ジャニーズ関連バックバンド - ジャニーズ百科事典
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ジャニーズ関連バックバンド

当項目では、過去現在を問わずジャニーズ事務所内に存在したバックバンド、及び、業務提携での専属バックバンドを取り上げる。


※ グループ結成順。


目次





ジャニーズ・ジュニア

     (画像はいずれも1966年のもの)

最初期のジャニーズJr.。 「ジャニーズ」のバックバンドとして1963年に結成。
日劇ウエスタン・カーニバルや、テレビ番組『ジャニーズ・ナイン・ショウ』&『ジャニーズ・セブン・ショウ』(日本テレビ)で演奏したり、ジャズ喫茶でライヴ活動をしていた。 基本構成はギター2名、ベース2名、ドラム1名。1966年にギターが1名脱退。 この他、穂口雄右によるオルガンや、松下公次(後の北公次)らによるタンバリン役が参加したこともあった。

歴代参加メンバー

  • 田中清司 (ドラム)
      初期メンバー。 後に渡辺プロダクションに所属し、数多くのバンドでプレイした後、スタジオ・ミュージシャンに。
  • 穂口雄右 (オルガン)
      1963年に参加。 後に渡辺プロダクションに所属。「アウト・キャスト」、「津々美洋とオールスターズ・ワゴン」といったバンドで活動後、作曲家・編曲家に。
  • 嶺のぼる (ギター)
      1965年からの参加。バンド名が「嶺のぼるとジャニーズ・ジュニア」名義になった時期もあった。 その後、劇団「東京キッドブラザース」を結成し、「峰のぼる」の名でミュージカル俳優として活躍。 退団後は更に「峯のぼる」へと改名し、俳優・声優・ナレーターとして活動。
  • 井上肇
  • 西原高泰
  • 清瀬ジュン
  • 松下公次 (後の北公次。 二代目タンバリン)
  • この他にもう一人、初代タンバリンの人物が居た。


ハイ・ソサエティー

1966年結成。 詳細はハイ・ソサエティーを参照。



スーパーエイジス

1973年結成。 詳細はスーパーエイジスを参照。



アニメーション

  
  (1974年時)

ジャニーズ・ジュニア」や、「ハイ・ソサエティー」出身のメンバーたち6名で、1973年に結成。 1970年代後半まで、フォーリーブス郷ひろみ葵テルヨシ豊川誕JOHNNYS' ジュニア・スペシャルのバックバンドとして活動した。
ドラムの長沢悟が最初に脱退。 その後も脱退やメンバーチェンジが続き、流動的なグループであった。

メンバー

  • 小野義広 (ギター)
  • 石川三樹夫 (ベース。後に「石川三樹夫とアウトリガーズ」を結成)
  • 小池つとむ (ベース)
      アポロン」 → 「ロッドサークル」(ボーカル担当)を経てアニメーションに加入。
  • 村田勝美 (四代目ドラム)
  • 阿部吉剛 (オルガン、ピアノ)
      あべ よしたけ。 愛称:アベちゃん。 1956年9月27日生まれ。静岡市出身。B型。 1981年から1994年まで「佐野元春&THE HEARTLAND」のメンバーとして活躍した。 また、松原みきのレコーディングにも参加した。
      後に地元に戻り、2002年10月4日、静岡市葵区にて「Bar CARNET (カルネ) 1955」をオープンし、バーのマスターに。  また、レゲエに傾倒し、レゲエバンド「RAGGAMATIX」や「JAZZY JAM DANCEHALL」にて、「ABECHANG」名義で活動。 [1][2][3]
  • 脇山剛 (わきやま ごう。オルガン、ピアノ)
      2月12日生まれ。B型。 堀越高等学校、早稲田大学商学部出身。
  • 田原謙一 (オルガン、ピアノ)
      愛称:ケンちゃん、ケン。 後にGSバンド「今井久とパープルシャドウズ」のキーボーディストを経て、豊川誕が25歳の時に原宿に1,300万円の資金で開店したスナック「小さなスナック」に勤務。渋谷区神宮前1-6-1 原宿パレフランスビル内(ビルは2004年に解体)。 明治通り沿い、竹下通り入口の右手角に在った店で、店名の由来は、初代のパープルシャドウズが1968年に発表して大ヒットしたデビューシングル『小さなスナック』から。
      やがて田原はこの店を豊川からわずか200万円で買い取って自ら経営。 その後、北海道に移り住み、函館駅の近くでスナック「小さなスナック PARTU」の店名で移転経営。  数年後、すぐ近くの場所に移転し、店名を「chi-sna (チースナ)」に変更した。
  • 他数名…

脱退メンバー

  • 西原高泰 (上記「ジャニーズ・ジュニア」の元メンバー)
  • 長沢悟 (初代ドラム)

       

  • 徳永じゅん (二代目ドラム)

       

  • 佐山真市 (三代目ドラム。 元「ハイ・ソサエティー」の佐山武 → 佐山たけし → 佐山タケシ)


サウンド・リーブス

フォーリーブスのバックバンド。
1975年11月30日から1976年1月11日まで行われたコンサートツアー『フォーリーブスとジュニアたち』の第二部「ショウ・アップ・フォーリーブス “嫌い 好き ! !” 〜恋と仕事と友情と〜」にて、上記のバンド「アニメーション」と共に演奏をしたバンド。

メンバー不明



ジョーズ

豊川誕のステージ用バックバンド。 5人編成。  バンド名は、1975年6月20日に公開されたヒット映画『ジョーズ』に追随して名付けられた。

メンバー

  • 村田勝美(ドラム) 小野義広(ギター) 石川三樹夫(ベース) 阿部吉剛(オルガン、ピアノ) 脇山剛(オルガン、ピアノ)


ジョー・ガールズ

豊川誕のステージ用ガールズコーラスグループ。

メンバー不明



ギャングス

1976年結成。 詳細はギャングスを参照。



村田勝美 & ハイクエッチョンズ

1976年3月にレコードデビューするはずだった幻のバンド「クエッション」の名前を使い、田原俊彦の専属バックバンドとして、1979年に「村田勝美 & クエスチョンズ」の名で結成(「クエスチョンズ」だけで表記されることも有り)。 1982年春より松原・曽我が加入。 その後、「村田勝美 & クエッチョンズ」、更に「村田勝美 & ハイクエッチョンズ」へと改名していった。  メンバー数は6人構成が基本だったが、コンサートの時には十数名ものメンバーになった。
尚、1983年4月1日に放送されたバラエティ番組『桜中学大音楽会 〜 金八新八仙八貫八と138名の卒業生達』(TBS)にも、ダブルスと共にバック演奏で出演している(「クエスチョンズ」名義)。

