • 第43回 新春日劇ウエスタン・カーニバル (1971年1月15日 - 22日)
  • 第44回 日劇ウエスタン・カーニバル 〜 みんなで踊ろう! (1971年4月23日 - 29日)
  • 第45回 日劇ウエスタン・カーニバル (1971年8月27日 - 9月2日)
  • 第46回 新春日劇ウエスタン・カーニバル (1972年1月15日 - 22日)
  • 第49回 日劇ウエスタン・カーニバル 「フォーリーブスショー」 (1973年5月4日。舞台装置:引田天功)
       出演メンバーは杉、長沢、元持、増田の4名。 この他、高橋が当イベントの音楽担当。


ディスコグラフィ

シングル

  • 不思議な恋の物語 c/w 君を奪いたい
      (1971年8月21日。CBSソニー・EPIC〔後のエピックレコードジャパン〕。 A面曲の作詞は北公次〔実際はジャニー喜多川〕。 B面は高橋のソロ曲)

アルバム

  • 世界へジャンプ! ハイソサエティ・サプライズ・プレゼント

       

  • ハイソサエティー・ファースト・ヒット・アルバム 不思議な恋の物語 / ハロー・ハロー・ハロー
      (1971年。CBSソニー・EPIC。 シカゴ、ドアーズ、ビートルズなどのカバー曲も収録)

       

客演アルバム

  • フォーリーブス・ヤング・サプライズ 少年たち 〜小さな抵抗〜 (1969年12月5日。フォーリーブスのアルバム)

DVD

  • The Coca-Cola TVCF Selections ’62〜’86 (2009年8月26日)
      1968年にフォーリーブスのバックバンドとして出演したコカ・コーラのCMが収録されている。


外部リンク








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