メンバー

  • 村田勝美 (リーダー。 ドラム)
  • 実川しげる (リードギター)
      じつかわ しげる。 元・実川茂。 愛称:じっちゃん。
  • 山本雅史 (キーボード)
      やまもと まさし。愛称:エイトマン。元・バーニングプロダクション所属で、郷ひろみのバックバンド「スーパーJETS」のメンバーだった。
  • 脇山剛 (オルガン、ピアノ)
      後に小柳ルミ子のバックバンドメンバーに。 また、1994年7月に結成されたエレキバンド「加山雄三&ハイパーランチャーズ」でも、シンセサイザー&レスリーオルガンを担当している。
      2012年8月28日放送のTBSテレビの歌番組『火曜曲!』に「加山雄三&ハイパーランチャーズ」として出演し、SMAPの中居正広(番組司会)と共演した。
      尚、息子の脇山礼は元・ジャニーズJr.。
  • 松原秀樹 (ベース)(1982年3月のANKH解散時からの加入)
  • 曽我泰久 (リズムギター)(1982年3月のANKH解散時からの加入)
  • 他多数…


D.W.B.2

田原俊彦の第2期専属バックバンド。 D.W.B.2とは「Dancing With Big Boys」の略で、1984年5月から田原のバックに付いた。

メンバー不明



ライターズ

近藤真彦の第1期専属バックバンドとして1980年代前半に活動。 前身は、1979年3月21日にアルバム『HERO'S GIFT』でレコードデビューした本格的なロックバンド「長沢ヒロ&HERO」で、「長沢ヒロ&HERO」のマネージャーが近藤のレコード会社にヘッドハンティングされた関係で、近藤のバックバンドへと招聘された。 バンド名の由来は、当時人気だった沖田浩之のあだ名が“ヒロ”だったため、「ヒロ」と「HERO」で被ってしまうということで、社長のジャニー喜多川が「“マッチ”だから、“ライター”にしちゃいなよ!」の一言で「ライターズ」に決定された。

メンバー

  • 牧野哲人 (バンドリーダー。 リードギター)
      まきの てつひと。愛称:マッキー。 1949年7月25日生まれ。札幌市出身。血液型:A型。 「マーシャン・ロード」(札幌時代のバンド) → 「長沢ヒロ&HERO」を経て、当バンドに参加した。
      1996年からは、アマチュアバンド「PAPALEMOON」(パパレムーン。旧名:PAPA LEMON。愛称:パパレ)でも活動。 メンバーは牧野(ギター&ボーカル)、澤辺良一(ボーカル)、押上昌明(ベース&コーラス)、菱田菊之進(ドラム&ボーカル)。 サポートに山崎文一朗(キーボード)、大堰邦郎(サックス)も参加。  この他、牧野は音楽制作会社「MmM-uzik」も設立した。 趣味はゴルフ。 尚、酒井法子の大ファンであり、自身のHPでもそのことを公表していた。
  • 長沢ヒロ (ベース)
      本名:長沢博行。1950年7月31日・新潟市生まれ。 「あんぜんBAND(安全バンド)」や「バーズ・アイ・ヴュー」の出身。 東洋大学卒業。 1985年には近藤の曲『ヨイショッ!』、1986年には少年隊の『ダイヤモンド・アイズ』を作曲した。
  • 吉田建 (リズムギター)
      愛称:ケンちゃん。1949年11月21日生まれ。吉田は普段はベーシストだが、このバンドではリズムギターを担当した。
  • 伊藤真視 (ドラム)
      旧芸名:伊藤まさみ。愛称:マサミ。「長沢ヒロ&HERO」出身。
      1960年5月8日生まれ。足立区出身。A型。
  • ホッピー神山 (キーボード)
      本名:神山暁雄。 1960年2月22日生まれ。 「長沢ヒロ&HERO」 → 爆風スランプの母体バンド「爆風銃(バップガン)」出身。 ライターズ参加後は、1983年にバンド「PINK」でメジャーデビューした。


ダブルス

近藤真彦の第2期専属バックバンドとして1984年まで活動し、日本武道館コンサート(1984年)などを盛り上げた。 バンドの解散時には、「解散しないで欲しい」というファンたちの署名が1万人分も集まった程の人気があった。
尚、1983年4月1日に放送されたバラエティ番組『桜中学大音楽会 〜 金八新八仙八貫八と138名の卒業生達』(TBS)にも、クエスチョンズと共にバック演奏で出演している。

第1期メンバー

  • 牧野哲人 (バンドリーダー。 リズムギター)
  • 甲斐完司 (リードギター)
      かい かんじ。愛称:カンジ。 1977年、17歳でYAMAHA主催のロックコンテスト「East&West」の決勝大会に進出。(当大会にはアマチュア時代のサザンオールスターズも出場)
      その後、大会の最優秀バンドだった「リバーサイド」に加入し、19歳でプロデビューした。 「リバーサイド」解散後に「ダブルス」に参加。
  • 津野剛司 (ベース)
      愛称:ゴージ。 「爆風スランプ」の母体バンド「爆風銃(バップガン)」の元メンバー。 後に「つの ごうじ」に改名し、多くのアニメソングを制作。
      父は作・編曲家の津野陽二。 母は元「宝塚歌劇団」の女優。 子供は男児2人に女児1人で、娘はガールズバンド「赤い公園」のギタリスト・津野米咲(つの まいさ。1991年10月2日生まれ)。
  • 柿崎洋一郎 (キーボード)
      愛称:カキちゃん、カキやん。 1959年3月7日生まれ。東京都出身。B型。 [1]
  • 伊藤真視 (ドラム)

第2期メンバー

  • 牧野哲人(バンドリーダー。 リズムギター) 甲斐完司(リードギター) 伊藤真視(ドラム)
  • 寺坂英人 (ベース)
      てらさか ひでと。愛称:テラ、テーラー。ベースを鈴木淳に、音楽理論を鈴木宏幸に師事後、更にチャック・レイニーにベースのクリニックを受ける。
      1981年、「小野満とスイング・ビーバーズ」に入団。 NHK『歌謡ホール』、『紅白歌合戦』、『この人』、『なつかしのメロディー』などの番組にレギュラー出演し、カーメン・キャバレロ、服部良一、服部克久ほか、多数の音楽家と共演した。
      1982年よりフリーとなり、近藤真彦、少年隊、佐藤アツヒロ、堂本剛、白井貴子、渡辺美里、ビリー・バンバン、西城秀樹などのステージサポート、レコーディングに参加。 作・編曲家として、CoCoや木内美歩への楽曲提供、テレビシリーズ『怪奇千夜一夜物語』の音楽も担当。
      また、杉並区下高井戸の音楽スタジオ「BLUE BOAT STUDiO」にて、ベースの講師も務めている。
  • 田口智治 (キーボード)
      たぐち ともはる。愛称:チューさん。1960年10月27日生まれ。東京都足立区出身。B型。 二人兄弟の次男。 1984年から「C-C-B」のメンバーに。 C-C-Bの解散後は、「THE C-C-BYE」や「ヨネタワタル」などに参加した。

第3期メンバー (1984年)

  • 牧野哲人 (バンドリーダー。 リズムギター)
  • 瀬戸谷芳治 (キーボード)
      せとや よしはる。愛称:セットン。1959年生まれ。大阪市東住吉区出身。大阪市立中野中学校、大阪府立東住吉高校卒業。 中学時代はバレーボール部の部長だった。
  • 甲斐完司(リードギター) 寺坂英人(ベース) 伊藤真視(ドラム)


シブ楽器隊

1983年より、シブがき隊のバックバンドとして活躍。 当初のバンド名は、リーダーの龍野茂が設立していた会社名と同じで「ララバイ」という名前だった。
シブ楽器隊」という新しいバンド名は、一部ではジャニーズ事務所の社長・ジャニー喜多川が命名したものだと言われていたが、 実際は1984年の夏に、飲み会の席で布川敏和が思いつきで言った一言で決まったものだった。そして翌日のコンサートですぐに発表され、改名となった。
尚、結成時のバンドメンバーは6名だったが、入れ替えや補強などかなり流動的で、最終的には15名近くのメンバーが参加した。 2人居た女性コーラスは、ファンの間で「コーラス姉ちゃん」と呼ばれていた。
尚、シブがき隊の解隊コンサートにて、感極まった布川敏和から楽器隊のメンバー紹介を忘れられてしまったという悲しいエピソードを持つ。
途中で芳本美代子、後期には光GENJIのバックバンドとしても活動していた。

メンバー

  • 龍野茂 (リーダー。 リードギター)
      愛称:タッチン、タッチン社長。 後に父親の会社を継ぎ、一時は焼鳥店も経営していた。
  • 甲斐完司 (リードギター)
  • 吉沢賢一
      初代リズムギター。 愛称:ケンちゃん。 1980年にバンド「フーピーwhoopee)」として『原宿ポテト・ストリート c/w ロマン・フォー・ユー』をリリースしている。 シブ楽器隊を脱退後は、埼玉県で店を構え、弟と共にライブ活動を行うようになった。
  • 黒河孝弘 (二代目リズムギター)
  • 葛口雅行 (ベース)
      愛称:くず、くずちゃん。 名前を「雅之」と誤表記されてしまうことが非常に多い。 長身とサングラスがトレードマーク。
      シブ楽器隊の解散後は作曲家として早見優、中森明菜などに楽曲を提供。  そしてソニー・ミュージックレコーズに入社してレコーディング・プロデューサーとなり、郷ひろみなどを担当。 郷の“バラード三部作”の内、『言えないよ』と『逢いたくてしかたない』の2曲も制作した。
      その後、別のレコード会社「BEAT ZONE」に移り、同じくプロデューサーとして活動。  また、布川敏和と非常に仲が良く、『スシ食いねェ!』の原曲を2人で一緒に作ったり、解散後も何十年と交友が続いている。
  • 原田幸盛 (キーボード)
      1959年10月15日生まれ。岐阜県高山市出身。血液型:O型。 1978年に岐阜県立斐太高校卒業。1983年に東京音楽大学卒業。 髪の毛をいつもピンク、赤、緑などの奇抜な色に染めているのが特徴。
      シブ楽器隊を脱退後は香坂みゆきのバックを担当。 また、小泉今日子などのレコーディングにも参加した。  その後は活動拠点を名古屋へ移し、「有限会社サイバー」を設立。 YAMAHA本社での電子楽器開発におけるデジタルアドバイザーとして、試奏チェック、デモ演奏、音色制作などに常時参加。 更に小室哲哉&木根尚登主催の音楽コンテスト「YAMAHA BIG EOSDAY」や各セミナーなどをこなす傍ら、YAMAHAでキーボード講師も務めた。 そしてバンド「Avenue」も結成し、フリーミュージシャンとして様々な演奏活動を行なっている。 [1]
  • 村田 (キーボード、サックス。 愛称:ちゃいちー。由来は小柄だったから)
  • 近藤裕信 (前崎とのWキーボード。 愛称:コンちゃん。後に南野陽子などをサポート)
  • 前崎史郎 (近藤とのWキーボード)
      まえざき しろう。愛称:ゴローちゃん。由来は野口五郎に似ていたため。 1987年からはバンド「remote」のメンバーに。 更にその後は、元「LINDBERG」の川添智久らとバンド「Zen-4」を結成。 また、川上シゲとチャッピー武田の「Tacker's」のサポートも行なっている。 [1]
  • ?? (初代ドラム)
  • 近沢 (二代目ドラム。 愛称:タイガー)
  • 小森啓資 (三代目ドラム)
      こもり けいすけ。愛称:マンちゃん。1964年7月5日生まれ。
      後に大江千里のバックや、「クライズラー&カンパニー」の後期のサポートドラマー、更には是方博邦率いる「野獣王国」や、プログレッシブ・ロックバンドの「KENSO」などで活動。
  • 山本雄一 (四代目ドラム)
      1987年の『反逆のアジテイション』から参加。 愛称:山ちゃん。 後に葛城ユキのバックや、ドラムの講師になった。
  • BON新村 (パーカッション)
      愛称:ボンちゃん。シブがき隊のシングル曲『喝!』の時から加入。
  • 倉富義隆 (サックス)
      1962年生まれ、福岡県出身。 後に、小比類巻かほる矢沢永吉のアレンジ、サポートなどで活動。 また、堂本剛のバックバンド「SC△LE」にも参加した。
  • 遠藤由美 (コーラス。 愛称:ユミ姉。リーダーの龍野の恋人)
  • 市川ゆかり (コーラス)
  • 他数名


YAMATO

近藤真彦の第3期専属バックバンドとして1984年後半から活動開始。 また、1994年3月〜4月に行われた諸星和己の初ソロツアーにも付いた。
バンド名の由来は、近藤が神奈川県大和市出身だったことと、 近藤の好きだった矢沢永吉が、横浜で最初に作ったバンドの名前が「YAMATO」だったから。  バンド自体の所属は、ジャニーズ事務所ではない。 メンバーは非常に流動的で、少なくとも6期以上に渡る。

メンバー

  • 中西哲郎 (初代リードギター)
      (なかにし てつお。 YAMATOメンバーオーディションに合格して加入)
  • 古屋雅之 (初代リズムギター)
      古閑収らと、サンバ、ラテンのバンド「ジュガンド」を結成。1979年に、 ヤマハ音楽振興会主催の「ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト(LMC)」の関東甲信越大会「East West ’79・シニア部門」で入賞し、翌1980年にレコードデビューした。 その後、YAMATOに参加。
      YAMATOの後は、小堺一機のサポートバンドなどを経て、世田谷区三軒茶屋の音楽制作会社「サウンドコネクション」に勤務。 [1]
  • 小林涼 (二代目バンドリーダー。二代目ギター。1985年10月リリースの『大将』より参加)
      1962年3月22日生まれ。東京都出身。 元「L♂♀VE(ラヴ)」の篠原涼。 大学時代はラグビー部に所属。 ラヴ解散後は、石川ひとみのバックバンドでのギター&アレンジ担当を経て、YAMATOに加入。
      YAMATOの後は、本田美奈子チューリップのサポートを務めたり、フジテレビ『夢がMORI MORI』の音楽監督も務めた。  2005年には、歌謡ロックバンド「麻生真里 vs 悶悶歌楽団」を結成してバンマス、ギター、アレンジャーに。  また、2007年には「内山田洋とクールファイブ」の3代目ボーカリスト・なかえいじのバンド「なかえいじ with 亜樹弛(あづち)」にも参加。 2008年には、1980年代の元「チューリップ」のメンバー、及びそのサポートメンバーによるポップバンド「TEAM」も結成している。 [1]
  • 甲斐完司 (リードギター)
  • 牧野哲人 (リズムギター)
  • 村岡ふみのり (漢字不明。ギター)
  • 宮崎禎男 (ギター)
  • 宮田耕希 (ギター)
      後に三軒茶屋(世田谷区太子堂2-8-12 佐々木ビルB1)にてライブハウス「Grapefruit Moon」を経営。 そしてそこを拠点とするバンド「DooDooDoo」や「三茶 CLUB HOUSE BAND」も結成した。
      2011年11月18日にはGrapefruit Moonで望月誠人の追悼ライブも開催され、 宮田の他に、佐藤誠、河野充生、山崎文一朗、関慶和、 中村備生、小寺里奈、恵藤あゆ、今井香織、森加奈子、竹原智明、 そしてバンド「Chocolat Dandy's」らが参加した。 [1]
  • 佐藤誠 (ギター)
      江東区南砂出身。 血液型:AB型。 茨城県立北総高校(後の八千代高校)を1979年3月に卒業。 埼玉県熊谷市に在った立正大学短期大学部を1981年3月に卒業。
      1981年より、武蔵野音楽院にて宮の上貴昭、吉田啓二氏に師事。卒業後は潮先郁夫に師事し、横浜でギターインストラクターをするようになる。 その後渡米し、スコット・ヘンダーソン、ジミ・タンネル、ジョンスコフィールド等にクリニックを受ける。  帰国後、近藤真彦、少年隊、諸星和己、辺見マリ、岡本真夜、カズン等のサポートギタリストを務める。 YAMATOと並行して、赤坂晃成田昭次のライブのバックも務めていた。 その後は、「ペドロ&カプリシャス」のメンバーになった他、「原田俊太郎カルテット」、「パンダデプラネタ」にも参加。 2008年にはフォーリーブスの青山孝史のソロライブでもギターを務めた。 自身が率いる「佐藤誠バンド」でもライブ活動を行なっている。
      また、杉並区下高井戸の音楽スタジオ「BLUE BOAT STUDiO」や、渋谷の「S&S Entertainment School」にてギター講師も務めている。 [1][2][3][4]
  • 加賀谷文靖 (初代ベース。 後に浅香唯や南野陽子などをサポート)
  • 依知川伸一 (二代目ベース。 1985年10月リリースの『大将』より参加)
      いちかわ しんいち。 1961年4月20日生まれ。千葉県山武郡横芝光町出身。B型。 成蹊大学文学部英米文学科中退。 元「L♂♀VE(ラヴ)」のメンバー。 その後、石川ひとみ湯江健幸のバックバンドを経て、YAMATOに参加した。  1989年2月リリースの『夕焼けの歌』を最後にYAMATOを脱退した後は、「NUDE」、「TAO」、沢田研二バンドに10年間、「OATH」、下記の平石正樹とのインスト・プログレバンド「BARAKA」、「Coriander」、甲斐完司もメンバーの「The Boso Rockers」、アコースティックデュオ「BB-43」など、数多くのバンドに参加。 また、プロベーシスト大集団「地下室の会」の副会長、千葉の音楽団体「Boso Rockers Union (BRU)」の代表も務める。 [1][2][3][4][5][6]
  • 瀬戸谷芳治 (初代キーボード。1988年頃まで度々YAMATOに参加)
      後に種市 弦(1994年から)、佐藤アツヒロ加山雄三谷村新司などをサポート。
  • 石川龍太郎 (キーボード。 1985年10月リリースの『大将』より参加)
      いしかわ たろう。 後のUTARO(うたろう)。 1960年4月27日生まれ。 横浜市出身。 元「L♂♀VE(ラヴ)」のメンバー。 石川ひとみのバックバンドを経てYAMATOに参加。 YAMATOの後は、元「キャロル」の内海利勝らと「SOUL5」を結成。
  • 吉田明彦 (トランペット、キーボード、パーカッション)
  • 野崎洋一 (愛称:ヨウイチ。 キーボード)
      1970年7月21日生まれ。 B型。 幼少の頃からピアノを始め、1989年に間沢英二率いるバンド「Rain」でデビュー。 その後、近藤真彦、松田聖子、岡村孝子、石井竜也、沢田研二、宗次朗、内田有紀、諸星和己、上妻宏光など、数々のアーティストのバックバンドメンバーとして活躍。  音楽制作会社「有限会社 ASORA (アソラ)」に所属(埼玉県富士見市。2003年3月設立)。 [1]
  • 那須仁 (キーボード)
      なす ひとし。 1971年2月9日生まれ。宮崎県宮崎市出身。O型。 1990年からYAMATOに参加。 後に「なすじん」や「NASU」の名前で活動するようになり、2004年9月にはバンド「Earth Conscious」を結成した。 [1][2][3][4][5]
  • 鎌田雅人
      かまた まさと。1971年2月7日生まれ。茨城県勝田市(現:ひたちなか市)出身。B型。愛称:まーくん。 専門学校 東京コンセルヴァトアール尚美(後の東京ミュージック&メディアアーツ尚美)作曲科専門コース卒業。
      1995年に近藤真彦のツアーキーボードを担当。 YAMATOと並行して赤坂晃のツアーキーボードも務めていた。 [1][2]
  • 伊藤真視 (初代バンドリーダー。初代ドラム)
      YAMATO脱退後は尾崎豊、岡村靖幸、谷村有美らのドラムになった他、「TRUX」(ドラム:伊藤、ボーカル&ギター:小松康伸、ベース:矢野孝良)、「1960」、「AWEA (足立ウインドアンサンブルアカデミカ)」などのバンドでも活動。 また、足立区内のスタジオにてドラムのレッスンを開講している。 大型自動車第二種免許も所持。
  • 平石正樹 (二代目ドラム。 1985年10月リリースの『大将』より参加)
      1963年1月14日生まれ。A型。 元「L♂♀VE(ラヴ)」の神野正樹石川ひとみのバックバンドを経てYAMATOに参加。 その後は、1995年に「CLUB [sék]」、1996年に「KEY STORNE FELLOW」、1997年には依知川伸一とのインスト・プログレバンド「BARAKA」を結成。 2010年12月17日には、シンガーである妻・角辻順子と共に、下北沢南口に「cafe&bar Blue Moon」を開店。オーナー 兼 店長を務める。 店名の由来は、角辻順子のアルバムに収録されている曲のタイトルから。 尚、上記のキーボーディスト・野崎洋一とは出身高校が同じである。  また、バンド「JET LAG MAKERS」や「BLUE SAUCE BLOOD」、「蜘蛛蜥蜴(くもとかげ)」などのベーシスト・平石一成(ひらいし かずなり。愛称:いっせー。1969年12月14日生。182cm。A型)は弟である。 [1][2]
  • 石井大作 (サックス)
  • 金山徹 (キーボード、サックス。1991年からの参加)
  • 望月誠人 (トロンボーン。1988年から1992年まで参加)
      もちづき まさと。愛称:づっきー。1965年4月23日生まれ。 静岡市清水区三保出身。 1988年に武蔵野音楽大学卒業。卒業と同時にYAMATOに加入。1992年まで参加した。  更に2006年からも、リーダーを務める「Zuckey Horns」として、近藤真彦のバックに再び参加した。 1996年に金山徹、中井正剛らと共に「K's Jam」を結成。
      2011年9月6日午前7時45分、劇症肝炎にて逝去。 46歳没。 [1]
  • 直井秀樹 (コーラス)


BOYZ

旧名:BOYS。 別名:金山徹とBOYZ少年隊の専属バンドで、1987年8月からバックに付いた。  武蔵野音楽大学出身の金山徹を中心に結成された。 バンド名はジャニー喜多川が命名。 メンバーは流動的で、延べ25名近くのメンバーが参加している。

参加メンバー

  • 金山徹 (リーダー)
      愛称:かなぴー。 サックス、パーカッション、キーボード担当。
      1960年生まれ。山口県防府市出身。武蔵野音楽大学 音楽学部 器楽学科 管楽器専修(クラリネット専攻)卒業。 1996年に望月誠人、中井正剛らと共に「K's Jam」を結成。 [1]
  • ギター
    • 甲斐完司
        リードギター。 後に尾崎豊のバンクバンドを経て、「KANJO」を結成。 また、依知川伸一もメンバーの「The Boso Rockers」に参加したり、「D-51」のサポートも担当。 尚、尾崎豊が亡くなる前日に一緒に酒を飲んでいた人物でもある。
    • 牧野哲人 すなちゃん 清水一雄 入江宏冶 宮越智也 佐藤誠
  • ベース
    • 岩城望 早川司
  • ドラム
    • 中井正剛
        なかい せいごう。 1966年12月11日生まれ。横浜市出身。愛称:ごっちん。O型。好きな言葉は「漁夫の利」。
        19歳でヤマハ音楽院に入学し、ドラムを始める。22歳でオカリナ奏者の宗次朗のサポートとして活動開始。 [1][2] [3][4]
    • 岡田典之 小川
  • キーボード
    • 北村仁志 丹野義昭 鈴木正将(すずき ただすけ) 水野久興 醍醐ひろみ
  • パーカッション
    • 船越敬司(パーカッション。 愛称:KG。ジャニーズタレントの作詞・作曲をはじめ、洋楽の訳詩なども行う) 石川雅康
  • コーラス
    • MILK 浅野房子 高原裕枝 伊藤はる江 斉藤典子
  • トロンボーン
    • 望月誠人 (1990年の少年隊のコンサートツアーに参加)


Shima-Uma-Horns

少年隊専属のブラスセクションで、1989年 - 1991年に付いていた。 バンド名は、上記「BOYZ」のリーダー・金山徹が命名。メンバーは流動的。

参加メンバー

  • 有沢健夫(トランペット) 木村葵(トランペット) 五反田靖(トランペット) 望月誠人(トロンボーン) 野村裕幸(トロンボーン)


(光GENJIのバックバンド)


特にバンド名は無し。 光GENJIの1988年夏のコンサートツアー時に、ジャニーズJr.のメンバーによって臨時で組まれた即席バックバンド。 実際に演奏はしておらず、あくまで楽器を持って当て振りをするだけのバンドだった。 そのため、バンド名も特に無かった。 尚、3人ともSMAPの前身グループ「スケートボーイズ」の出身者。

メンバー

  • 東昌孝(ベース) 岩佐克次(ギター) 岡田賢一郎(キーボード)


JURIA

下記「TOKIO BAND」の前身となるバンド。
当時「平家派」に所属していたメンバーの中から、1988年12月26日〜28日の大阪城ホールでの光GENJIのウィンターコンサート用に即席バックバンドとして集められたのをきっかけに、翌1989年より城島が自分でバンド名を命名。 城島の「J」、山口の顔が「瓜っぽい」とのことで「URI」、そして朝倉の「A」というのが由来。

メンバー

  • J - 城島茂 (ギター)
  • URI - 山口達也 (ベース)
  • A - 朝倉健仁 (キーボード)

候補メンバー



TOKIO BAND

旧名:城島茂バンド (通称:ジョーバンド)。
平家派」所属のメンバー たちで、大阪城ホールでの光GENJIのウィンターコンサート(1988年12月26日〜28日)にて前身となるバンドを結成。 後に城島がバンド名を「JURIA」と名付ける。
翌1989年4月より、テレビ朝日『アイドル共和国』 にて「城島茂バンド (通称:ジョーバンド)」の名前で、光GENJISMAPのバックを務める。  やがてジャニー喜多川から、「海外でもすぐに日本のバンドだと分かってもらえるように」とのことで、正式に「TOKIO BAND」と命名される。 そして、光GENJIのコンサートや、少年隊ミュージカル『PLAYZONE ’89 Again』にも演奏で参加した。
1990年4月、城島を含めたアイドルグループ「TOKIO」が結成される。 しばらくの間は「TOKIO BAND」と「TOKIO」、2つのユニットが同時に存在していたが、翌1991年に城島がジャニーに交渉したことで、 山口も晴れて「TOKIO」のメンバーとなり、「TOKIO BAND」の方は消滅。 これにより、それまでただのアイドルユニットだった「TOKIO」はバンドグループとなり、1994年9月21日にCDデビューを果たした。

メンバー

  • 城島茂(リーダー。 リードギター)  山口達也(ベースギター)

サポートメンバー

  • 渡辺一久(リズムギター)  ??(ドラム)


NEWS

ニュース。 SAY・Sの1993年夏のコンサートツアー用に、4名のジャニーズJr.で結成されたバックダンサー 兼 バックバンド。 (ちなみに同年春のSAY・Sコンサートのバックダンサー 兼 バックバンドはTOKIO。バンド演奏時には十倉太一もサポート参加)
NEWSは、実際には演奏しておらず、あくまで楽器を持って当て振りをするだけのバンドだったが、コンサートの中では1曲だけ、NEWSの持ち歌コーナー(少年隊の曲のカバー)もあった。
バンド名の命名者は社長のジャニー喜多川。 大嶌忍がアルファベットの「E」の役を担えたのは、「嶌」の字の上の部首が、「E」を寝かせたように見える事から。

メンバー

  • N - 長野博 (ベース、キーボード)
  • E - 大嶌忍 (ドラム)
  • W - 渡辺一久 (ギター)
  • S - 坂本昌行 (ギター)


Yoshio Band

1996年2月21日に、近藤真彦がシングル『ミッドナイト・シャッフル』を発表した際、野村義男がリーダーを務めたバックバンド。 近藤の1996年冬、夏のツアー、各歌番組、年末のNHK紅白歌合戦にてバックを務めた。 但し、番組によっては、当バンドではなく下記の「ORANGE VOX」がバックを務める場合もあった。

メンバー

  • 野村義男(ギター、バンドリーダー) 渡辺英樹(ベース) 平石正樹(ドラム) 田口智治(キーボード)


ORANGE VOX

近藤真彦の1996年夏のコンサートツアーにて、上記の「Yoshio Band」と共にバックを務めたバンド。 また、同年に近藤が出演したテレビの歌番組では、当バンドが単独でバックを務めたこともあった。

メンバー

  • 宮原学(ギター) 森泉アリ(ベース) Eric Zay(ドラム)


スマ楽器隊

SMAPの専属バックバンド。 1997年夏のSMAPのコンサートツアー「」より活動を開始。

メンバー

  • 中井正剛(ドラム) 渡辺こうすけ(ギター&ベース)  鈴木正将(キーボード。後に「ただすけ」という芸名に改名)  船越敬司(サックス&パーカッション)  宮田耕希(ギター。2002年には堂本剛、2006年2月14日からは近藤真彦のバックも担当)  金山徹(テナーサックス、ブルースハープ、ブラスアレンジ。1999年7月 - 9月と、2000年10月 - 11月に参加)


センチュリー・ロックンロール・オーケストラ・バンド

2000年前後に年末のディナーショーを中心に活動していたバンド。特に明確なバンド名は無く、その時々で適当な名前を冗談半分に名乗っていた。「センチュリー・ロックンロール・オーケストラ・バンド」という名前もその中の一つに過ぎない。 メンバーも毎回流動的であり、その全てを把握する事は不可能な、非常にグレーゾーンのバンド。

    当時のディナーショー
    • 赤坂晃 (1998年 〜 2002年の各12月)
    • 佐藤アツヒロ & 山本淳一 (1998年 〜 2000年の各12月)
    • 佐藤アツヒロ (2001年12月)
    • 20th Century (2001年12月21日 - 2002年1月6日)

参加メンバー

  • 望月誠人 渡辺尚仁 山崎文一朗 金山徹 他多数・・・


Red Pit Viper

バンド名の和訳は「赤マムシみたいな」。 略称は「RPV」。  堂本剛が2002年から開始したソロ活動に併せて結成。
2002年の堂本のファーストLIVEツアー『LIVE ROSSO E AZZURRO』にて、 「FiXe」と共にバックを務めた。

メンバー

  • 牧野哲人 (バンドリーダー。 ギター&コーラス)
  • 宮田耕希 (ギター)
  • 寺坂英人 (ベース)
  • 山崎文一朗 (キーボード。愛称:文ちゃん)
  • 宮崎裕介 (キーボード)
      1978年6月18日生まれ。 広島県広島市出身。 血液型: AB型。 慶應義塾大学環境情報学部卒業。  SMAPや今井翼のレコーディングにも参加している人物。 RPV参加後は、2004年より浜崎あゆみのバックバンドメンバーに。 また、「nina berdmark」、「SPICY KICKIN'」、関慶和らとの「FUNKY STUFF」などのバンドを結成。 [1]
  • 関慶和 (ドラム)
      FULTA Band」(1998年結成)や「BE- BROTHERS」のメンバー。 RPVの後は、宮崎裕介らと「FUNKY STUFF」を結成。 [1]
  • 浅野房子 (コーラス)
  • Tee (コーラス)
      別名:荒尾のりこ、本名:荒尾典子(旧姓:安里〔あさと〕)。6月6日6時生まれ。 長野県出身。 血液型:A型。 2001年の20th Centuryのディナーショーにもコーラスとして出演している。
      妹は小説家の壁井ユカコ。 また、兄・安里武は30歳を過ぎてから合唱やアカペラを始め、アカペラグループ「Soft & Relaxing Groove(SRG)」を経て、Teeと共に5人組アカペラグループ「Eclipse (エクリプス)」を結成した。 [1]


Fuke-Cen Band

フケセン・バンド。 V6、及び20th Centuryの専属バックバンド。 旧バンド名「フケセン商会」。

第1期メンバー (2003年)

  • 牧野哲人(バンドリーダー。 ギター、コーラス) 船越敬司(パーカッション、コーラス)
    中井正剛(ドラム) 本杉光司(ベース。愛称:こうちゃん) 山崎文一朗(キーボード)

第2期メンバー (2005年11月 - 12月)

  • 入江宏治(ギター) 宍倉聖悟(ギター、「rockwell」のメンバー) 山崎文一朗(キーボード)
    土屋英範(キーボード) 本杉光司(ベース) 中井正剛(ドラム)
    柳田謙二 (パーカッション。2006年2月14日の1日のみ近藤真彦のバックも担当)


Zuckey Horns

望月誠人(愛称:づっきー)がリーダーを務める“サポートホーンセクション”で、担当アーティストによっては若干のメンバーチェンジがある。
V6、及び20th Centuryのバックを担当する時は、上記「Fuke-Cen Band」と共に活動。
また、ジャニーズ以外にも松浦亜弥のコンサートツアーをサポートした。


20th Centuryのコンサートツアー
2003年4月 - 6月
  • 望月誠人 (リーダー。 トロンボーン、コーラス)
  • 渡辺尚仁 (トランペット、コーラス)
      わたなべ なおひと。 愛称:ナベ、ナベさん。1968年3月7日生まれ。世田谷区出身。O型。
      東京学園高校普通科、尚美音楽短期大学音楽学科トランペット専攻卒業。勤務会社は「オリエンタルランド」。  尚、1994年5月21日にバンド「アートギャラリー」でCDシングルをリリースしている(テレビ東京『浅草橋ヤング洋品店』オープニングテーマ)。
  • 大堰邦郎 (おおぜき くにお。愛称:クニオ。サックス、コーラス)
2008年3月 - 5月
  • 望月誠人 渡辺尚仁 大堰邦郎
2009年2月 - 5月
  • 望月誠人 渡辺尚仁 大堰邦郎

V6のコンサートツアー
2005年11月 - 12月
  • 望月誠人 渡辺尚仁 大堰邦郎

TOKIOのコンサートツアー
2004年9月
  • 望月誠人 渡辺尚仁 田中基博(トランペット) 小林哲雄(サックス)
2005年2月 - 3月
  • 望月誠人 渡辺尚仁 大堰邦郎
    (この他、「Zuckey Horns」のメンバーではないが、中井正剛もパーカッションでツアーに参加)
2006年2月 - 3月
  • 望月誠人 渡辺尚仁 田中基博 大堰邦郎
    (この他、「Zuckey Horns」のメンバーではないが、福田敬司〔ふくだ ひろし〕もマニピュレーター〔シンセサイザー〕でツアーに参加。 1970年9月4日生まれ。岡山県出身。 [1]
2008年3月&8月
  • 望月誠人 渡辺尚仁 遠山拓志(トランペット) 村瀬和広(サックス)
2009年9月 - 10月
  • 望月誠人 渡辺尚仁 阿久澤一哉(トランペット) 大堰邦郎

近藤真彦のコンサート
2006年2月
  • 望月誠人 佐久間勲(トランペット) 小林哲雄
2007年2月
  • 望月誠人 佐久間勲 村瀬和広
2008年2月
  • 望月誠人 佐久間勲 渡辺尚仁 村瀬和広
2010年2月
  • 望月誠人(トロンボーンだけでなく指揮も担当) 佐久間勲 渡辺尚仁 牧原正洋(トランペット)
  • 宮内岳太郎、霜田裕司、朝里勝久の3名はトロンボーン
  • 向井志門、副田整歩(そえだ なおむ)、村瀬和広、長島一樹の4名はサックス

嵐の国立競技場コンサート
2008年9月
  • 望月誠人 渡辺尚仁 小出儀嗣(トランペット) 横山知子(サックス)
    (この他、「Zuckey Horns」のメンバーではないが、福田敬司〔ふくだ ひろし〕もマニピュレーター〔シンセサイザー〕で参加)

(松浦亜弥のコンサートツアー)
2006年9月 - 11月
  • 望月誠人 渡辺尚仁 森宣之(サックス)


Chocolate Dandy's

上記「Fuke-Cen Band」の第1期メンバーと、「Zuckey Horns」とが合体し、2003年に結成。 愛称:チョコダン。  オリジナル楽曲とカバー曲、更にはギャグも織り交ぜた、センスあるライブを行なっていた。
2008年にはこのメンバーで、20th Centuryのコンサートツアーに5年振りに参加した。
翌2009年、若干のメンバーチェンジを経て、「ハニーボーイズ」に改名。  しかし、2011年11月18日に行われた望月誠人の追悼ライブにて、再び「Chocolate Dandy's」としてステージに立った。 [1]

メンバー

  • 牧野哲人 (バンドリーダー。 ギター、ボーカル)
  • 船越敬司 (パーカッション、ボーカル)
  • 本杉光司 (ベース)
  • 山崎文一朗 (キーボード)
  • 中井正剛 (ドラム)
  • 望月誠人 (トロンボーン、コーラス)
  • 渡辺尚仁 (トランペット、コーラス)
  • 大堰邦郎 (サックス、コーラス)

サポートメンバー

  • 竹原智明 (ボーカル)


SPA Strings

TOKIOのコンサートに於ける弦楽四重奏団。 上記の「Zuckey Horns」と共に活動。 メンバーは全員女性。

メンバー (2005年2月 - 3月)

  • 中村備生(なかむら そのう)、鈴木順子、桑原晴子 (ヴァイオリン、3人で交替制)
  • 高山裕子、津森奈保子 (チェロ、2人で交替制)
  • 諏訪有香(ヴァイオリン) 田中詩織(ヴィオラ)

メンバー (2006年2月 - 3月)

  • 中村備生(ヴァイオリン) 諏訪有香(ヴァイオリン) 田中詩織(ヴィオラ) 高山裕子(チェロ)

メンバー (2008年3月)

  • 浅井眞理 (バイオリン)
      浅井はTOKIOの他にも、近藤真彦、KinKi Kids、嵐、山下智久のライブにも参加している。 また、ヴァイオリニストの渡邉麻衣と共に「MuM」というユニットも組んでいる。 [1]
  • 羽純(はすみ。本名:関野羽純。ヴァイオリン) 田中詩織(ヴィオラ) 友納真緒(とものう まお。チェロ)

メンバー (2008年8月)

  • 浅井眞理(ヴァイオリン) 納富彩歌(のうとみ あやか。ヴァイオリン) 田中詩織(ヴィオラ) 友納真緒(チェロ)

    SC△LE (スケール)

    堂本剛のソロファンクプロジェクト「ENDLICHERI☆ENDLICHERI」、「244ENDLI-x」の専属バックバンド。 2006年結成。
    参加LIVE日程は、2006年3月19日 - 5月21日、7月5日 - 8月20日、9月20日 - 10月29日(以上、横浜公演)。 2007年2月23日 - 3月4日(仙台公演)。 同年3月16日 - 6月25日(お台場公演)。 2008年3月29日 - 5月26日(全国ツアー)。

    メンバー

  • ギター
    • 西川進 (2006年3月19日 - 2008年5月25日)
    • 名越由貴夫 (「轟音」のメンバー。2006年4月5日 - 2008年5月26日)
    • 竹内朋康 (「マボロシ」のメンバー。2006年7月19日 - 2008年5月26日)
  • ベース
    • 上田健司 (旧芸名:上田ケンジ。元「the PILLOWS」のメンバー。2006年3月19日 - 2008年5月26日)[1]
    • KenKen (本名:金子賢輔。「STARS」を経て「RIZE」のメンバー。2008年4月4日 - 2008年5月21日)
  • ドラム
    • ひぐちしょうこ (愛称:しょうちゃん。元「speena」のショーコ。2006年4月13日 - 2008年5月26日) [1][2]
  • キーボード&バンドマスター
    • 十川知司 (そがわ ともじ。2006年3月19日 - 2008年5月26日)[1]
  • サックス
    • 竹野昌邦 (2006年3月20日 - 2008年5月26日)
    • 倉富義隆 (元「シブ楽器隊」のメンバー。2008年3月29日、30日)
  • トランペット
    • YOKAN (本名:水江洋一郎。2008年3月29日 - 5月26日)
  • トロンボーン
    • 小坂“サスケ”武巳 (2006年3月19日 - 2008年5月26日)
    • 佐藤洋樹 (2007年3月18日 - 2008年3月30日)
  • パーカッション
    • Steve Eto (2006年3月19日 - 2008年5月26日)
    • 山口とも (2008年4月11日、29日)
    • レナード衛藤 (2008年4月19日、20日)
  • コーラス
    • TAMA (2006年3月19日 - 2008年5月26日)
    • 浦嶋りんこ (2006年4月12日 - 2008年5月8日)
    • CHAKA (元「PSY・S」のメンバー。2006年3月19日 - 2008年5月26日)
  • ダンサー
    • SARO (サーロ。本名:横山禎大。タップダンサー。2008年3月29日)
    • 白河直子 (「H.ART CHAOS(読み方はH・アール・カオス)」のメンバー。2008年4月7日、8日)
    • TADAKO、TOMOMI、AJU (以上3名は2008年3月29日 - 5月26日)
    • YOCK、KIN、MAYUMI、SAYU、SAORI、RISA、AKEY (以上7名は2008年3月29日 - 5月8日)

    脱退メンバー

  • ギター
    • 知野芳彦 (ちの よしひこ。2006年3月19日 - 20日) 中村修司(2006年3月22日 - 5月15日)
      浜口高知 (はまぐち たかとも。愛称:はまげ。2006年7月26日 - 2007年3月31日)
      會田茂一 (あいだ しげかず。2006年8月7日 - 19日)
  • ベース
    • 種子田健 (たねだ たけし。2006年4月5日 - 5月1日)
  • ドラム
    • 大久保敦夫 (2006年3月19日 - 10月15日) 吉田太郎(2006年4月8日 - 12日)
    • 江口信夫 (愛称:エロリン。元「男闘呼組」のサポートドラマー。2007年6月25日の特別ゲスト)
  • サックス
    • 庵原良司 (いはら りょうじ。2006年3月19日 - 2007年5月19日)
  • トランペット
    • 下神竜哉 (愛称:しもちゃん。2006年3月19日 - 2007年6月25日)
  • トロンボーン
    • 鹿討奏 (しかうち かなで。本名:同じ。男性。2006年7月6日 - 30日)
  • パーカッション
    • 坂井秀影 (2006年4月5日 - 25日)
    • 柳田謙二 (「Fuke-Cen Band」出身。2006年4月27日 - 10月21日)
  • コーラス
    • 伊藤サチコ(2006年3月19日 - 5月18日) 小田原友洋(2006年3月19日 - 8月20日)
      正井千尋(2006年3月19日 - 5月21日) TOKO(本名:吉川智子。2006年3月25日 - 4月23日)
      松本優香(2006年4月12日 - 2007年6月25日) 坪倉唯子(2006年7月6日 - 22日)
  • マニピュレーター (シンセサイザー)
    • 鹿島邦裕 (2006年3月19日 - 2007年6月25日)


    マッキーズ

    2006年の堂本光一のソロコンサート 『KOICHI DOMOTO CONCERT TOUR 2006“mirror” 〜The Music Mirrors My Feeling〜』 でのバックバンドとして結成。
    前回の堂本のソロコンサート(2004年)は、生演奏ではなく、ジャニーズJr.がカラオケに合わせて当て振りするだけの状態だったため、このコンサートでは演奏力のあるメンバーが集められた。
    リハーサルの段階ではまだバンド名が無く、堂本からは“バンドさん”と呼ばれていたが、 初日の本番前になって「そう言えばバンド紹介の時の名前が無い!」ということになり、 音楽監督の牧野哲人(愛称:マッキー)がメンバーを集めたバンドだったため、急遽「マッキーズ」と命名された。
    2007年4月11日には、大浦たすくを除く3名に新たにボーカルとギターを加入して、5人組バンド「Cinderella Knight」に生まれ変わり、 同年6月17日に原宿アストロ・ホールにてステージデビュー。  更に2008年1月1日には「Venomstrip (ベノムストライプ)」へと改名し、同年にCDアルバム『Venomstrip』にてインディーズデビューした。 [1][2]

    マッキーズのメンバー

    • 大浦たすく (TSK。ギター。「Cinderella Knight」へは参加せず)
    • 村山☆潤 (Jun。キーボード)
    • 小松崎健太 (Kenta。ベース)
    • 山崎慶 (Kei。ドラム)

    Cinderella Knight以降の追加メンバー

    • 清水祥 (Shou。ボーカル、ギター)
    • 粂絢哉 (くめ じゅんや、Junya。ギター)


    ハニーボーイズ

    2009年結成。 20th Centuryのバックバンド。
    2009年の20th Centuryのコンサートツアータイトル「HONEY HONEY HONEY」を元に付けられた。
    バンドの呼び名は、遠征地方によって「東京ハニーボーイズ」や「大阪ハニーボーイズ」、「名古屋〜」、「東北〜」など、その都度変更される。
    Chocolate Dandy's」を前身とする、精鋭揃いのバックバンド。

    メンバー

    • 望月誠人 (バンドリーダー、トロンボーン、シンセ、コーラス)
    • 船越敬司 (パーカッション、コーラス)
    • 本杉光司 (ベース)
    • 宍倉聖悟 (ギター、コーラス)
    • 北沢さとる (ギター、コーラス)
    • 山崎文一朗 (キーボード)
    • 中井正剛 (ドラム)
    • 渡辺尚仁 (トランペット、コーラス)
    • 大堰邦郎 (サックス、フルート、コーラス)


    バンドーズ

    2012年に行われたKAT-TUNのコンサートツアー「LIVE TOUR 2012 Chain」のバックバンド。  後に大内と岸田は、KAT-TUNを脱退した田中聖と共にロックバンド「INKT (インク)」を結成した。

    メンバー

    • 大内慶 (ギター)
    • 土屋浩一 (ギター)
    • 岸田勇気 (キーボード)
    • KENTA (本名:小松崎健太。ベース。「Venomstrip」、「LAST MAY JAGUAR」のメンバー)
    • 青山英樹 (ドラム)







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